横浜通詞 ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

記事カテゴリーに CIS独立国家共同体(旧ソ連邦) 他を追加しました♪
    横浜通詞】横浜、大阪、仙台にある多言語翻訳会社
    多言語を専門とした翻訳会社を運営しています。 日本語⇔英語の他にも、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、オランダ語、中国語、韓国語他、世界80言語以上に対応しています。 お気軽にお問い合わせください。

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    カテゴリ: 多言語のススメ

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    広州市(繁体字: 廣州市、簡体字: 广州市)は、北京市、上海市と共に、
    中国の三大都市の一つに数えられており、人口約1,270万人で、広東省のみ
    ならず、華南地域全体の経済、文化、教育、交通などの中心都市となっている。
    また、隣りの深圳市を含めた四大都市が中国の『一線都市』に分類されている。



    広州では、共通語である北京語も通用しない訳ではないが、広東語の中心地であり、
    広州方言は、広東語の標準語として扱われている。 中国国内の他の地域と同様に
    簡体字を用いているが、香港の影響を受けているため、一部で繁体字を用いようと
    する傾向が強い。 広東語を話す地元住民の間で、普通話に対する反発が広がって
    おり、1997年の中国への返還以後急速に標準語の普及が進む香港でも同様の反発が
    起こっている。



    広州市では他地域からの移住制限を設けていないため、移住者が実質市内人口の
    約半数を占めるようになり、普通語しか話せない移住者が増加の一途を辿っている。
    上海の事例同様、普通語のみでの教育となっており、両親が広東語話者でも、
    子供は普通語しか話せないケースが増加している。 それに対し、学校教育側で
    広東語の時間を設けるなどし、広東語離れに歯止めをかけようとの試みが続いて
    いる。

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    フリーランスの翻訳者に欠かせないCATツールとは、Computer Assisted
    Translation、または、Computer Aided Translationの略語のことで、別名
    翻訳支援ツールとも呼ばれている。

    翻訳支援ツールとは、このツールを利用することで、用語の統一や、
    繰り返し何度も出て来る表現の統一、さらには、HTMLやWordでの書き出しと、
    翻訳の利便性を高めて、作業の生産性や正確性、並びに、労働的・時間的な
    コストの削減を目的とした翻訳技術全般を指しているが、その代表的な
    ものとしては、SDL Trados、Wordfast、OmegaT等がある。

    【OmegaT】

    omegat04

    今回は、完全フリーソフトである OmegaT の簡単な使用方法を紹介します。
    まずはダウンロード先:https://sourceforge.net/projects/omegat/

    OmegaTは、今翻訳している文章と、これまでの翻訳内容を自動的に
    チェックし、類似したものがあればそれを参考訳文ウィンドウに表示する。
    翻訳者はキーボードショートカットを使ってその内容を編集中の分節に挿入できる。
    あらかじめプロジェクトフォルダーに用語集と辞書ファイルを追加しておくと、
    OmegaTはその内容も参照する。

    翻訳作業終了後、ファイル一式の翻訳版を生成し、プロジェクト全体の現在の
    翻訳内容をTMXファイルに出力する。 このファイルは、今後の翻訳作業に
    流用可能であり、また必要であれば、OmegaT や他の翻訳支援ツールを使用
    している他の翻訳者とその翻訳データを交換できる。

    OmegaT のマニュアル:http://omegat.org/ja/documentation#manual



    【基本的な使用方法】
    ①PCのデスクトップ上に任意の名前のファイルを作成しておく。 ここでは、
    仮に『project』という名前のフォルダにします。

    ②OmegaTを起動し、左上にある『プロジェクト』から、『プロジェクトを開く』
    を選択し、先ほどの『project』ファイルを選択の後、『保存』を押します。

    ③『プロジェクトの新規作成』タブが立ち上がり、そこの『言語設定』より
    対象言語を選択します。 例:英語から日本語へ翻訳する場合は、
    『原文ファイル言語』に『EN-US 英語 - アメリカ英語』を選択し、
    『訳文ファイル言語』に『JA - 日本語』を選択します。

    ④HTML等のタグを使用しない場合は、ここで忘れずに『設定』にある
    『タグを削除』に必ずチェックを入れると便利です。 

    ※『タグを削除』にチェックを入れるのを忘れた場合でも、後から
    『プロジェクト』→『プロジェクト設定』から変更可能です。


    ⑤そのまま『確定』を押します。

    ⑥一旦、OmegaTを最小化し、先ほどの『project』ファイルを開くと、以下の
    ファイルが生成されます。

    【project】ファイル
    ① dictionary
    ② glossary
    ③ omegat
    ④ source
    ⑤ target
    ⑥ tm
    omegat.project

    ⑥ ⑤ targetファイルに元原稿を入れます。 翻訳メモリががある場合は、
    ⑥ tmファイルに.TMX等の翻訳メモリを入れると、右上の『参考訳文』ウィンドウに
    参考訳文が表示されます。 glossary がある場合は、② glossaryファイルに
    メモ帳で作成した glossary を入れると、右下の『用語集』ウィンドウに用語集が
    表示されます。

