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    カテゴリ:北ヨーロッパ > スウェーデン・フィンランド

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    スウェーデン・オリンピック委員会(SOK)が推進する「トップ選手と
    タレント選手」プログラムにおける夏季5競技の強化活動は、スペイン
    カナリア諸島のフエルテベントゥラ島にあるスポーツ施設 Apollos Playitasで
    継続的に行われており、その施設内に常駐しているSOKのアドバイザーらと
    協力し、今後のトレーニングの方針を決定している。

    swedenolympics


    このPlayitasで共同でトレーニングを行っているのは、マウンテンバイク、
    セーリング、カヌー、ボートの選手たちで、彼らの長期的な目標は、来年度の
    2020年に東京で開催される東京オリンピックである。

    「このキャンプでは、選手だけではなく、コーチや指導者に対しても色々な
    機会が与えられている。 トレーニング計画の作成、モチベーショントレーニング、
    栄養カウンセリング、スポーツ心理学など、異なるテーマごとに、お互いの
    方針を自由に情報交換出来る。 他競技の選手と一緒に活動することは、
    マイナス面を補い合い、トレーニングの質向上に繋がっている」とこのプログラムに
    参加中のKarin Torneklint 選手は感想を語った。

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    【スウェーデン・オリンピック・キャンプ】
    SOKは長年に渡り、Apolloと提携関係を結んでおり、Playitasは、スウェーデン・
    ナショナルチームが利用する「スウェーデン・オリンピック・キャンプ」の
    称号が与えられている。 トレーニング施設は、オリンピック選手、エリート選手、
    タレント選手の高いパフォーマンスに十分に対応出来るようにするために、
    最新鋭の専門施設を備えている。

    Playitasでは、近代的なウェイトマシン、カーディオマシンを備えたスペイン
    最大級のジムを備えている。 バイクセンターでは、最新のロードバイク、
    マウンテンバイク、ファットバイク、ベビーカー、子供用の自転車などが
    利用出来る。 この他にも、バドミントン、ハンドボール、バンドゲーム、
    サッカー、バスケットボールに対応した屋内コートが複数ある。
    オリンピックに対応した50m温水プール、ボクシングリングとボルダリングも
    ある。 TC6のクロスフィットジムには、この他にも、多数の設備があり、
    ビーチにはウォータースポーツ専用施設もある。 敷地内には、パー67の
    18ホールのゴルフコースもある。

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    「Playitasは、SOKのナショナルトレーニングセンターとして、トップ選手と
    タレント選手向けのプログラムを多数用意し、最高水準のスポーツトレーニングを
    行える場を提供している。 未来のオリンピックにおけるメダル獲得のための
    第一歩となれたことを嬉しく思います」とApolloスポーツ・ディレクターの
    Daniel Giray 氏は誇らしげに語った。

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    2017年冬、スウェーデン・オリンピック委員会(SOK)は「タレント2022」
    プログラムに関する発表を行った。 スウェーデン・オリンピック委員会の
    サイト上で「タレント2022」プログラムと名付けられた将来有望なジュニア選手
    28名が発表されたが、この活動の目的は、2024年のパリ・オリンピックや
    2028年のロサンゼルス・オリンピックを目指して、若いタレント選手を強化
    することである。
    homejunior
    28名の候補者は、12種目の異なる夏季競技から選抜されており、全員が
    1997年から2003年の生まれである。 「タレント 2022」プログラムに選ばれた
    ジュニア選手は、シニア選手やシニアタレント選手と類似の特別な支援を受ける
    事となるが、このプログラムの最終的な目標は、数年以内に「トップ選手と
    タレント選手」プログラムへの登録選手を徐々に拡大することであり、6〜
    10年後に世界で活躍出来るエリート選手を育成することを目指す。 候補選手は、
    スウェーデン・オリンピック委員会の選抜チームに合流し、必要に応じて
    国際的なトレーニングや競技大会出場の機会が与えられる。

