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    カテゴリ:西ヨーロッパ > ドイツ

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    Institut für Forschung und Entwicklung von Sportgeräten (FES研究所)

    Screenshot-2019

    対応競技:
    陸上競技、自転車競技、カヌー、ボート競技、トライアスロン、セーリング、
    アーチェリー、水泳、そり競技(スケルトン、ボブスレー)、スピードスケート、
    スキー、障害者スポーツ(セーリング)

    東ベルリンに本拠地を置くスポーツ器具を専門的に開発するためのFES研究所は、
    旧東独のナショナル委員会によって設立された「ドイツ体育スポーツ学院」
    研究センター内のスポーツ器具開発部門として1963年3月1日に設立された。

    その研究設立目的は、当時の産業界では、このようなスポーツ器具を生産する事が
    出来なかったためで、国際レベルでのトレーニングや競技用スポーツ器具を東独
    選手のためにカスタマイズ、開発することであった。 その後、スポーツ器具の
    開発と生産ばかりではなく、人材と素材が連携する事により、抜本的な見直しが
    必要である事が認識された。

    1963年から1965年に掛けて、ボート、カヌー、セーリングの開発事業が始まり、 
    1965年3月1日、ベルリンのシェーネヴァイデにスポーツ器具研究開発拠点が
    創設された。 FES研究所が開発したスポーツ器具が最初に国際的な評価を受けた
    のは、木材密度ポリマーを代用する事により、ボート、カヌー、ヨット競技に
    軽量素材技術を導入した事であった。

    1968年から1970年に掛けて、FES研究所では1人乗りと2人乗りのソリの開発が
    始まった。 1972年の札幌大会では、FES研究所が独自に開発した競技用具が
    初登場し、この時に旧東独で最初のソリ競技の代表チームが立ち上げられた。
    ほぼ同時期には、スポーツ競技器具開発に加えて、第2の柱である、コンピュータを
    用いた測定技術部門が立ち上げられた。 測定と情報技術の進歩により、ボートに
    初めて計測機器が取り付けられた。 セーリング競技では、オリンピックの
    フィン級、フライングダッチマン級、後に、470級でも開発が開始された。
    測定技術におけるもう一つの目玉は、セーリング競技における徹底した再測定
    であった。

    1970年代、FES研究所は、テニス、クロスカントリースキー、陸上競技などの
    スポーツにおける様々なテストを行い、柔道マットの製造においては、最先端の
    合成ゴムを使用した。

    また、1970年にFES研究所は、現在ケムニッツ市にある旧産業コンビナートである
    「Textimaforschung Malimo 有限会社」と協力して、1984年から自転車競技の開発
    事業を開始した。 まず、繊維強化プラスチックの使用量を増やしたディスク
    ホイールの研究開発が行われ、1987年からは独立事業として、炭素繊維を
    使用した強化フレームの開発に取り組んだ。 1988年のソウルオリンピックに
    おいて、ドイツ自転車競技チームは、FES研究所が独自に開発した器具を用いて
    100kmのロードレースにおいて金メダルを獲得した。

    1988年の最大時には、センター内に合計で5施設が設置され、約180名の
    スタッフが雇用されたが、ドイツ統一後の1992年5月、現在のDOSB、連邦内務省、
    スポーツ連盟の後援により、FES研究所内の全面的な組織再編が行われた。
    現在、FES研究所内には50名のスタッフが働いており、そのうち25名が
    エンジニアと技術職員、20名が研究職員、5名が社内外の管理業務を行っている。

    1992年、ボブスレーにおける開発は、2人乗りボブスレーから開始され、続いて
    4人乗りボブスレーの開発が始まった。 1996年からは、アチェリーのト
    レーニング時に使用するカーボン繊維強化プラスチックを用いたシャフトの開発、
    1997年からは、スピードスケート用の技術器具もFES研究所が扱うようになった。
    2001年からは、スケルトン用の競技機器とソリの開発も行なっている。

    ドイツ統一後、FES研究所は、ライプツィッヒのIAT研究所と共に、予算制度が
    継続され、連邦政府によって資金提供されている。 法的には、FES研究所は、
    ライプツィヒの応用トレーニング科学調査研究所と共に、DOSBを代理して、
    直接予算提供を受けている。  スポンサー団体には、24の競技連盟、6連邦州の
    スポーツ連盟、ケルン・トレーニングアカデミー、DOSBが含まれている。

    FES研究所が最も成功した競技は、ボブスレーとそり競技であり、その多くは、
    現在も開発中である。 2014年ソチ冬季オリンピックの際、ドイツのボブスレー
    チームは競争力がなかったため、FES研究所は批判された。 その後、2018年の
    ピョンチャンオリンピック大会に向けて、ナショナルチーム監督であるレナ・
    スパイズ氏が、男子チームの競争力向上のため、FES研究所と共に新しい
    ボブスレーの開発を押し進めた。 2018年の冬季オリンピックでは、FES研究所が
    開発した器具を用いたドイツチームは、金メダル3つと銀メダル1つを獲得した。

    【ボブスレー 国別メダル獲得数】

    順位

    国・地域

    1

    ドイツ

    3

    1

    0

    4

    2

    カナダ

    1

    0

    1

    2

    3

    韓国

    0

    1

    0

    1

    アメリカ合衆国    

    0

    1

    0

    1

     

    合計

    4

    3

    2

    9

     
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    logo33

    ドイツ応用トレーニング科学研究所(IAT)は、1992年にライプツィヒで
    設立され、ドイツのエリートスポーツとジュニアスポーツのための中心的な
    研究所となっており、19の夏季競技と6つの冬季競技に対応した専属コーチが
    常駐し、約1,000人の選手をサポートしており、21の協力団体と長期的な
    協定を結んでいる。

