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    タグ:お年寄り

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    地域を挙げて避難訓練を重ね、手助けが必要な障害者やお年寄りの
    把握にも努めて来た宮城県気仙沼市唐桑町小鯖地区(155世帯)では、
    住民がほぼ訓練通りに行動し、犠牲者を最小限に食い止めた。 自治会が
    『隣組』ごとに編成した12班は、それぞれ事前に決めていた避難場所に
    組織的に避難。 各班の責任者に配備されたトランシーバーも、安否確認や
    責任者同士の連絡に威力を発揮した。

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    逃げる その時 備え(気仙沼・唐桑町小鯖地区)
    出典:河北新報 2011年6月24日

    『迷わず、訓練通りに体が動いた』。 7班責任者の衣料店経営鈴木茂さん
    (56)が、地震直後の行動を振り返る。

    玄関に常備するトランシーバーを手に外に出た鈴木さんは、7班の全10世帯を
    避難路に誘導し、体が不自由なお年寄りだけを車に乗せて避難場所へと運んだ。
    『うちにいたい』と拒む人もいたが、親類を連れて再び迎えに行き、説得した。
    『5班は大丈夫』『異常なし』。 住民の安否確認を終えた各班の責任者から、
    相次いでトランシーバーに連絡が入った。

    f68194a0.jpg

    鈴木さんは『携帯電話がつながらない中、班ごとに安否が確認できた。 大きな
    安心感があった』と振り返る。 小鯖漁港のそばで釣具店を営む小松好子さん
    (82)を救ったのは、近所のガソリンスタンドの男性社員の声だった。

    『地震の次は津波が来るから。 もう1段、もう1段上がりなさい』当時自宅に
    いたのは、6人家族のうち小松さんだけ。 避難を促す声に背中を押されるように、
    自宅裏の避難階段を夢中で上った。

    午後3時10分過ぎ。 後ろから10メートル以上の黒い波が迫って来た。 高台に
    上った小松さんは、引き波で店舗を兼ねた自宅が湾内に流されるのを見た。
    最後尾で誘導した尾形和洋さん(34)は『お年寄りの足では、津波に飲まれかね
    なかった。 高齢者の避難に最も気を使った』と言う。

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    小鯖自治会副会長の鈴木貞治さん(62)は『迅速に避難を誘導できたのは、
    日ごろの訓練のおかげ』と強調する。 12班はそれぞれ最寄りの高台を1次避難
    場所に指定し、経路を示した避難地図を全戸に配布。 要援護者を把握するため、
    『住民名簿』や『家族カード』を作り、訓練を重ねて、近所ごとに要援護者を
    誘導する取り組みも進めていた。

    津波で海岸沿いの住宅53世帯が被災したが、1次避難場所は全て無事だった。
    浸水域は、避難地図作成のベースになった宮城県沖地震の想定浸水範囲
    『標高10メートルライン』と重なる。 1次避難場所は標高20メートル前後の
    場所に指定していた。

    避難場所に逃げたのは12カ所で計151人。 自宅にいたほとんどの住民が
    助かったが、3世帯6人が行方不明となった。 住民によると、このうち1世帯
    3人は、いったん避難路を上ったが、『忘れ物』と言って自宅に戻った。
    家族の一人は元遠洋漁船員。 航海が長く、日ごろ訓練に参加出来なかった。

    12班の責任者、後藤一郎さん(63)も行方が分からない。 地震発生後、
    トランシーバーで『異常なし』と仲間に連絡していた。 妻光子さん(55)は
    『近所の安否確認をした後、つないでいた愛犬を逃がすため自宅に戻った
    のでは』とみている。

    他に、お年寄りと娘の1世帯2人が逃げ遅れた。 万全だったはずの備え。
    想定通りの津波。 それでも犠牲者が出た。 住民は言う。 『津波から逃げる
    には、備えが要る。 でも、いざとなれば何が起こるか分からない。 失敗こそ
    教訓にして、記憶に留めたい』

    【お勧めの一冊】


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    志津川湾から約300メートルの平地に立つ宮城県南三陸町の総合結婚式場
    『高野会館』。 震災時、利用客や従業員ら約330人は会館に留まった。
    『帰したら、津波で危険だ』。 避難誘導に当たった従業員らのとっさの判断が、
    全員の命を救った。