    「タレント2022」プログラムは、4年以上活動出来る事が必須となっている。
    毎年秋には、咋シーズンの評価が行われ、全ての課題をクリア出来れば、
    次のシーズンも活動を続ける事が出来る。 毎年、新たなタレント選手が
    このプログラムに加入、または、退会する事となる。 トレーニングの
    レベルをより高めるためのコーチング強化プログラムも用意されている。
    今年の秋までに、このプロジェクトのフィジカル・アドバイザーがコーチと
    選手宅を訪問し、アドバイスを行う。 2020年の秋と冬には、東京2020の
    トレーニングプログラムに基づき、コーチの能力開発が2回行われる。
    11月には Playitas (カナリア諸島のトレーニングセンター)で合同
    トレーニングキャンプを行う予定となっている。

    swedenolympics

    【28名の候補者】
    バドミントン3名(男子3名)
    レスリング4名(男子3名/女子1名)
    自転車競技3名(男子1名/女子2名)
    現代五種1名(男子1名)
    陸上競技3名(男子2名/女子1名)
    フェンシング2名(女子2名)
    体操(トランポリン)1名(男子1名)
    カヌー3名(男子1名/女子2名)
    水泳4名(男子1名/女子3名)
    射撃(エアガン)1名(女子1名)
    テニス1名(女子1名)
    トライアスロン2名(男子2名)

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    オリンピック競技力向上のため、スウェーデンのオリンピック選手に対して
    費やされる年間強化費用、すなわち、スウェーデン・オリンピック委員会
    (SOK)の年間資金調達額はどれぐらいあるのだろうか? 実は、政府による
    資金援助は0クローナとなっている。 SOKが得ている国家予算は、
    オリンピックの準備資金のみである。

    SOKのトップ&タレントプログラムを通じて、アスリートの本格的な強化
    サポートを行うために費やされるされる年間予算は、全て民間企業からの
    資金提供のみとなっている。

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    SOKの最も重要な活動内容は、競技力の高いオリンピック選手をスウェーデン
    代表として国際競技大会へと出場させるため、タレント選手の強化活動を
    サポートし、オリンピックにおいて、個々の選手の目標を達成出来るように
    することである。

    オリンピックの基本概念に基づき、スウェーデン・オリンピック委員会
    (SOK)では、以下の活動を行なっている。

    ● 青少年のためのより良いロールモデルを作成する。
    ● スポーツの活動強化を推し進める。
    ● 学歴、性別、資金力に縛られず、選手に対して、活躍の場を創造する。
    ● 博愛、尊重、競技力向上というオリンピックの考え方を広める。

    しかし、これらの活動費の大部分は政府予算外で行われている。 SOKは、
    オリンピックのための準備費用と遠征費用のみを行っており、近年、年間
    約4,000万クローナの国家予算があるが、選手の強化やオリンピックで記録を
    残すための資金提供は特に行なってはいない。

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    【各メダルの結果】
    90年代半ば、スウェーデンはオリンピックでは弱小であった。 リレハンメルと
    アトランタ大会は、スウェーデンのオリンピックにおける底辺となっており、
    長野ではスウェーデンチームは3つのメダルしか獲得出来ずに帰国した。
    スウェーデン全体での取り組みが必要となり、1年後、トップ&タレントの
    サポートプログラムが開始された。 それぞれの個人に合わせ、ニーズに見合った
    これらのプログラムにより、スウェーデンのアスリートを支援するため、大企業に
    よる予算支援と能力的なサポートが受けられるようになった。 「計画を実行に
    移すことが最も重要」と「獲得した栄冠には、必ず良い結果が伴う」がスローガンと
    なっており、これまでの活動は着実に実を結んでいる。

    しかし、近年、SOKの様々なサポートプログラムは、パートナー企業からの民間
    資金のみで完全に運営されていることは、ほとんど知られていない。 また、
    企業側には、これらのプログラムへの参加は許されておらず、資金提供を行う
    企業側にはこのような権利が与えられていない。 SOKは、各競技団体の優先
    順位を決定し、どの企業がサポートプログラムに参入することが出来るかに
    関する評価を行っている。