    スポンサー団体には、24のトップ連盟、6連邦州のスポーツ連盟、ケルン
    トレーニングアカデミー、DOSBが含まれており、オリンピック・
    トレーニングセンター、連邦スポーツ科学研究所、各種大学のスポーツ
    科学機関と協力関係を結んでいる。

    研究所内では、社会科学、スポーツ医学、エンジニア、物理学、コンピュータ
    科学と連携しており、科学的なトレーニングが行われている。 合計で
    120名のスタッフのうち、約3分の2が専門教育を受けている。

    ghjvdcet

    ドイツ応用トレーニング科学研究所は、以下の部門により構成されている:

    3つの科学トレーニング部門

    【耐久競技】
    カヌー、ランニング/ウォーキング、自転車競技、ボート競技、水泳、
    トライアスロン、バイアロン、スピードスケート、クロスカントリースキー


    【パワー技術競技】
    体操、ウェイトリフティング、陸上競技、飛び込み、フィギュアスケート、
    スケルトン、スキージャンプ、ノルディック複合

    【技術競技】
    バドミントン、ハンドボール、ホッケー、バレーボール、ボクシング、柔道、
    レスリング

    【その他】
    スポーツ医科学(外来診療所、臨床科学検査室、人体測定、スポーツ心理、
    整形外科、パフォーマンス診断)
    科学センター(スポーツ情報学、情報技術、生体力学、強化測定所)
    付属設備(科学トレーニング情報、文章データベース、国別調査データ、
    学術図書館)

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    南ドイツの中心都市ミュンヘン
    ミュンヘンは、ドイツ第3の都市で、南ドイツの経済と文化の中心地。
    空港からミュンヘンの中心街へ行くためには、ドイツの郊外電車Sバーンを
    利用すると非常に便利。 このSバーンに揺られること約45分程で、マリエン
    広場までたどり着きました。 ドイツ語の「Marienplatz(マリーエン・プラツ)」の
    意味は、「マリア広場」で、ドイツ語は、スペースなしで単語をそのまま連結する
    ことができるため、慣れないと単語が非常に長く感じるものの、単語の切れ目が
    分かるため、そこで意味を判断すると分かりやすく、ドイツ語は、世界一合理的な
    言語とも言えます。

    ドイツの鉄道は、自分で打刻が必要
    IMG_2950

    【Sバーン路線図】
    munich

    【冬の食べ物】
    南ドイツの冬の風物詩と言えば焼き栗ですが、「栗」はドイツ語では、
    「Kastanien(カシュターニエン)」と言うものの、焼くと何故か「Maroni
    (マローニ)」となり、イタリア語へと変わる。 お隣りオーストリアの
    ウィーン方言もミュンヘンと大体同じで、こちらでも、「焼き栗」は、
    やはり「Maroni(マローニ)」と言います。

    焼き栗屋
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    ミュンヘン新市庁舎とフラウエン教会は、どちらも非常に重厚な建物で、
    ミュンヘンのシンボル的な建物となっています。 新市庁舎の方では、毎時
    定時になると、仕掛け時計が動き出すため、絶好のシャッターシャンスと
    なります。

    ミュンヘン新市庁舎
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    フラウエン教会
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    【ミュンヘン】
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    南ドイツの春の風物詩
    南ドイツ名物の「Maibaum(マイバウム)」は、5月のお祭りの時期になると、
    南ドイツでは割と普通に建てられる春のシンボル的な存在ですが、実は、
    これと同じ物が札幌の大通り公園にも置いてあります。 こちらは、
    ミュンヘン市から姉妹都市である札幌市へと寄贈された物。

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    ドイツの標準語とは
    ドイツは東西南北で言語も風習も大きく異なるため、それぞれの地方の方言を
    聞いているだけでも楽しい。 特に、ミュンヘンは、南部の訛りが非常に強い
    バイエルン弁を話している地域となっており、この方言は、オーストリアと
    概ね同じとなっている。 ドイツでは、通常、標準語ではなく、それぞれの
    地方の方言のみで話していますが、他の地域の人達と話す時だけは、標準語で
    ある「高地ドイツ語」で話しています。

    【マリエン広場】
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    フランクフルトまでの交通手段
    EU経済の中心地、並びに、ドイツ経済の中心地でもあるフランクフルト市内
    までは、近郊電車Sバーンを利用した場合、往復で切符を購入するよりも、
    1日フリー乗車券を購入した方が、割引率が高くなります。 空港から
    フランクフルト中央駅までは、Sバーンで1駅、10分弱で行くことが出来ます。

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    ドイツ国内には、フランクフルト・アム・マインとフランクフルト・アン・デア・
    オーデルの2つの都市がありますが、どちらの街かを区別するため、正式名称には、
    「アム・マイン」が入っており、ドイツ語で「マイン川のほとりにある
    フランクフルト」と言う意味。 「アン・デア・オーデル」の方は、ポーランド
    国境の旧東独にあるのだが、こちらは、「オーデル川のほとりにある
    フランクフルト」と言う意味で、ドイツの地名には、「川」がサブタイトル
    として入っていることが多くなっています。

    【フランクフルト空港→中央駅】
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    フランクフルト・アム・マイン中央駅に到着。「Hbf」とは、「Hauptbahnhof」の
    省略形で、日本語では、「中央駅」と言う意味。 ヨーロッパの中央駅は、
    行き止まり式が多いのだが、このフランクフルト中央駅も行き止まり式。 よって、
    ドイツの新幹線 ICEは、何度も前後の方向転換をしながら進みます。 日本の様に
    郊外に新駅を建設するよりも、こちらの方が中心部を通るため、効率的だと
    思います。