    ⑦ OmegaT を最大化し、左上の『プロジェクト』から『最近使用した
    プロジェクト』を開き、Entter キーを押して先へすすむと、上記の『参考訳文』
    ウィンドウ、並びに、『用語集』ウィンドウにそれぞれ、訳文や用語が表示される
    ため、それを左側のウィンドウにある翻訳部分にコピーペーストして、翻訳作業を
    進めます。

    ⑧ 翻訳作業がある程度まで進んだら、『プロジェクト』から『訳文ファイルを
    生成する』を選択すると、⑤ target 内に、訳文が生成されます。

    ⑨ 後は、これの繰り返しです。

    これが、フリーのCATツールの中でも最も簡単で使いやすいと言われている
    OmegaTの使用方法です。 その他にも、クラウド上で使用出来る Memsourse も
    お勧めです。

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    【発音の特徴】
    ● ポルトガル語では、K, W, Yは外来語や国際的な略語のみに使われる。
    ● 基本的に、発音はローマ字読み、但し、Hは発音しない。 ローマ字読みとは
     異なる発音、または、同じ文字でも、語頭と語中では異なる発音もある。
    ● ポルトガル語の単語の大部分は、最後から2番目の音節にアクセントがある。

    【ブラジル・ポルトガル語のアルファベット】

    読み方 読み方
    aアーnエニ
    bベーoオー
    cセーpぺー
    dデーqケー
    eエーrエヒ
    fエフィsエスィ
    gジェーtテー
    hアガーuウー
    iイーvヴェー
    jジョタwダブリュー
    kカーxシス
    lエリyイプスィロン
    mエミzゼー
    【発音練習】


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    【分類】
    雨後のたけのこのように、数ばかり多い翻訳会社なのだが、その実態は、大きく
    分けて、まず以下のように分類出来る。

    ① 語学系翻訳会社
    ② DTP系翻訳会社

    大きな括りで言うところの語学系翻訳会社とDTP系翻訳会社の違いは、どちらに
    重きを置いているかの違いだけなのだが、本来の翻訳会社は、語学系翻訳会社しか
    存在していなかった。 その後、後発でDTP系翻訳会社がその必要性に応じて
    出現した。

    【DTP作業】
    翻訳作業においては、ほぼ必ずDTP作業も同時に発生するため、語学以外の作業が
    不得手な翻訳者にとって、このDTP作業は、非常に苦痛で面倒な作業であった
    のだが、中身よりも見た目重視の日本社会においては、そのような不恰好な
    見た目では、満足の行く『翻訳の質』とはみなされなかった。 また、語学系翻訳
    会社では、DTPが得意な作業者を長年抱えて来なかったため、この部分にはまともに
    対応し切れないことが多かった。

    その部分に目を付けた後発のDTP系翻訳会社では、中身はさて置き、完璧な見た目で
    瞬く間にクライアントの心を鷲づかみにした。 尚、このDTP系翻訳会社には、
    印刷系翻訳会社も含まれるのだが、その理由は、DTP系企業は、元々が印刷会社で
    あったため。 印刷企業は、紙媒体での需要が激減りする中、積極的に翻訳事業にも
    手を出し、今では、どちらが翻訳会社なのかすら分からないレベルにまで伸し
    上がった。

    gnhkcvi

    【両者の違い】
    語学系翻訳会社の場合、その名の通り、語学に重きを置いているため、内容的には
    確かなものが多かったものの、付随のDTP作業に完全に足をすくわれて、内容が
    おろそかになった企業が多い。 一方、DTP系翻訳会社の場合は、元々、その内容
    である、語学には全く重きを置かず、DTPばかりに特化しているため、中身が一切
    伴っていないばかりか、そもそも、中身を一切見ないという方針の企業ばかりで
    あった。

    【クライアントからの注文に応じて変形】
    2000年頃までの翻訳会社は、翻訳はするが、DTPはやらないという企業が多かった
    ため、クライアントは、翻訳会社に翻訳の依頼をした後に、再度、DTPが得意な
    企業を見つけて、DTP作業をして貰う必要性があった。 そこで登場したのが、
    後発の翻訳もDTPも一発で請け負う、DTP系翻訳会社なのだが、現在では、語学系
    翻訳会社においても、社内にDTPオペレーターを置くのが常識となっており、その
    翻訳の中身に大差はないのだが、昔と比較して、自称も含めて、翻訳会社ばかりが
    増え過ぎた結果、同じ料金どころか、その半額以下の料金で翻訳とDTPをも受け持つ
    形となったため、必然的に、そのしわ寄せは、最下流工程である翻訳者に全て行く
    こととなった。