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    【年間8,000~9,000万クローナ】
    SOKとそのパートナー企業は、「トップ選手」と「タレント選手」双方に対して、
    トップ競技大会におけるその競技内容や経済状況に関係なく、アスリートが完全に
    実力を出し切れる環境を創り出し、世界大会で上位入賞が果たせるようにするための
    場を提供している。 オリンピックにおける結果は、全てのスポーツ競技において
    同等の価値を持っている。

    2019年度、SOKは年間8,000〜9,000万クローナの資金提供を行うが、アスリートと
    コーチに対するハイパフォーマンス・スポーツ戦略に関して、長期的でより幅広い
    支援活動を行う計画となっている。 この資金提供により、アスリートは、必要な
    トレーニングを全て行えるようになると共に、競技大会への参加費や収入審査による
    奨学金を得ることが出来る。 また、トレーニングアドバイザー、栄養士、医師、
    心理学者、アナリストなど、SOKには多数の専門家が在籍しているため、
    アスリートやコーチに対して、サポートや情報提供を行っている。

    オリンピックとの関係を積極的に開拓し、この活動を成功に導いたたことはSOKの
    成果と言える。 チームの競技能力を向上させるためには、オリンピック開催前の
    十分な準備活動が不可欠となるが、予算獲得能力とメダル獲得能力を共に強化する
    ためには、スキルと能力の組み合わせと持続的なサポートが不可欠である。
    この強化支援により、SOKはパートナー企業と共に、積極的にスポーツ活動を
    応援している。

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    スウェーデンのナショナルトレニングセンターであるBosönは、エリート
    スポーツに特化したトレーニングセンターであり、各種テストや
    トレーニングを行っている施設である。 この施設は、ストックホルム
    中心部からは15分の場所にあり、スポーツ施設、会議場、ホテル、
    レストランを備えている。 

    スウェーデン・スポーツ連合は、世界クラスのアスリートを育成する
    ための環境づくりに努めており、主に連合に加盟しているエリート選手の
    サポートを行っている。この施設は、スウェーデン・スポーツ連合の
    強化センターであり、テスト、トレーニング、リハビリ、カウンセリング、
    教育、強化プロジェクトは、全てこのBosönで行われている。

    内部組織は、スポーツ生理学、医学、心理学、栄養学の4つの専門分野に
    分かれている。 個人での利用は、トレーニング施設、レストラン、
    ホテルに限り、利用することが出来る。



    Bosön オリンピックハウス(Bosön Olympiahuset)

    【運営組織】
    ● Bosön財団は1938年に設立され、スウェーデンスポーツ連合が所有している。
    ● スウェーデン・スポーツ教育機関(SISU Idrottsutbildarna)は、
      スポーツ国民大学のための基本財団であり、約150人の学生が現在ここで
      学んでいる。
    ● スウェーデン・スポーツ連合のエリートスポーツ強化部門が、エリート
      スポーツセンターの運営を担当している。
    ● 2011年以来、Stockholm Meeting Selection AB社が、ホテル、会議室、
      レストラン、スポーツセンターの全てのサービスを運営している。

    Bosönでは、最初のサイクリングコースが1939年に建設されたが、第二次
    世界大戦により、占領されてしまった。 戦後の1940年代、Bosönは拡張され、
    水泳プールと野外陸上施設、体育館が建設された。1940年代、50年代、
    60年代には、Bosönで多くの激しいトレーニングが行われた。

    スウェーデン国内のアスリートのほとんどが、Bosönを1回以上は訪問した
    ことがあると言われている。 1983年には、陸上競技場が建設された。

    1978年、Bosönは国民高等学校となり、1990年代初めには、大学としての
    教育活動が開始され、学生は140人に増加した。 その中には、スポーツ競技
    団体との150の協力関係が含まれていた。 1990年代初頭、スウェーデン・
    スポーツ連合はVålådalenとLillsvedにあった施設をBosönに集中させた。
    その後、エリートスポーツセンターが拡張・改装され、水泳プールが近代化
    された。 大学のキャンパスがこのエリアに建設され、学生の宿泊施設も
    建設された。