    フランクフルトの主な観光地
    フランクフルト旧市街レーマー広場は、中央駅から歩いて25分程度の場所に
    あります。 ここを訪れた時には、既にクリスマスは終了していたものの、
    ライトアップはまだ行われていました。 フランクフルトの滞在時間に
    余裕がなく、1ヶ所だけ観光地を周るとすれば、レーマー広場が最もお勧めの
    観光スポットです。

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    【レーマー広場】
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    ドイツは、東京一極集中の日本とは異なり、地方分権の連邦制国家であるため、
    いわゆる、大都市は存在せず、フランクフルトにも60万人程度の人口しかいない。
    フランクフルトがドイツ経済のみならず、EU経済の中心地になり得た理由は、
    単にドイツの地理的に真ん中であるため。 ハンブルクは北寄り過ぎるし、
    ミュンヘンは南寄り過ぎるからという単純な理由からである。 旧西ドイツの
    暫定首都であったボンも、すぐ隣に100万都市のケルンがあるのにも関わらず、
    とりあえず、暫定首都であるため、ボンで良いと言う理由でした。

    【フランクフルト旧市街→空港】
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    日本では何故か消滅した食堂車は、ヨーロッパでは、まだまだ現役で、車窓を
    眺めながらのビールは、これまた格別。

    フランクフルトからダブリンまでのフライト時間は、たったの1時間半であるため、
    機内では、火を一切使わない、ドイツ名物の「カルテス・エッセン」が出て
    来ました。

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    2018年12月30日、ルフトハンザ・ドイツ航空を利用して、リスボン→
    フランクフルト→ダブリン、並びに、ダブリン→ミュンヘン→リスボンを
    往復しました。 往路のリスボン→フランクフルトは、2時間弱のフライト時間。

    ドイツの航空会社であるため、乗客の殆どがドイツ人でした。 実は、リスボン→
    ダブリン間は、アムステルダム経由のロイヤル・ダッチ航空の方が1万円程度
    安いのだが、ドイツ語を喋りたかったため、わざわざルフトハンザ航空を
    選びました (^-^)

    【ルフトハンザ航空】
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    2時間半のフライト時間で提供される機内食は1回のみで、最初から水が付いて
    いるのが非常に合理的。 機内放送は、ドイツ語と英語だけでしたが、ドイツ人は
    やはり英語が上手い。 同じ西ゲルマン語同士なので、語順は違えど、簡単なの
    でしょう。

    途中、スペイン、フランス上空を通過しましたが、ピレネー山脈らしき高い山の
    上空を通過しました。 フランクフルト・アム・マイン空港到着後は、空港地下に
    ある駅から近郊型電車のSバーンに乗り、10分弱で簡単に市中心部まで到着しました。

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    エリートスポーツ学校とは、ドイツオリンピックスポーツ連盟が主に10歳から
    15歳を対象とするスポーツタレントに、学校教育と寄宿舎での居住を保障しつつ、
    強化種目に関する高度なトレーニングを実施していると認定した育成施設である
    (認定制度の開始は1997年)。

    現在ドイツには43のエリートスポーツ学校が存在しており、それぞれに地域性や
    伝統が反映された強化種目が設定されている。 各エリートスポーツ学校は、
    夏季および冬季オリンピック大会が終了するごとに、該当する強化種目に応じて
    認定評価を受けなくてはならない。 尚、現在約11,300人のスポーツタレントが
    エリートスポーツ学校で育成されている。

    エリートスポーツ学校の運営形態は、スポーツ教育に重点を置く、いわゆる
    「スポーツ強化学校」の中にトレーニング、学校教育、寄宿舎での居住の3機能を
    集中させる「単一学校型」と、オリンピック支援拠点にトレーニングと寄宿舎での
    居住の2機能を、また、その近郊にある複数の学校に教育の機能を担わせる
    「包括施設型」に大別される。 前者は、ドイツ民主共和国の児童・青少年
    スポーツ学校の後継施設である場合が多く、従って東部ドイツ地域に集中的に
    みられる。

    近郊に位置する競技力の高いフェラインとの連携の下で、午前の授業時間内と
    午後の放課後にトレーニングを実施出来る点が特徴である。 後者は、基本的には
    再統一前のドイツの全寮制スポーツ学校の運営形態を引き継いでおり、従って
    西部ドイツ地域に多い。 スポーツタレントは、オリンピック支援拠点において
    常時トップレベルのコーチによる指導を受けることができる。 尚、両者共に
    学校教育をトレーニングと同様に重視しており、それによって、学業を優先し、
    スポーツキャリアを断念するスポーツタレントが以前よりも減少しているという。
    近年のオリンピック選手に占めるエリートスポーツ学校出身者の割合は高く、
    例えば2008年の北京オリンピック夏季大会では29%、また2010年のバンクーバー
    オリンピック冬季大会では51.3%に達している。 こうしたデータは、エリート
    スポーツ学校が、ドイツの競技スポーツシステムを支える極めて重要な育成施設で
    あることを示している。