    【時代の流れと共に値崩れが発生】

    現在、日本の翻訳会社では、語学が得意な社員は、社内には持たないようにして
    おり、社外のフリーランス翻訳者に一括丸投げするのが通常となっている。 また、
    インターネットの普及により、アジアの爆安翻訳会社にも対抗しなければならなく
    なったため、多言語やHTML等の面倒な作業が発生する場合は、海外に全て丸投げ
    して、日本国内では、全く作業を行わないという案件が激増した。

    【値崩れから価格破壊の時代へ】
    2000年頃までは、日本国内に様々な多言語を扱った翻訳会社は、数十社程度しか
    存在しなかったのだが、時代の流れと共に、英語のみを取り扱っていた翻訳会社
    でも、中国語や韓国語をはじめとした、多言語を扱うようになった。 また、
    その頃から、派遣会社が積極的に翻訳事業にも進出し始め、価格破壊が始まった。
    更に、大手企業等の大口のクライアントは、毎年複数の翻訳会社に対して、競売を
    持ち掛け、積極的に翻訳の値を下げさせた。 翻訳会社側も何とか事業を成立
    させるためには、翻訳の値段を下げなければ受注出来ないため、否応なしに、
    価格破壊が進んだ。

    【語学系翻訳会社とDTP系翻訳会社のブラック度】
    語学系翻訳会社と言えども、上記の価格破壊により、語学専門職を社内では抱えなく
    なったことと、見た目や低価格にかかり重きを置くようになった語学系翻訳会社は
    少なくない。 それに加えて、多言語をも取り扱うようになったため、これまでに
    英語だけを専門として翻訳会社に入ってしまった場合は、その不幸度はかなり高い。
    翻訳会社内では、英語を使う機会は稀で、むしろ、DTP作業等の細々とした神経を
    すり減らす作業ばかりをやらされるため、英語力を向上させたい人には非常に
    不向きな労働環境となっている。 また、DTP系翻訳会社の場合は、翻訳の中身を
    見るなとまで言われるため、一体自分が何のために、ここに居るのかすら分からなく
    なることがしばしば。 結果として、語学が得意な人は、ものの数ヶ月間で退職する
    こととなるのだが、翻訳系ブラック企業のブラックさ加減は、過去のこれまでの
    自分たちの数々の間違いを指摘されると、逆に、自分たちの立場がなくなるため、
    決して優秀な人材を採用しないところにある。 また、文句を極力出さないという
    意味においても、30代前半の女性しか社内に居ないことも最大の特徴となっている。

    【翻訳者受難の時代】
    派遣会社、海外の爆安翻訳会社との競争、その全てのしわ寄せを強いられている
    のが、フリーランス翻訳者であり、これは、全ての翻訳者ばかりには限らず、
    全ての通訳者に対しても、同様の現象が起こった。 2000年頃と比較すると、
    現在の翻訳や通訳の単価は、3分の1以下程度まで落ち込んでおり、フリーランス
    としてまともな生活が維持出来ている翻訳者や通訳者は稀である。 翻訳者の質も
    その価格に応じて下がっており、語学専門職で数十年間働いて来たプロの翻訳者から、
    ものの数か月間程度通信教育で外国語を習ったことがある程度の自称翻訳者まで、
    翻訳者と言えども、その実力差は、天と地ほど大きい。

    【今後の展開】
    現在、翻訳や通訳業界では、Google翻訳に代表される機械翻訳にも押されており、
    更なる価格破壊が起こる可能性が否定出来ない。 日本には、そもそも、語学を
    専門職として遂行出来る専門教育機関が設置されておらず、大学における
    『通訳・翻訳学部』の設置と、プロとアマチュアの翻訳者の区別をハッキリとさせる
    必要性がある。

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    日本の大学教育の劣化が叫ばれて久しいが、近年、海外へ留学をする学生の数が
    めっきりと減っている。 その理由は、例え海外へ留学をして、新しい視野を得たと
    しても、それを活かせる職場が日本にはほぼないためで、特に、日本企業側が
    このような人材を非常に嫌がるからである。 また、学生側も、わざわざ海外の
    大学へ通って苦労をしてまで、ブラック企業には入りたくないという理由で、
    このような状況となっている。

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    海外留学先の一番人気は、昔も今も、アメリカ一辺倒だが、アメリカの高校までの
    教育は、実は、国際的に見るとかなり低く、数学はOECD加盟国34ヵ国中27位、
    科学は20位(共に2012年現在)と、例年下から数えた方が早い順位となっている。

    アメリカの教育においては、自己主張、創造力の教育に力を入れて来たため、
    基本的知識の習得(読み・書き・そろばん)が他の諸国に比べて遅れている。
    アメリカは、大学の教育レベルが非常に高いと未だに信じている人間が多い
    のだが、教育水準が非常に高いヨーロッパの大学と比較すると、全くお話に
    ならない。 よって、このような大学に留学をしたとしても、日本企業からも
    使える人材として判断をされないことが多い、

    ryugaku

    日本の大学の場合は、諸外国に比べると、大学の教育水準がずば抜けて低く、例え、
    アメリカの大学に行ったとしても、レベルが高く感じられるのだが、ヨーロッパの
    場合は、レベルがある一定のレベルに達していない学生は、絶対に進級出来ない。
    よって、ドイツ語圏の大学だどでは、例え、10年間大学に通っても大学を卒業
    出来ないという事態が生じる。