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    【屋内体育館】
    アメリカンフットボール、ゴルフ(レンジ)、アーチェリー、サッカーに
    対応した体育館。 屋内総面積:9,000m2 / 運動エリア:6,825m2(65x105m)

    【ジョギングトラック】
    1km、1,2km、2,7km、5km、7km、10km


    【屋内陸上競技場】
    ランニング、高飛び、棒高跳び、ソリ競技、砲丸投げ、走り幅跳び等、ほぼ
    全ての陸上競技の練習が可能。ホール内には200mトラック、100mトラック、
    ボクシングリング、短距離走のための電子測定器、トレーニングジム他がある。
    また、屋内競技場内には、ハンドボール、ボーリング、サッカー、
    バドミントンのためのコートもある。 屋内総面積:約5000m2

    【球技場】
    バスケットボール、バスケットボール、ハンドボールに対応した体育館。
    ここでは、あらゆる種類の球技のトレーニングを行う事が出来る。
    屋内総面積:720m²

    【サッカー場】
    FIFA認定の人工芝を使ったフルサイズのサッカー場
    総面積:7140m2

    【ディスクゴルフ】
    9ホール

    【水泳プール】
    27度の小型温水プール。サウナ付き
    長さ:16m 幅:6m

    【天然芝グランド】
    照明なし。総面積:6,825m2

    【アイスホール】
    ノルディック・アイス・ホールは、スウェーデン初の人工降雪機を使用した
    屋内ホール。 リンクは2面あり、スピードトラックとショートショットに
    対応している。

    【ペタンク・ブール】
    5つの専用レーンがあり、ペタンクの公式競技会が開催されている。
    総面積:60m2

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    スウェーデンオリンピック委員会は長年に渡り、スペイン・カナリア諸島の
    フエルテベントゥラ島にあるApollo社と協力関係を結んでおり、その
    スポーツリゾート施設であるPlayitas Resortは、スウェーデン・オリンピック
    委員会から公式なナショナルトレーニングセンターとして指定を受けている。
    Playitasのトレーニング施設は、オリンピック選手、エリート選手、タレント
    選手の高いパフォーマンスに対応するため、以下の最新鋭の専門設備を取り
    揃えている。



    【主なスポーツ施設】
    ● 体育館(バドミントン、ハンドボール、サッカー、バスケットボール、
     テニスに対応)
    ● オリンピック対応の50m温水プール
    ● ボクシングリング
    ● クライミングウォール
    ● フィットネスジム
    ● ウォータースポーツセンター
    ● ゴルフコース

    「トップ選手とタレント選手」プログラムによる夏季5競技(マウンテンバイク、
    セーリング、カヌー、ボート)のトレーニング活動は、このPlayitasで定期的に
    行なわれており、スウェーデン・オリンピック委員会のフィジカル
    アドバイザーらと協力し、本格的なトレーニングが行なわれている。

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    異なる5競技が同一の場所で共同でトレーニングを行うことにより、経費や
    時間の節約となり、それぞれのマイナス面を補い合うことにより、トレーニングの
    質が向上する。更には、トレーニング計画、モチベーショントレーニング、
    栄養相談、スポーツ心理学など、異なる競技におけるそれぞれの考え方を
    共有することが出来る。

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    中部スウェーデン大学(Mittuniversitetet)はスウェーデンの国立大学であり、
    キャンパスがスウェーデン中部の ①Östersundと ②Sundsvallという2つの
    場所にある。 1993年7月1日に設立されたこの大学は、元々は150年以上の
    歴史を持つ「中部スウェーデン学校(Mitthögskolan)」と呼ばれ、Sundsvall/
    HärnösandカレッジとÖstersundカレッジが合併したもので、2001年に
    中部スウェーデン大学としてITを含む自然科学系の大学として、国から公式の
    認定を取得した。