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    【エリートスクール】
    ドイツ国内には現在、下記の43都市にスポーツ・エリートスクールがある。
    ● アルテンベルク ● カールスルーエ
    ● ベルヒテスガーデン(スキー) ● クリンゲンタール
    ● ベルリン(HPスポーツセンター) ● コブレンツ
    ● ベルリン(フラトフ・ハイスクール) ● ライプツィヒ
    ● ベルリン(ペルヒャウ・ハイスクール) ● レーヴァークーゼン
    ● ボッフム・ヴァッテンシャイト ● マグデブルク
    ● ボン ● マンハイム
    ● ケムニッツ ● ミュンヘン
    ● コットブス ● ノイブランデンブルク
    ● ドレスデン ● ニュールンベルク
    ● エアフルト ● オーバーホーフ
    ● エッセン ● オーバーストドルフ
    ● フランクフルト(マイン) ● オーバーヴィーゼンタール
    ● フランクフルト(オーデル) ● ポツダム
    ● フライブルク ● ロストック
    ● フルトヴァンゲン ● ザールブリュッケン
    ● ハレ ● シュヴェリーン
    ● ハンブルグ ● シュトゥットガルト
    ● ハイデルベルク ● タウバービショフスハイム
    ● ハノファー ● ヴィンターベルク/ヴィリンゲン
    ● イエナ ● カイザースラウテルン

    ※ドイツサッカー協会にも同様サッカーのエリートスクールがある

    【チャンピオンスポーツのためのパートナー大学】
    1999年には「チャンピオンスポーツのためのパートナー大学」制度も開始され、
    現在約90のパートナー大学に在籍する約1,200人の学生アスリートが、
    トレーニングによって生ずる学業負担の補償支援を受けながら、スポーツと
    高等教育修了のダブル・キャリアの実現を目指している。

    【スポーツ指導者の種類と指導内容】
    ①C級トレーナー:特定の種目についての基礎的指導、競技力向上へと導く。
    ②B級トレーナー:特定の種目についての専門的指導、競技力向上のための
     優秀な選手の発掘。
    ③A級トレーナー:特定の種目について体系的に競技力向上の指導を行い、
     各個人の高度な技術指導を行う。
    ④ディプロムトレーナー:国際級選手のトレーニングの計画、実施、評価、
     実技指導者やコーチに対する指導、助言を行う。
    ⑤専門指導者:特定の種目について基礎的指導を行い、生涯スポーツ活動の
     推進をはかる。 各スポーツ種目で、初歩的な運動プログラムを提供する。
    ⑥指導者:スポーツ種目全般の基本的運動プログラムを提供し、生涯スポーツの
     推進を図る。
    ⑦予防・リハビリテーションスポーツ指導者:障害者などの特別なトレーニングや
     練習プログラムを指導する。
    ⑧青少年指導者:生涯スポーツにおける青少年に適したプログラム作りと実施、
     並びに、余暇教育、青少年施策についてのスポーツ以外の催し物とプログラム
     作成、および、それらの実施を行う。
    ⑨スポーツ理学療法士:トップアスリートに対して治療を施したり、海外遠征、
     競技会に随行し、治療にあたる。
    ⑩組織マネージャー:スポーツフェラインの運営管理の仕事に携わる。
    ⑪組織マネージャー:(専門養成1-4)専門養成
     1:スポーツフェラインにおける指導と法律の仕事専門養成
     2:スポーツフェラインにおける企画と運営専門養成
     3:スポーツフェラインにおける財政、税金、保険専門養成
     4:スポーツフェラインにおける広報活動、宣伝およびマーケティング
    ⑫組織マネージャーA:スポーツフェラインおよびスポーツ関係団体責任者として、
     統括、指導、
    運営管理を行う。
    ⑬スポーツ経済専門ディプロマ:組織マネージャーの最上級資格であり、
     社会科学的分野の指導的立場に立つ人材として、専門的な仕事に携わる。

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    OlympischerSportbund

    2006年月5月20日、ドイツスポーツ連盟(Deutscher Sportbund = DSB)と
    ドイツオリンピック委員会(Nationales Olympisches Komitee = NOC)が
    合併し、ドイツオリンピックスポーツ連盟(Deutscher Olympischer Sportbund
    = DOSB)としてスタートした。

    この合併を後押ししたのは、スポーツ界が、特に行政に対して、ひとつの声
    としてまとまり、向き合うことの必要性が認識されたことである。 つまり、
    スポーツに関する窓口をDOSBに一本化したのである。 合併の必要性を感じない
    関係者も多くいた。 しかし、競技スポーツを例に取ると、それまでは、
    連邦内務省によるトップスポーツへの強化費を競技団体へ分配するのはDSB、
    オリンピックへ選手を派遣するのはNOCというように、統轄組織が分かれており、
    両者の考えが一致しないこともあった。

    合併の目的は、色々な団体や競技スポーツ、生涯スポーツのそれぞれ異なった、
    多層に渡る関心事を、スポーツ界の一つの声に束ねることにあった。 そして、
    傘下にある約9万のスポーツクラブと98の各スポーツ団体、そこに属する
    2,700万人以上のスポーツ愛好者や選手達たちを束ね、まとめて行くことであった。

    DOSBは、1950年にドイツスポーツ連盟(DSB)として設立された。 DOSB
    として新たなスタートを切るにあたり、その初代会長にはトーマス・バッハ氏が
    選ばれた。 再選され2期目に入ったバッハ氏は2013年にIOC会長となり、任期
    1年を残してDOSB会長を辞任した。 その後任には、ドイツスキー連盟前会長の
    アルフォンス・ヘアマン(Alfons Hörmann)氏が選ばれた。 DOSBのメンバー
    組織は62種目別競技団体(オリンピック競技34、非オリンピック競技28)、
    16州スポーツ連盟、20の特別の課題を持ったスポーツ団体(ドイツ大学スポーツ
    連盟、ドイツ鉄道員スポーツ協会等)から成る。 実際のスポーツ活動が行われて
    いるスポーツの基盤・底辺となるのは、全国にある90,800のスポーツクラブである。
    このスポーツクラブには2,780万人の市民が会員となっており、この人数はドイツ
    総人口の約1/3にあたる。 DOSBの本部はフランクフルト・アム・マインにある。