    アジア諸国、特に、中国とインドでは、逆に海外留学がブームとなっており、
    留学生の数がうなぎ上りとなっており、一頃は、日本、中国、韓国、インド人
    それぞれの留学生の数は、さほど違わなかったのだが、近年では、日本だけ
    両う学生の数が駄々下がりの状況となっている。 この数値は、そっくりそのまま、
    その国の経済状況を示しており、日本は、経済の萎縮により、海外への留学生の
    数まで減り続けている。 同じく経済が余り芳しくない韓国に関しても、ここ数年、
    微減が続いているが、それでも、以前と比較すると、留学生の数は減ってはいない。

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    経済的な余裕がないのであれば、学費が無料なヨーロッパへの留学をお勧めするが、
    アメリカ至上主義のプロパガンダにより、ヨーロッパの大学の優位性などは、一切
    報じられない。 日本の外国語教育に関しても、疑問だらけで、英語以外を一切
    選択出来ない時点で、英語圏以外への留学を非常に難しいものにしている。

    ヨーロッパの一部の大学では、英語での教育も行っているため、外国語に余り自信が
    ないのであれば、英語の授業を選択することをお勧めするが、それでも、海外へ
    なかなか出たがらない若者には、絶望感すら広がっている。

    074840019549

    外国語をひとつ知る度に、人生が広がる。 物事を色々な角度から多角的に見る
    事によって、視野が広がるが、ひとつの事柄に縛られて、どうにもならない人は、
    外国語をマスターして、海外へ飛び出すと、ものの見方が飛躍的に変わる。 尚、
    日本語の土台がそもそもダメな人間は、例え、外国語を学んでも、まともなレベル
    には到達しないが、それでも、外国を習得するための苦労を知っただけでも、
    それなりの価値は得られるのではないか。

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    英語の歴史は1500年以上にも及ぶ。 5世紀にアングロ・サクソン人たちによって
    イングランドにもたらされた英語は、イングランド全域に定着するだけでも1000年
    以上の歳月を要している。 イギリス諸島を離れて本格的に海外進出を始めたのは
    17世紀初頭になってからのこと。

    英国史上に残る様々な出来事は、英語の伝播においてもターニングポイントと
    なった。 1066年のノルマン征服を境にアングロ・サクソン人による支配が
    終わりを告げ、フランス出身の王たちがイングランドを支配するようになる。
    フランス語およびラテン語が公的な言語となり、標準語として徐々に発達しつつ
    あった英語は、一転して庶民の使う日常語という地位に甘んじることになった。

    しかし英仏百年戦争(1337~1453)によって、フランス語への敵意と、英語が自国語
    であるという意識が芽生えてくる。そして16世紀頃になると宗教改革が起こり、
    格調高いが専門家しか理解できないラテン語の書物よりも、多少拙くとも誰にでも
    わかる土着語による書物が重んじられ始めた。 さらに印刷技術の普及も相まって
    英語の「社会進出」は加速して行く。 

    そんな個々のプロセスから、さらに一歩視点を下げて大きな流れを見て行くと、
    他の言語から取り入れられた「借用語」が英語発展の鍵になっていることがわかる。

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    英語で洗練された文章を書こうとすると、語彙不足のために満足な表現ができない
    ことが度々あったため、表現力不足を解消する1つの方法として作家や翻訳家たちが
    行っていたのが、外国語から語彙を借用することだった。

    フランスからの借用語は政治や宗教、軍事、ファッション、食文化、学問などに
    関するものが多く、ギリシア語は専門的で高度な語が多い。 ラテン語は借用の
    時期によって傾向が全く異なる。 至るところで、おなじみの単語の意外な
    ルーツに出くわす。 語彙の乏しさによる劣等感をバネに、英語が他の言語を
    巻き込みながらうねるように広まっていた様子が分かる。

    国際標準語として不動の地位を確立した英語。 メインの言語として話す
    「母語話者」がいない会話でも使われるほど、その影響力は大きい。だが元を
    辿れば、英語にも北ヨーロッパの片田舎で使われる言語に過ぎなかった時代がある。

    オランダやドイツの一部地域で使われる、フリジア語という言語があるそうだ。
    現在の話者は約50万人で、そのほとんどがオランダ語あるいはドイツ語との
    二言語併用者である。 実は、フリジア語と英語それぞれの元になった言語は、
    隣り合う地域で使われる方言同士だった。 英語史を勉強すると、英語と最も
    系統の近い言語としてフリジア語の名が出されるという。

    地理的にも言語的にも事実上同じところから出発したと言っていいような言語が、
    片や世界的な存在に、片や母語話者もほとんどいない状態になっているのは、
    英語史を紐解く上で、非常に興味深い。