    【Östersund】

    【Sundsvall】


    2005年1月1日、スウェーデン政府は、大学側に正式に「大学」と名乗る権利を
    与え、学校名が中部スウェーデン大学へと変更された。 Östersundキャンパス
    内には、スウェーデン冬季スポーツ研究センター(NVC)とスポーツ・テック・
    リサーチ・センターがあるため、ここでは、健康とスポーツ・テクノロジー
    分野の研究が日々行なわれている。

    【スウェーデン冬季スポーツ研究センター】
    中部スウェーデン大学Östersundキャンパス内にあるスウェーデン冬季
    スポーツ研究センター(Nationellt vintersportcentrum- NVC)は、スキーに
    おける学術研究の世界的な研究機関となっており、スウェーデンの
    オリンピック冬季競技のテストセンターとして、スポーツやアウトドア
    用品の有名企業と多数協力関係を結んでいる。

    この研究センターの研究目的は、スポーツパフォーマンスと健康に特化
    しており、主に冬季競技の研究が行われている。エリート選手の強化と評価、
    並びに、トレーニングに必要なテストを行っているため、平昌オリンピックに
    おけるスウェーデンのメダリスト達のほとんどが、この冬季スポーツ研究
    センターとの関わりを持っている。競技選手以外にも、トレーニングを
    受けていない個人がこの施設内で身体的なテストを受ける事が出来る。 また、
    スポーツ用新機材の開発を行なっている企業とも協力関係を結んでいる。

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    スウェーデン冬季スポーツ研究センターと強力な協力関係を持つ
    中部スウェーデン大学では、スポーツ医科学の教育が行なわれており、
    大学内にはスキー大学があり、スウェーデン・バイアスロン協会、スウェーデン・
    スキー協会とも協力関係を結んでいるため、ナショナルチームのスキー選手は
    大学での学業とスポーツを両立することが出来る。 また、エリート監督養成
    講座等の特定の教育プログラムも実施している。

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    2018年3月12日 ストックホルム

    ストックホルム市は、2026年の冬季オリンピック開催に関心を示していたが、
    危機を迎えている。 ストックホルム市長で社会民主労働党のカリン・
    ヴァンゴルド女史は、冬季オリンピックの話を進めるための政治的な支援が
    ないと述べている。

    昨年11月、スウェーデン・オリンピック委員会は、ストックホルムでの
    2026年冬季オリンピック開催に意欲を示したが、IOCへの正式申請期限は
    2018年3月31日となっており、ストックホルムが立候補することはかなり
    絶望的となっている。
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    スウェーデン・オリンピック委員会のストックホルム・オリンピック開催
    担当者は、ストックホルムでのオリンピック開催を諦めないとしながらも、
    1994年に冬季オリンピックを開催したリレハンメルを応援するとも語った。

    現在の状況は、ストックホルム市長が所属する社会民主労働党のみが、
    オリンピックとパラリンピックの開催に対して明確に賛成していることが
    分かっており、ストックホルム市内のいくつかの団体とストックホルム郡の
    他の自治体や有識者達らがオリンピック開催に対して肯定的であるに過ぎない。
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    IOCからのオリンピック開催の条件を要約すると、開催都市にもっとお金を
    使うことが暗示されており、オリンピック開催のための施設が既に整っている
    都市の方がより高く評価されている。

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    ハンソンは1945年に死んだが、T・エルランデルの下で社会民主党政権は続いた。
    1930年代から既に計画されていた福祉社会が戦後の改革によって実現した。
    新しい法律の下で、年金制度が改善され、子持ちの家族に対する給料、健康保険、
    住宅補助、教育改革等が次々と実施されて行った。 これらの資金源のために
    政府は、所得税の累進率を厳しくした。 高所得者には最も重い税金を掛けたため、
    スウェーデンには金持ちも貧乏人も殆んど居ないという社会が出来た。

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    国際的には、エルランデルは独立・中立の立場を取り、世界平和のために協力した。
    1946年国連に加盟、1953年~1961年の国連事務総長、ダグ・ハマーショルドは
    スウェーデン人である。 ハマーショルドは航空事故で死んだ。 1950年代
    初めには、スウェーデンはスカンジナビア5カ国間の協力を促進するための組織、
    北欧会議に参加している。