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    【DOSBの予算】
    DOSBの予算は、会費、連邦予算、マーケティングライセンス、宝くじの収入に
    よって賄われている。 州や地方自治体からは、スポーツ施設の建設費用や
    保守メンテナンス費用など、かなりの費用が捻出されている。

    2006年から2009年までに、トップスポーツの助成に連邦予算では、8億4,000 万
    ユーロ(約966億円)が準備された。 国家予算が緊迫していたにも関わらず、
    その額はドイツオリンピックスポーツ連盟(DOSB)から絶対に必要とされた
    額に達したとされている。 その大きな部分が連邦内務省の費用である。 この期間に
    おいて連邦内務省は、とりわけDOSBからの要求に応じ、トレーナー給与の増額、
    トレーナーポストの増大、トレーナーの専門・継続教育の改善に取り組んだ。
    更にトップチーム幹部のトレーニングおよび競技方策が拡大され、最適な
    トレーニング場が整備された。

    【連邦政府からのスポーツ助成金】
    現行の資金調達額は約1億7,000万ユーロで、2020年の東京オリンピックに向けて、
    2019年には1億1,000万ユーロ、2020年には更に1億3400万ユーロを必要として
    いる。 この予算調達の大部分が内務省からの予算となっているが、この他にも
    外務省、財務省、労働社会省、国防省、保健省、環境・自然保護・原子力安全省、
    家庭・高齢者・婦人・青少年省、教育研究省が予算を提供している。

    【州のスポーツ予算と配分】
    ドイツのスポーツに関わる予算財源は各州により異なる。 州間の協定で、
    各州にくじ等から630万ユーロ(約8億円)が配分されるところは同様である。
    しかし、シュレスビッヒ=ホルシュタイン州のように、くじ等の630万ユーロ
    のみで一般会計から拠出しないところや、ノルトライン=ヴェストファーレン州の
    ように、くじ等の財源と一般会計の両方のところもある。 例えば、シュレスビッヒ
    =ホルシュタイン州では、近年州の負債が増加傾向にあるが、630万ユーロが保障
    されているため、スポーツ予算は横ばいである。 この630万ユーロは、90%が
    州スポーツ連盟に、8%が内務省に、2%が文部省に配分されている。

    【国際競技力向上施策】
    1990年のドイツ再統一以後、オリンピック大会に参加したドイツ選手にはある
    傾向がうかがえる。 先ず、1つには、旧ドイツ民主共和国の驚異的な国際競技力を
    支えた児童・青少年スポーツ学校出身の選手が多いということである。 これは
    特にドイツ民主共和国の遺産を受け継いだ1990年代にみられる。 更にもう1 つは、
    再統一後の児童・青少年スポーツ学校の改革・再編を端緒として生まれたドイツ
    オリンピックスポーツ連盟(DOSB)認定のエリートスポーツ学校出身の選手の
    割合が、とりわけ近年のオリンピック大会で高くなってきていることである。
    エリートスポーツ学校では、さまざまな施策によって発掘され入学してきた、
    主に第5から10学年(ほぼ10歳から15歳)を対象とするスポーツタレントが、
    未来のトップアスリートに成長すべく集中的に育成されている。






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    ドイツ連邦政府では、主に連邦内務省がスポーツ政策を担当しているが、
    外務省、連邦国防省などにも連邦政府予算が計上され、スポーツの普及
    発展に関わっている。 ドイツでは総合的な内容を持つスポーツのための
    基本法は制定されていない。 ドイツの憲法として位置付けられている
    「ドイツ連邦共和国基本法」(Grundgesetz für die Bundesrepublik Deutschland、
    1949年、以下基本法と表記) においても、スポーツに関する条項は
    見当たらないが、「人格の自由」(第2条)や「結社の自由」(第9条)などが
    スポーツの権利に関する拠り所となっている。

    leistungssport

    1990年の東西ドイツの再統一は、スポーツ界にも影響を及ぼした。 両国の
    スポーツ統括団体やオリンピック委員会の合併が図られると共に、ドイツの
    スポーツクラブに当たるスポーツフェライン(Sportverein)レベルでの
    交流なども実施され、東西のスポーツの接近が図られた。 統括団体に
    関しては、2006年にドイツスポーツ連盟とドイツオリンピック委員会が合併し、
    ドイツオリンピックスポーツ連盟(Deutscher Olympischer Sportbund:DOSB)
    となった。

    ドイツでは学校教育の一貫としてのスポーツの部活動は原則としてない。
    ドイツにおける青少年のスポーツ活動の核は、地域の「スポーツフェライン」
    であり、彼らはそこで中高齢者に至るまで週1~2回程度スポーツ活動を実践する。
    地域のスポーツフェラインへ加入すると、州スポーツ連盟およびドイツ・
    オリンピックスポーツ連盟(DOSB)の会員として登録されると同時に、
    自分の参加するスポーツ種目の競技連盟へ登録される。

    ドイツのスポーツ組織体制図
    どいつ-2
    【中央組織】
    1) スポーツ行政組織
    ドイツのスポーツ行政機関は、基本法の第30条「連邦と諸州の権限分配」
    などに従い、連邦と州が役割を分担している。 資金という観点からも、
    連邦では特に次の事項を担当している。