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    【古英語とバイキングの侵入】
     現代英語の元となった古英語は、実は、アングル族が持ち込んで来た言語
    であり、アングロサクソン人が1100年頃まで使っていた言葉である。 つまり、
    系統的には、インド・ヨーロッパ語族の中の西ゲルマン語群に属する言葉と
    なっている。 現代英語の基礎的な単語は、その殆んどが、アングロサクソンの
    言葉であると考えて差し支えない。

    やがて、紀元前597年には聖オーガスティンがケント州からキリスト教の布教を
    開始、イギリスがキリスト教化するに伴って、キリスト教に関連した多くの
    ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語起源の語彙が英語の中に入って来た。

    8世紀に入ると、バイキングと呼ばれる人々がスカンジナビアからイギリスへと
    侵入して来る。 彼らもまた、ゲルマン民族の一派であったが、彼らの言葉は
    同じゲルマン語でも北ゲルマン語群に属していた。 彼らは先住のアングロ
    サクソン人と激しい戦いを繰り広げた後、ローマ人の築いたウォトリング街道の
    北東部に定住することとなった。 その結果、その地域は、デーンロー地域と
    呼ばれ、現在もスカンジナビア起源の地名が残っている。 現代英語の中にも
    900語ほどスカンジナビア起源の語彙が残っている。

    globaler

    【フランス語の侵入】

    バイキングは、フランスのノルマンディーに国を建て、彼らは、やがて文化的には
    フランスに融合し、言葉もフランス語を用いるようになって行った。 1066年
    には、ノルマンディー公ウィリアムが、イギリスに侵入し、ヘイスティングスの
    戦いにおいて、ハロルド王を打ち破ってイギリスの王位に就いた。 いわゆる、
    ノルマン征服王朝の成立である。 この時、ウィリアムは、国政と宗教の主な
    ポストには、全てフランスから連れて来た家臣をあてたので、以後数世紀に
    渡って、イギリスの重要なポストには、フランス語を母国語とする人々で占め
    られることとなった。

    国王も例外ではなく、ハロルド王以後は、ほぼ300年の間、英語を用いる王は
    居なかった。 そして、この間に、英語は実に多くのフランス語の語彙が入った。
    それは、ちょうど今日の日本語に、本来、日本語にあった大和言葉と漢語と
    呼ばれる中国語が混在している状況と良く似ている。 日本語の中に漢語に
    あたるものが英語ではフランス語やラテン語となっている。

    englischea

    【英語の復活から世界支配へ】

    しかし、ウィリアムと共にイギリスへ渡って来た支配階層も、時が経つに連れて、
    土地の女性と結婚し、生まれて来る子供の世話をする乳母にも土地の女性を雇う
    などしているうちに、次第にフランス語を失って行った。 やがて、13世紀に
    入ると、中世英語で書かれた詩なども出て来るようになり、1337年にフランスとの
    間に百年戦争が起こると、英語に対する意識が急激に高まり、1362年には、議会の
    開会宣言が初めて英語で行われた。

    やがて、15~16世紀になると、現在の英語に近い近代英語が成立し、
    シェイクスピアを初めとする英文学史上でも良く知られた人々の活躍が始まる。
    ちょうどこの頃、ヨーロッパでは大航海時代が始まり、コロンブスがアメリカ
    大陸へ到達し、やがて英語を話す人々は、北アメリカ大陸へも移住を始めた。
    こうした歴史を反映して、アメリカの英語の中には、実は、シェイクスピアの
    時代のイギリス英語に近いものが残っていることがある。

    もちろん、近代的なテクノロジーや音楽、映画などの娯楽産業、それに政治、
    経済の先進国であるアメリカで生まれた言葉がイギリスに逆輸入されることも
    多いが、現代アメリカ英語の発音や、日常会話の語彙の中には、イギリスの
    この時代の発音や語彙が残っていることがあり、人々は、それとは知らずに
    使っていることが良くある。

    近代に入ってイギリスが広大な植民地を建設した結果、英語はアメリカ大陸のみ
    ならず、アジアやアフリカからオセアニアまで世界中の広い地域で使われるように
    なった。 そして、現在では、互いに英語を母語としない人々の間でも国際的な
    共通語の言語として使われている。

    【お勧めの一冊】


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    【英語はドイツ語の兄弟】
    今や英語が国際語であることを疑う人はいない。 それどころか、子供を国際人に
    育てると証して、何の疑いもなく小学生から英語教育を行おうとしている。
    しかしながら、English がアングル族の言葉を意味する Englisc を語源とすること
    からも分かるように、英語は、ブリテン島のイングランドとスコットランドの
    低地地方で話される地域的な言葉でしかなかった。

    更に、近世に入るまでは、ラテン語やフランス語に比べて、その地位も低く
    見られており、神の言葉である聖書は、英語には翻訳出来ないという議論まで
    あった程である。 英語が国際語としての現在の地位を確立するまでには、
    その過程で征服や侵略や植民地化の歴史、そして辛く悲しい移民の歴史があった
    のである。