    国境を守るため強力な軍隊をつくったが、西欧の軍事同盟である北大西洋条約機構
    (NATO)には参加していない。 エルランデルは1969年まで、首相兼社会民主
    労働党党首だったが、その後、オロフ・ペルメが首相、党首共に後を継いだ。

    【お勧めの一冊】


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    急速な成長を遂げた時代で、スウェーデンとノルウェーは1814年以来の連合関係を
    維持していた。 しかし、ノルウェーの場合は、スウェーデンに比べて、議会が
    王室よりも遥かに大きな権力を持つようになり、そうした政治的な違いのため、
    両国間の連合関係は機能しなくなって来た。 そして1905年、スウェーデンの
    オスカル王はノルウェーの王冠を捨て、連合は平和的に解体した。 1900年代、
    大半の国民は生活が貧しく、大きな都市ではスラムの住民が多く見られた。
    工業化が進むに連れ、労働者の生活条件は悪くなる一方だった。

    1907年、グスタフ5世は、改革を求める圧力が高まったため、委員会を作って
    社会福祉の法整備の必要性を検討した。 1909年、24歳以上の全ての男性に
    投票権が与えられ、議員選出のための1人1票制度が実施された。 女性の投票権は
    1919年から認められた。 社会問題の解決に対する政府の関心が高まり、1913年に
    政府は初めて、老齢年金を引き上げ、犯罪に対する罰則を改正し、商店の営業
    時間を規制した。

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    【世界大戦】
    第一次世界大戦(1914年~1918年)がヨーロッパで勃発すると、スウェーデンは、
    ノルウェーやデンマークと同じように、中立を宣言した。 当初は、戦争のお陰で
    スウェーデンの産業は刺激を受け、戦争当事国への製品の輸出が大いに伸びたが、
    戦争が終わらないうちにスウェーデンは食糧不足になり、経済困難に陥った。

    社会主義者で労働界のリーダーであるヒャルマール・ブランティングが、戦後の
    実力者として政界に登場、平和的、かつ段階的な社会改革を主張して、一部の
    政治家グループが求める急激な変革に反対した。 1920年代初めには、経済も
    急速に回復を見せ、国は非常に繁栄した。

    ところが、1930年代には、世界的な不況の煽りでスウェーデンの経済も痛手を
    受けた。 そうした社会条件の悪化に反応して国民は始めて社会民主労働党の
    政府を選び、Pハンソンの指導の下に政権が誕生した。 ハンソンは、農民や
    労働者代表の議員達の支持を受け、生活改善のための福祉政策を実施した。

    しかし、幅広い福祉改革が実施されないうちに、第二次世界大戦(1939年~
    1945年)がヨーロッパで始まり、スウェーデンは再び中立を宣言した。 お陰で
    隣国のデンマークやノルウェーとは違って、戦争中のスウェーデンは侵略を免れ、
    紛争の部外者としての立場を維持出来たのである。

    戦時中は資源を有効に使うためスウェーデン政府は、民営産業の統制、管理を
    強化した。 スウェーデンはまた、人道的な努力の一環として、戦争犠牲者の
    難民受け入れにもひと役買い、ユダヤ人をはじめ、ノルウェー人、デンマーク人、
    フィンランド人、その他、バルト海の近くに住む人達に援助の手を差し伸べた。
    ナチの処刑室から2万人のハンガリー系ユダヤ人を救い出したスウェーデンの外交官
    Rワーレンベルイの話は有名である。 戦争が終わると、スウェーデンは
    ノルウェーとデンマークになかりの経済援助を与えた。

    【お勧めの一冊】


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    1800年代は、スウェーデン全土に渡って貧困の時代だった。 ヨーロッパの他の
    国々と同じように、スウェーデンも平和な時期には出生率が上昇、またジャガイモを
    食糧源としたことや、保健衛生の条件が改善されたことで、人口はますます増えた。
    時には、食糧の自給率を上回るペースで人口が増大した。