    ・全国家を代表すること(たとえば、オリンピック、パラリンピック、
     デフリンピック、世界およびヨーロッパ選手権、ワールドゲームズ)
    ・外交関係(スポーツの促進援助も含む)
    ・国家的でない中心的組織の諸方策の助成(連邦全体として重要であり、
     一州のみでは効果的に実施することができないもの、例えば、ドイツ・
     オリンピックスポーツ連盟(DOSB)、スポーツ諸連盟)
    ・管轄に属する任務(例えば、管轄に付属する研究計画など)

    kanu-polo

    連邦政府内では、連邦内務省(Bundesministerium des Innern)が、次にあげる
    スポーツに関わる連邦の業務を調整している


    ・トップスポーツ
    ・障害者の競技スポーツ
    ・スポーツ医学/スポーツ科学
    ・連邦警察のトップスポーツ
    ・若い移住者 ・外国人
    ・競技スポーツのためのスポーツ場建設の助成および国際的な事項
    ・不利な立場にあるドイツ青少年のスポーツによる統合

    連邦内務省に付属する部局および職員数は以下の通りである。
     
    ・連邦内務省スポーツ局(53人)
    ・連邦スポーツ科学研究所(33人)
    ・応用スポーツ科学研究所(102人)
    ・スポーツ器財研究開発研究所(50人)

    ドイツの障害者スポーツ組織体制図
    どいつ-1
    ①連邦内務省と②連邦教育研究省の他、第12次スポーツ報告書によると、
     連邦政府内では、8つの省がその所轄範囲内でスポーツを部分的に
     担当している。
    ③外務省:外交的文化政策におけるスポーツの助成。
    ④連邦財務省:スポーツの税問題、連邦税関のトップスポーツの助成、
     郵便行政のスポーツ。
    ⑤連邦労働社会省:リハビリテーション範囲内での障害者スポーツ、
     労働生活の中でのスポーツ。
    ⑥連邦国防省:連邦軍におけるトップスポーツの助成、職務および
     リフレッシュスポーツ。
    ⑦連邦家庭・高齢者・婦人・青少年省: 連邦の児童・青少年政策内での
     青少年スポーツ、婦人・少女スポーツ、ファミリースポー ツおよび高齢者の
     運動、遊戯、スポーツ、兵役代替社会奉仕におけるスポーツの助成。
    ⑧連邦保健省:健康管理範囲内のスポーツ。
    ⑨連邦交通・建設・都市開発省:鉄道職員スポーツフェラインの助成。
    ⑩連邦環境・自然保護・原子力安全省: スポーツと環境の問題および言及
     された領域での計画の資金調達;連邦自然保護法のよう な法的規則。
    ⑪連邦経済協力開発省:
    現在直接的なスポーツ助成を引き受けていない。 しかし、連邦経済協力
    開発省は、貧困との闘い、HIVの啓蒙、児童・青少年活動、ソーシャルワーク
    および紛争減少のためのプロジェクトのために、開発政策的協力の範囲内で、
    スポーツの社会的統合的要素を利用する。

    【地方組織】
    連邦共和制であるドイツは、16の州(Land)で構成されている。 州政府は、
    自治権を大幅に認められており、特に、文化、教育、福祉行政に関しては、
    その殆どが州政府に委ねられている。 多くの州では、内務省がスポーツを
    所管しているが、社会省や文部省がスポーツを所轄する州もある。 特別市
    であるハンブルクでは、文部・スポーツ省がスポーツを所轄している。 また、
    「連邦議会スポーツ委員会」が設置されているように、州や自治体に
    も議会スポーツ委員会や諮問委員会などが置かれている。

    【スポーツ関連法】
    ドイツ連邦共和国基本法 ドイツでは総合的なスポーツ法(いわゆるスポーツ
    基本法)は制定されていない。 このことは、ドイツ民主共和国では 1950年の
    「青少年法」にスポーツにかかわる事項が明記され、1956年に総合的 な
    スポーツ法「ドイツ民主共和国における身体文化・スポーツのさらなる促進に
    関する決定」が制定されたことと異なる。 ドイツの連邦共和国基本法(1949年)
    においてもスポーツに関する条項は見当たらないが、スポーツの権利に関する
    拠り所となっている以下の2つの条項が重要である。

     「人格の自由、人身の自由」(第2条1項): 何人も、他人の権利を侵害せず、
    かつ憲法的秩序または道徳律に違反しない限り、自らの人格の発展を求める
    権利を有する。 「結社の自由」(第9条1項): 全てのドイツ人は、団体および
    結社を結成する権利を有する。 その他、第32条1項[対外関係]、第91a条1項
    [大学付属病院を含む大学の拡充および新設]、第91b条[協定に基づく連邦と
    諸州の協力](教育計画および科学の振興)、第104条(a)4項[連邦および 諸州の
    支出負担、財政援助]などがスポーツに関係する。 州政府レベルでは、ベルリン、
    ブレーメン、ラインラント・プファルツなどの州がスポーツ振興に関する特別な
    法律を制定している。

    2009年の省庁別では、トップスポーツなどを担当する連邦内務省が最も多く
    (全体の約65%)、連邦国防省がそれに続いている。後者は、オリンピック
    大会などでメダルを獲得するドイツ選手の中で連邦軍所属の選手が多いことに
    関連すると思われる。

    組織構成2010年8月現在、16の州スポーツ連盟、61の競技連盟
    (34のオリンピック種目の競技連盟と27のオリンピック種目でない競技連盟)、
    20の特別な課題を持つスポーツ連盟、15人の個人構成員で構成されている。
    20の特別な課題を持つスポーツ連盟の中で、会員数が多いものは、ドイツ・
    カトリック系スポーツ連盟(DJK-Sportverband、約55万人)、ドイツ企業
    スポーツ連盟(Deutscher Betriebssportverband、約29万人)、ドイツ警察・
    スポーツ管理機関(Deutsche Polizei Sportkuratorium、約24万人)である。