    英語の歴史的研究も、18世紀になって当時イギリスの植民地であったインドに
    駐在していたひとりのイギリス人判事ウィリアム・ジョーンズ卿の講演から
    始まったに過ぎない。

    ウィリアム・ジョーンズ卿は、古いインドの言葉であるサンスクリット語(梵語)を
    研究し、サンスクリット語とラテン語それにギリシャ語の類似性に気が付いた。
    そして、1786年には、『これらの言語は、現在では既に消滅した共通の言語から
    枝分かれしたものである』ことを示唆する講演を行った。

    1761081

    これは、現在インドからヨーロッパに掛けての広大な地域で話されている様々な
    言葉は、実は、インド・ヨーロッパ語族と呼ばれるひとつの言語グループに
    分類されうること、そして、そのインド・ヨーロッパ語族には、その元になった
    古い言葉、いわゆる『印欧祖語』と呼ばれる言語が存在したことが想定されうる
    という、驚くべき事実の発見であった。

    英語は勿論このインド・ヨーロッパ語族に属しており、その中でも、ドイツ語、
    オランダ語、フリースランド語などと同じく、ゲルマン語派の中の西ゲルマン語群
    に属している。 つまり、英語は、ドイツ語やオランダ語、それに、オランダの
    北西の沖合いに浮かぶ列島フリースランド地域で現在30万人程の人が話すだけに
    なったフリースランド語などと兄弟の言葉なのである。

    フランスの言葉や文化の影響をイギリスに持ち込んだ1066年のノルマン征服が
    なければ、現在のイギリス人は恐らく、オランダ語のような言葉を話していただ
    ろうとまで言われている。

    そもそも、最初にブリテン島に住んだのは、インド・ヨーロッパ語族の中でも、
    ケルト系の言葉を話すブリトン族であった。 その後、ブリテン島を支配して
    いたローマが、5世紀になって、ブリテン島から引き上げると、アングル族、
    サクソン族、ジュート族などのゲルマン民族が現在のデンマークや北海沿岸の
    ドイツからブリテン島へと渡って来た。 この時の様子は、『アングロ・サクソン
    年代記』という古い書物などによって、うかがい知ることが出来る。

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    デンマーク語は、かつてヨーロッパ北部の多くの地域で使われたゲルマン語から派生した
    言語である。 12世紀には、スカンジナビア半島使われる言語は、西スカンジナビア語と
    東スカンジナビア語に分かれた。 前者は、ノルウェー語とフェローズ語で、後者は、
    スウェーデン語とデンマーク語である。  しかし、現代の北欧三国の言語は、非常に良く
    似ている。

    デンマーク語は、長い歴史を通して何度も外部からの影響を受けた。 キリスト教の
    伝来は新しい単語とアルファベットをもたらし、ハンザ同盟との接触は、ドイツ語からの
    多くの借用語を招いた。 都市住民と地方との生活格差が広がるにつれて、方言が発達
    したが、18世紀には、リグスモーレットと呼ばれる標準デンマーク口語が使われ始めた。
    19世紀末の言語改革によって、リグスプロゲットと呼ばれる標準的な文語デンマーク語が
    成立した。

    デンマークからは、多くの偉大な作家や学者が輩出された。 デンマーク文学の創設者
    と呼ばれる18世紀のルドヴィー・ホルベアは、当時の社会を批判する喜劇を書き、歴史に
    関する著作を数多く著したり、詩を書いたりして、言語としてのデンマーク語の形成に寄与
    した。

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    最も有名なデンマーク人作家のひとりに、セーレン・キルケゴールがいる。 1813年生まれ
    のキルケゴールは、実存主義の父と言われている。 信仰は理性によって支えられるもの
    ではなく、信念に基づく行為であると説いた。 キリスト教徒でありながら、しばしば福音
    教会を批判し、教会員たちは振興の基本を本格的に検討していないと主張した。

    1805年生まれのハンス・クリスティアン・アンデルセンは、世界で最も広く翻訳され愛読
    されている文学者のひとりである。 作品の中で最も有名なのは、『人魚姫』、『みにくい
    あひるの子』、『はだかの王様』などの童話で、彼の作品は、物語が面白いだけではなく、
    人間性への深い洞察力に富んでいる。

    19世紀後半には、デンマークでは多くの写実的な文学作品が生まれた。 この時代の
    作家には、イエンス・ペーター・ヤコブセン、ヘルマン・ハング、ヘンリク・ポントピダンなどが
    ある。

    アイザック・ディネセンの筆名で多くの作品を書いたカーレン・ブリクセンは、1885年
    デンマークの上流階級の家に生まれた。 スウェーデン貴族と結婚した彼女は、アフリカの
    農場に移住し、アフリカでの彼女の経験は、『アフリカの農場』などの小説や回想録の
    元となった。 ブリクセンと並んで、1900年以後のデンマーク文学で活躍した作家の
    ひとりに、ヨハンネス・V・イエンセンがあり、小説『長い旅』で1945年にノーベル文学賞を
    受賞した。