    スウェーデンの人口は1815年の250万人から、1845年の330万人、1900年までには
    510万人と増えて行った。 1840年から1900年に掛けて85万人が国外へ移住
    したが、これは貧困のためで、行き先は主としてアメリカだった。 スウェーデン
    移民の多くは、アメリカ北中部のミネソタ、イリノイ等に住み着いた。

    同時期、スウェーデン社会に大きな影響を与えるもうひとつの大きな変化が
    起こった。 1800年代末になると、貿易業者や労働者の連合組合が出来出した
    のである。 当時、投票権を持っているのは人口の10%に満たなかった。
    これらの労働組織は、政治的な不満の捌け口にもなった。 労働運動の中では
    労働者の教育の問題も重視され、学校や各種の訓練プランが組合によって作られた。
    1890年代になると、多くのこうした労働者グループを政治的に統合した新しい
    『社会民主労働党』が生まれた。

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    【工業化】
    経済的に色々な問題を抱えながらも19世紀後半、スウェーデンは目覚しい工業化を
    達成した。 スウェーデン人科学者、アルフレット・ノーベルによるダイナマイトの
    発明がなかったら、世界の開発はどれだけ遅れたことか。 ダイナマイトのお陰で、
    スウェーデン自身、道路や鉄路が発達し、そうした交通網の整備されたところへ
    外国資本が加わって、スウェーデンの工業化が促進された。

    製造業が盛んになると雇用が増え、国外への移住者も減り出した。 スウェーデン産
    木材に対する外国からの需要が増えたため、林業も栄え、ノルランドの原生林が
    重要な供給源になった。 スウェーデンはパルプ紙の生産技術をはじめ、鉄鉱石から
    鉄を取り出す技術、良質の鉄鋼生産技術を開発、他のヨーロッパ諸国は
    スウェーデンの鉄鋼を大量に輸入した。 一方、スウェーデン自身も、これらの
    材料から新しい工業製品を作り出し、また多くの消費財も生産し始めた。

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    日本とアメリカの教育は、完全にビジネスで、学生のことなど一切考えてはおらず、
    金儲けのことばかり。 それは、完全に教育に現れており、社会形成にも多大な
    影響を及ぼしている。 この動画に出て来る、『テストで点を取る訓練は教育
    ではない』、『裕福になっても他人の境遇を尊重できる人に』、『問題意識を
    持って自分で考えるように教える』、『自分も他人も尊重できて幸せに生きる
    方法を教えている』の部分は全くその通りで、例えば、日本で、問題提起のために
    マイナスが事柄を述べると、一様に嫌な顔をされるのだが、ヨーロッパでは、
    むしろ、社会を変えるための材料を提起してくれたと非常にプラスに受け取られる。



    日本社会がいつまで経っても一切何も変わらないのは、一切問題提起が出来ない
    監視社会であるところで、問題の原因部分には一切触れないため、何もかも、
    泣き寝入りか臭いものにフタで終わる。 ヨーロッパ人と日本人の思考回路の
    最大の違いは、正にこの点で、政治や社会問題を取り上げる事すら許されない
    社会に未来はない。

    日本やアメリカの教育は、単なる詰め込み教育で、記憶力さえあれば、誰でも
    点数を取れる。 特に、日本の場合は、応用は一切要求されないため、丸暗記
    だけでテストは乗り切れる。 最近では、ブラック企業ばかりの社会に成り果てた
    ため、一流大学を卒業したところで、ブラック企業以外の就職先はないので、
    日本の大学は卒業するだけ時間とお金の無駄。

    その国の礎は、教育であることは、ヨーロッパでは既に実証済み。 金儲けの
    ために他人を平気で蹴落として、自分だけのうのうと暮らせる強欲社会はもう
    終わらせるべき。 現状、何でもやった者勝ちとなっているため、お金も集まる
    ところにしか集まらず、経済も回らなくなった。