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    オリンピック・サポート拠点(Olympiastützpunkt 以下OSP)ベルリンでは、
    現在30以上のオリンピック競技から、約500名のA-C級のナショナル選手を
    総合的にサポートしている。 OSPベルリンでは、ベルリンの主要な
    ナショナル選手のサポート事業に加えて、ベルリン市内5カ所の施設、並びに、
    キーンバウムでの協力協定に基づき、約20のスポーツ競技において、
    ナショナル選手をサポートしている。

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    【重点競技】
    オリンピックセンターにおける重点競技の決定は、DOSBのハイパフォーマンス
    スポーツ専門部門と各オリンピック競技連盟とが連携して決定する。
    ベルリンでは、現在以下の23のオリンピック競技が主要なスポーツとして
    認定されている。

    バスケットボール男子、ビーチバレーボール、アーチェリー、ボクシング、
    ホッケー、ハンドボール、フィギュアスケート、スピードスケート、ホッケー、
    フェンシング、ウエイトリフティング、柔道、カヌー、空手、陸上競技、
    近代五種競技、自転車競技、ボート、水泳、セーリング、体操、バレーボール、
    水球男子

    【その他の競技】
    バドミントン、サッカー、レスリング、新体操、ラグビー、射撃、テニス、卓球

    【障害者スポーツ】
    カヌー、体操、車椅子バスケットボール、車椅子テニス、車椅子卓球、水泳、
    セーリング

    【OSPベルリンの主な施設】 
    ① Sportforum Berlin ④ Sportkomplex Olympiapark
    Fritz-Lesch-Str. 29 Berlin Friedrich Friesen Allee Berlin
    ② Sportkomplex Europasportpark ⑤ Sportkomplex Hohenzollerndamm
    Paul-Heyse-Str. 29 Berlin Jungfernheideweg 80 Berlin
    ③ Sportkomplex Grünau ⑥ Bundesleistungszentrum Kienbaum
    Sportpromenade 3 Berlin Puschkinstraße 2 Kienbaum

    2010年以来、連邦内務省は年間約3,000万ユーロの基金を拠出していおり、
    2016年、OSPベルリンは最も多くの援助額である428万ユーロを受けた。
    OSPバイエルンは403万ユーロ、OSP内で最低の補助金は、OSPフライブルグ・
    シュワルツヴァルトで71万ユーロであった。 2016年度は、18拠点合計で
    3,115万ユーロの資金調達が行われた。

    OSPベルリンでは、ベルリンのナショナル選手全員に対して、スポーツ医療、
    理学療法、科学トレーニング、スポーツ心理学、社会福祉サービスを提供している。
    約35名の常勤スタッフと10名を超える名誉職員が、アスリートとコーチの競技力
    向上のために最も適した方法を見つけられるようにします。 OSPベルリンでは、
    20人以上のコーチが直接雇用されており、日々最高レベルのトレーニング方法に
    より、アスリートを支えている。

    ベルリン郊外にあるキーンバウム連邦トレーニングセンターは、ナショナルチームに
    とって、特別な意味を持っている。 多くの場合、トップアスリート達は主要
    競技大会の数週間前に「最終調整」を行う。 エリート選手、トレーナー、
    アーチェリー選手、カヌー選手など、これらの競技には、OSPベルリンが主に
    関与している。

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    ドイツ国内には、連邦政府が運営するナショナルチームのための
    オリンピック・サポート拠点(Olympiastützpunkt 以下OSP)が18ヶ所ある。
    以下、国内の主な施設の内容。

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    OSPバイエルンは、1989年にミュンヘンに設置され、冬季競技を中心とした
    ナショナルチームのアスリートやトレーナーのための専用施設である。
    OSPミュンヘンは、1972年に開催されたミュンヘンオリンピックのオリンピック
    パーク内にあり、オリンピックパークGmbHからの資金提供により設立された。
    OSPバイエルンは現在、ドイツ最大のナショナルトレーニングセンターであり、
    900人以上のアスリートが在籍している。

    【対応競技】
    冬季オリンピック競技中心、陸上競技、水泳、柔道、テコンドー、レスリング、
    ホッケー、射撃、カヌースラローム、テニス、卓球、乗馬、バレーボール、
    バスケットボールエリートスポーツ学校が付属


    OSPベルリンは、OSPベルリン協会の後援により1987年に設立され、
    30以上のエリートスポーツの競技に対応しており、現在約500名が在籍している。
    OSPベルリンでは、現在23のオリンピック競技が主要な競技として認め
    られている。

    【対応競技】
    バスケットボール男子、ビーチバレーボール、アーチェリー、ボクシング、
    ホッケー、ハンドボール、フィギュアスケート、スピードスケート、ホッケー、
    フェンシング、ウエイトリフティング、柔道、カヌー、空手、陸上競技、
    近代五種競技、自転車競技、ボート、水泳、セーリング、体操、バレーボール、
    水球男子、バドミントン、サッカー、レスリング、新体操、ラグビー、射撃、
    テニス、卓球

    【障害者スポーツ】
    カヌー、体操、車椅子バスケットボール、車椅子テニス、車椅子卓球、水泳、
    セーリング


    ③【OPS ブランデンブルグ
    OPSブランデンブルグは、ブランデンブルグ州のコットブス市、フランクフルト
    ・アン・デア・オーデル市、ポツダム市の3施設に大きく分かれている。
    この施設での科学サポートは、特にカヌーレースとサイクリングに特化している。
    フランクフルト(オーデル)とポツダムには、低酸素トレーニングルームがあり、
    主に水泳、柔道、自転車競技の選手が使用している。

    【フランクフルト(オーデル)】
    フランクフルト(オーデル)のスポーツ施設は1973年に設置され、ドイツ統一後に
    完全に改装された。 旧東独地域にあるOPSは、このフランクフルト(オーデル)の
    施設が基になっているとも言われている。