    牧師カイ・ムンクは、1930年代に戯曲を書き始めた。 彼はキルケゴールの強い影響を
    受けて、人類はその根本的な罪深さゆえに滅びる運命にあると信じた。 第二次世界
    大戦中、ムンクは、ドイツ占領軍に激しく抵抗し、1944年にゲシュタポに虐殺された。

    現代の一流作家としては、マリアネ・ラーセンとヴィタ・アネルセンがある。 2人の作品は、
    社会における女性の役割の変化をテーマとしている。 クラウス・ルフビャーは、沢山の
    小説、戯曲、詩、映画台本を書いている。

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    スペイン語は、古代ローマで口語として使われていた『俗ラテン語』から派生した
    ロマンス語派の言語の1つで、フランス語、イタリア語、ポルトガル語、ルーマニア語等の
    姉妹言語とは、多くの共通点が見られる。

    第一に、名詞には性の区別があり、形容詞や冠詞は、それに合わせて語形変化する。
    例:el toro negro(黒い雄牛)、la vaca negra(黒い雌牛)。 el や la は、定冠詞単数の
    男性形と女性形で、toro は 雄牛、vaca は雌牛、negro と negra は、形容詞の男性形と
    女性系となっている。

    第二に動詞は、法、時制、人称、数に応じて多くの活用形に変化する。 例:canto
    (私は歌う)、cante(あなたは歌いなさい)。 共にcantar (歌う)の活用形だが、前者は
    直説法現在1人称単数形、後者は接続法(仮定法)現在3人称単数形となっている。



    また、ラテン語の語彙は、英語にも取り入れられているため、他のロマンス語同様、
    英語と良く似た語彙が見られる。 例:petróleo(石油)、democracia(民主制)、
    arquitectura(建築)。

    スペイン語の特異性は、アラビア語の影響を強く受けているところで、これは、スペインが
    8世紀から数百年間に渡りイスラム教徒の支配下にあったことによるもの。 almohada
    (枕)。berenjena(ナス)のような名詞だけではなく、間投詞 ojalá (願わくば)や前置詞
    hasta(~まで)などもアラビア語が起源となっている。

    スペインは、15世紀の大航海時代以降、アメリカ大陸やアジア、アフリカに広大な
    植民地を作った。 その多くにスペイン語が根付き、世界有数の大言語のひとつとなった。

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    【スペイン語の今】

    現代のスペイン語の言語事情には、相反する2つの側面が見られる。 1つは、東部の
    カタルーニャ語、北西部のガリシア語、北東部のバスク語などの地方言語が伸びて来て
    いるところ。 かつて、これらの言語は、使用を禁じられ、弾圧された時代があったが、
    1978年に公布された現憲法で復権を果たし、現在では、スペイン語と並んで、各々の
    自治州の公用語となっている。 どの自治州も地方言語の普及に力を入れているため、
    今度は、むしろ、スペイン語の地位が微妙になるケースも生じている。

    もう1つの側面は、スペイン語を母国語としない人々の流入で、1998年には人口の
    2%に過ぎなかった外国籍人口が、2007年には10%(約450万人)に達した。 この中には
    スペイン語圏であるラテンアメリカの出身者もかなり含まれているが、EUの拡大に伴って、
    ルーマニアやブルガリアなどの東欧からの移民が急増している。 こういう人々は、
    必要に迫られて懸命にスペイン語を習得し、新たなスペイン語人口を形成しつつある。

    ラテンアメリカのスペイン語は、使用域の広さの割りには均質で、人口1億を越すメキシコが
    世界最大のスペイン語国となり、また、アメリカ合衆国内にも約2,500万人のスペイン語
    話者が存在しているため、スペイン語を左右しているのは、ラテンアメリカだと言えるだろう。

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    アイヌ語は、日本固有の2つの言語のうちのひとつ(もうひとつは日本語)であり、
    日本語と地続きで接触して来た唯一の言語。 日本語の方言だと思っている人も
    多いが、系統的にも文法の上でも日本語とは大きく異なる別言語となっている。

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    語順は日本語と同じで、主語や目的語は動詞の前に、修飾語は被修飾語の前に
    置く。 一方、 r で始まる単語が沢山あるところなどは、日本語や朝鮮語、
    ツングース諸語など、周辺のいわゆるアルタイ言語とは異なる。



    文法の特徴の1つは、動詞の主語と目的語を人称接辞というもので示すことで、
    例えば、『私が彼にお金をあげた』は、icen ku-kore となるが、『彼が私にお金を
    あげた』は、 icen en-kore となる。 更に、『私があなたにお金をあげた』は、
    icen eci-kore となる。 つまり、ku- が『私が彼に』、en- が『彼が私に』、eci- が
    『私があなたに』を表すことになる。 また、『私たちが笑った』は、mina-as となるが、
    『私たちがそれを見た』は、ci-nukar となり、同じ『私たちが』が自動詞 mina では、
    接尾辞 -as で、他動詞 nukar では、接尾辞 ci- で表されるなどという現象もある。