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    高野会館の屋上まで水が押し寄せ、建物最上部に移動する避難者ら
    2011年3月11日午後3時40分ごろ(従業員提供)


    逃げる その時 帰さず(宮城・南三陸町、高野会館)
    出典:河北新報 2011年6月23日

    会館を出ようと、ロビーに殺到した人だかりが歩みを止めた。 階段の前で、
    従業員らが大きく手を広げ、仁王立ちになって行く手を遮っていた。
    『生きたかったら、ここに残れ』。 男性の怒鳴り声が響いた。

    『頑丈なこの会館が崩壊するなら町は全滅する』。 同会館営業部長の佐藤由成さん
    (64)は、1988年の開館当初から勤務。 設計段階から知り尽くした建物の強度に
    自信を持っていた。

    f1a2583c.jpg
    330人を救った高野会館の屋上。 中央奥に見えるのが公立志津川病院
    2011年6月19日 宮城県南三陸町志津川


    『お年寄りの足では途中で津波に遭遇してしまう』と判断したのは町社会福祉
    協議会総務課長の猪又隆弘さん(52)。 経験と利用客の状況を踏まえ、4階
    建ての会館に留めるのが最善と考えた。 地震発生時、3階の宴会場は、老人
    クラブによる『高齢者芸能発表会』の閉会式の最中。 強烈な横揺れに大勢の
    客はパニック状態になった。

    1階にいたマネジャーの高野志つ子さん(67)が階段を駆け上がると、従業員
    らが来館者を上階に誘導するのが見えた。 最高齢90代後半、平均80歳前後。
    来館者の避難は困難を極めた。 『早ぐ上がって、早ぐ上がって』。 営業課長の
    西條正喜さん(44)は列の最後尾で追い立てた。 階段は人でびっしり。
    『このままでは津波に飲まれる』。 体力のある人がお年寄りを背負った。

    町社協老人クラブ担当の佐々木真さん(39)は4階への階段を上りながら、
    背後に津波を感じた。 ガチャン、バキバキ。 1階の窓ガラスが割れ、2階にも
    がれきが流れ込んだのが音で分かった。 3階を振り返ると、ロビーの窓ガラスを
    大量の水が突き破った。 足元もぬれていた。

    屋上には既に水が押し寄せていた。 水位は膝まである。 『ここもだめか』。
    西條さんと佐々木さんらは、普段人が入らないエレベーター室や高架水槽などが
    ある会館最上部へ避難誘導を急いだ。

    四方を水で囲まれた会館はまるで孤島のようだった。 佐藤さんの手帳には
    津波の記録が残る。

    <午後3時26分、第1波。 40分、引き始め>
    <4時13分、第2波。 28分、引き方開始>
    <5時、第3波。 10分、引き波開始>

    そう書いたところで手が止まった。 2キロ弱先の荒島までの海底が姿を
    現している。 『次の波が来たらみんな死んでしまう』。 スーツの内ポケットに
    手帳を仕舞い、ボタンを掛けた。 自分が流されても記録は残るように―。

    佐藤さんの記録によると、第4波は午後5時32分に襲来。 屋上までには到達
    しなかった。 会館に孤立したのは約330人。 4階にある約25平方メートルと
    約30平方メートルの会議室二つは人であふれ、廊下や更衣室まで埋め尽くされた。

    室内は人いきれで息苦しいほどだった。 深夜、80代の女性が意識もうろうと
    なった。 『脳梗塞の疑いがある』と町社協の看護師。 佐藤さんは最上部に
    上がり、公立志津川病院へ向かって大声で呼び掛けた。

    『先生、倒れている女性がいます。 波が引いたら、そちらで診ていただけ
    ませんか』 医師とみられる男性の声が返ってきた。 『こちらは薬も電気もない。
    7人が亡くなりました』

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    風通しの良い場所で寝かせるよう助言された佐藤さんは、全員に屋上に出るよう
    促した。 『外の空気吸ってきてけさい』。 10分ほどの短時間だったが、
    室内に外気が入ると女性は持ち直した。

    職員らの判断と機転。 会館で命拾いしたお年寄りは口をそろえて言う。
    『よく生きていられた。 従業員らの指示に従い会館に残ってよかった』

    【お勧めの一冊】


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