    【日本とフィンランドの教育制度の違い】
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    フィンランドに負けず劣らず、オランダの教育も日本の数段上を行っているので、
    良いものは素直に受け入れて、前に進むべき。 そのような社会を目指している
    政治家は日本には居ないと思うが、そもそも、国民が選挙によって、自分達の
    社会を自ら選んでいる事も学校でしっかりと教えるべき。

    フィンランドでは、子供が生まれると、国から母親全員にベビー服や布団、
    哺乳びんや絵本などのセットが届き、17歳までの子ども全員に月1万3千円が
    支給される。

    無意味な競争は、子供達から学力と幸福を奪ってしまう。 教育は親の経済力とは
    関係なしに、皆平等に与えられるべき。 フィンランドの学校では、授業料が無料
    というだけでなく、子供達には通学手段、給食、教科書や学用品が無償で提供
    される。

    世界一学校に行くのが苦痛な日本と学校が楽しいフィンランドとでは、教育に
    対する根本的な考え方がまるで異なる。 教育の場である学校までをも金儲けの
    場にしている国では、子供達も金儲けのことしか頭にはなくなるのであろう。 

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    1600年代初期に、スウェーデン国王グスタヴ2世アドルフの軍事拡張策が成功して、
    スウェーデンはバルト海地方の大国になった。 ドイツとの三十年戦争(1618年~
    1648年)の際、国王は、勇猛な戦士だったフィンランド兵の戦闘の上手さに
    頼って、ドイツに出兵した。 スウェーデンは戦費を調達するために、
    フィンランド人をはじめ、領内の国民全てに過酷な税を課した。

    グスタヴ2世アドルフが1632年に死に、ただ1人の後継者、6歳の王女
    クリスティーナが王位に就いた。クリスティーナが成人になるまで、スウェーデン
    貴族アレクセル・オクセンチャールナは、やはり裕福な貴族で、競争相手の政治家
    ペール・ブラーヘ公の追い落としを図り、新設のフィンランド総督に任命して
    トゥルクに左遷した。

    ブラーヘ総統は、フィンランド人のために全力を尽くした。 スウェーデン語より
    フィンランド語を使うことを奨励し、聖書のフィンランド語完訳を開始した。
    1640年にはフィンランド最初の大学をトゥルクに創設した。 同じ頃、ブラーヘ
    総督は、ラーヘ市をオストロボスニア地方の西部地区の中心都市に決めた。

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    【紛争と改革】
    ブラーヘ総統が退任した1658年までに、スウェーデンには重大な変革が起きて
    いた。 摂政オクセンチャールナが死に、クリスティーナ女王が王位を放棄し、
    継承者のカール10世グスタヴは自国の領土拡大とロシアの拡大阻止のため、
    ポーランドと戦争をしていた。 スウェーデン軍がポーランドと交戦中、
    フィンランド人たちは侵攻して来たロシア軍を破った。 スウェーデンと
    ロシアは1660年、フィンランド東部国境を設定し、ポーランドの一部と
    デンマークをスウェーデンの領土にするカルディス条約を結んだ。

    1672年、若いスウェーデン国王カール11世は、国王独裁を宣言し、伝統的に
    官僚と分担して来た権限を取り上げた。 また、フィンランドでスウェーデン語を
    広めて、スウェーデン文化との結び付きを強めた。 1686年にカール国王は、
    スウェーデンのルター派教会をフィンランドのの公式の教会と決め、その監督を
    任命した。

    スウェーデン国王は、トゥルク教会の監督に、全フィンランドの人に読み書きを
    教える責任を課した。 監督と教区の司祭たちはが真剣に教えた結果、
    フィンランドは、ほぼ全住民が読み書き出来る国のひとつになった。

    読み書き能力の普及を除けば、1600年代末期のフィンランドには、大した進歩が
    なかった。 スウェーデンの支配者たちは、スウェーデンに兵士を提供し、税金を
    支払っているフィンランド人を、ますます省みなくなった。 更に、
    フィンランドは、1696年と1697年の大飢饉で、住民の3分の1が病気で死んだ。

    【お勧めの一冊】


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