    『私の家』と『私の口』を違う形式で表現するのも、アイヌ語の特徴で、cise『家』の
    ように持ち主の『私』がいなくても存在しえるもの、つまり、譲渡可能なものは、
    ku-kor cise のように、ku-kor『私が持つ』という表現で所有関係を表すが、par『口』の
    ように、『私』がいなくなってしまえば、『私の口』も存在しなくなってしまうようなもの、
    つまり、譲渡不可能なものは、ku-paroho のように人称接辞 ku-『私』+paroho
    『~の口』という変化形(所属形と呼ぶ)で表す。 また、場所とそれ以外のものとは、
    文法的に区別される。



    【アイヌ語の今】

    アイヌ語は、日常会話では、殆んど使われなくなったが、そこには、松前藩や明治
    政府以来の、アイヌ人に対する収奪と差別の問題が大きな影を落としている。 しかし、
    現在でもアイヌ語を残し伝えて行こう、現代社会の中で活用して行こうという努力は
    続けられている。

    北海道最大のアイヌ人組織である北海道ウタリ協会は、1980年代から、アイヌ文化の
    継承活動に力を入れ始め、道内各地でアイヌ語教室という活動を始めた。 また、
    1989年からアイヌ民族文化際が始まり、アイヌ語劇が上演されるようになった。
    1994年には、アイヌ語教科書として『アコロ・イタク』が刊行された。 1997年には、
    アイヌ文化振興法が成立し、それに伴って設立されたアイヌ文化振興・研究推進機構
    という財団の主催する、指導者育成講座や上級話者講座、アイヌ語弁論大会、
    出版助成事業などによって、アイヌ語を学ぼうとする人の裾野がかなり広がった。
    STVでは、アイヌ語に関するラジオ番組を放送していたが、現在では、アイヌ人を
    講師にして『アイヌ語ラジオ講座』という番組を流しており、インターネットを通じて
    全国どこからでも聞くことが出来る。;

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    オランダ語は、英語やドイツ語と同じくゲルマン系の語派に属しているため、これらの
    言語と基礎語彙がかなり良く似ている。 また、歴史を振り返ってみると、オランダ人が
    荒波を乗り越え、世界の隅々まで出掛け、言語を含めて文化的影響を残したという
    一時代があった。 日本もその恩恵に浴した国であることは言うまでもない。 もっとも、
    オランダ語の語彙も、他言語からの影響を少なからず被っている。 主に英語や
    フランス語の語彙を取り込み、その多くの借用語がオランダ語には欠かせないものと
    なっている。



    今日、最も多くの語彙を借用するのは英語からで、実際、単語に留まらず、成句や諺に
    まで及んでおり、今やほとんど全く英語を話さないオランダ人ですら口にするように
    なっている。 例えば、tram、flat、fift-fifty、up to date などが挙げられる。 ただ、逆に、
    オランダ語の語彙は、例えば、ドイツ語などの隣接の言語と外見上良く似ているのに、
    意味の上で微妙な違いがあることもあって、注意が必要となっている。

    例えば、蘭:aardig 素敵な、独:artig 行儀が良い、蘭:aandacht 注意、独:Andacht
    敬虔さ、蘭: verzoecken 懇願する、独:versuchen 試みるなどがある。

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    【オランダ語の今】

    現在の標準オランダ語は、パタビア共和国以来の中央集権によって発達したホラント州の
    社会的上流階級の言葉が1900年ごろから標準語として認められるようになったもので、
    そもそも、オランダ語の呼称に関して言うと、その国名はHolland あるいは、Netherlandと
    して知られているにも関わらず、その国民名と言語名は Dutch という言語名で呼ばれる
    ことが普通となっている。

    12~13世紀以降、ドイツは Deutschland という国名で知られていた。 そして、15~16
    世紀になると、英語の Dutch は、オランダ国内の諸方言を含んだ意味でのドイツ語の
    ことを指すようになった。 オランダが独立し、大航海時代(17世紀)に入ると、英国との
    接触が頻繁になり、英語において Dutch という語は、次第に意味が狭まって行き、単に
    現在のホラント州を中心としたオランダ北部統一7州として知られる地域を指すように
    なった。

    日本におけるオランダ語の研究の歴史は長く、江戸時代の『ハルマ』や『訳鍵』といった
    蘭日辞書の編纂に始まる。 蘭学とは、広義には、当時の日本人がオランダ語を通じて
    学んだ西洋の学問一般を指し、医学をはじめとする西洋の学問は、オランダ語を媒体
    として日本に取り入れられた。 わずか4000坪の長崎の出島は、日蘭貿易の拠点で
    あったのみならず、近代科学や思想が日本に流入する唯一の窓口でもあった。

    【お勧めの一冊】


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