    【コットブス】
    自転車競技に特化しており、BMXや自転車競技への参加人数の増加により、
    2014年に新たに陸上競技場が完成し、旧トレーニングホールは、自転車競技専用
    競技場として改修された。

    【ポツダム】
    カヌー、ボート競技、レスリング、陸上競技、水泳のトレーニングに特化しており、
    水泳は、低酸素トレーニングが可能。 旧東独時代からトップアスリートが
    トレーニングを受けていた。

    【対応競技】
    障害者スポーツ、ボブスレー、ボクシング、サッカー、体操、ウエイトリフ
    ティング、ハンドボール、柔道、カヌースプリント、陸上競技、近代五種競技、
    自転車競技、レスリング、ボート競技、水泳、射撃、トライアスロン、
    バレーボール、水球


    1988年設置。 本部はハンブルクにあるが、キールとラッツェブルクにも
    支部がある。 オリンピック競技25種目、約300名のアスリートが在籍している。
    エリートスポーツ学校は2006年設立。 エリートスポーツのトレーニングの他にも、
    キャリアアドバイス、陸上競技トレーニング、スポーツ理学療法、スポーツ医学、
    スポーツ心理学、栄養カウンセリングを主な活動の中心としている。

    【競技種目】
    重点競技は、ビーチバレーボール、ホッケー、水泳、ボート競技、セーリング

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    1988年にOSPフランクフルト・アム・マインとして設立され、2008年に
    OPSヘッセンへと名称が変更された。 本部はフランクフルト・アム・マインに
    位置し、オリンピック種目20競技から約250名のアスリートが在籍している。
    DOSBの公式な分析では、監督の質の高さから、ドイツで最も重要な3つの
    拠点うちの1つとなっている。

    OPSヘッセンは、スポーツクリニック・フランクフルトと協力して、スポーツ
    医療、理学療法、キャリアコーディネート、キャリアガイダンス、住宅援助、
    栄養アドバイス、スポーツ心理ケアを行っている。

    【主な対応種目】
    ホッケー、体操、新体操、トランポリン、レスリンググレコローマン、射撃、
    卓球、ボート競技、バスケットボール、バレーボール、陸上競技


    旧東独のメクレンブルク=フォアポンメルン州内のロストック、
    ノイブランデンブルク、シュヴェリーンの3拠点に大きく分かれている。
    スポーツ医学、理学療法、科学トレーニング、スポーツ心理のサポートを
    行っている。

    【対応競技】
    ● ロストック(ボート、飛び込み、トラックスピードスケートショート、
       セーリング)
    ● ノイブランデンブルク(陸上競技、カヌー、トライアスロン)
    ● シュヴェリーン(ボクシング、バレーボール、自転車競技)


    1986年ニーダーザクセン州ハノーバー市に設置。 スポーツ医学、理学療法、
    科学トレーニング、心理学、栄養科学ケア、キャリアガイダンスに対応。

    【対応競技】
    水球、水泳(男子)、陸上競技、柔道、体操(男子)、ホッケー(女子)、
    トランポリン、射撃、ボクシング、テニス、卓球、ボート競技、バイアスロン
    その他、パラリンピック、デフリンピック(聴覚障害者)アスリートをサポート。

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    近代化に伴ってヨーロッパでは、領土や貿易をめぐる対立が激化していた。
    この対立が戦争になりかねないことを見て取ったヴェルヘルム2世は、1888年、
    権力の座に就くと、強力、かつ、近代的な海軍の組織作りを命じた。 既に、
    ドイツ、オーストリア、イタリアは三国同盟を結んでおり、戦争になれば協力する
    ことで合意していた。 また、ドイツの戦力を恐れたロシア、フランス、イギリスは
    後に三国協商を結成、この2つの対立するブロックは、それぞれ軍隊を整備し、
    全ヨーロッパを巻き込む戦争に備えた。

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    1914年6月、オーストリア皇太子が、ヨーロッパ南東のセルビアで暗殺されるという
    事件が起きる。 これに対してオーストリアは、セルビアに宣戦布告をした。
    一方、セルビアはロシアの同盟国であったので、三国協商の国々はセルビア救済の
    ために軍隊を終結した。 ドイツもオーストリアとの同盟の下、戦時体制を敷き、
    8月、ヴィルヘルム2世はフランスへの進軍を命じた。 こうしてヨーロッパの
    国々の対立は、第一次世界大戦(1914~1918年)へと広がって行った。

    ドイツは東部戦線でロシアを破るなど、初めは優勢であった。 ところが、
    1917年にはアメリカがイギリスなど連合国側に参加する。 また、北フランスでも
    ドイツはイギリス、フランス、アメリカとにらみ合っていたが、海上封鎖を受け、
    ヴィルヘルム2世下の軍隊にとって、次第に形勢は不利になって行った。 こうして
    1918年11月、ドイツは遂に降伏した。

    これに対し政府の政策や上官の命令に不満を抱いていたドイツの労働者や軍人達は、
    国中で暴動を引き起こした。 このためヴィルヘルム2世は退位を迫られ、
    社会民主党は新しい民主的な政府の設立を宣言することになる。 ヴェルサイユ条約
    (第一次世界大戦後の講和条約)の下、ドイツはアルザス・ロレーヌをフランスに
    返還、プロイセンの大部分をポーランドに割譲することを余儀なくされた。 また、
    連合国はドイツに多額の賠償金を要求し、ラインラントとザール地方を占領し、
    産業を摂取した。

    【お勧めの一冊】


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    【ナポレオン戦争】
    1790年初め、市民革命によりフランス国王が処刑されると、ヨーロッパ諸国は
    自国でも暴動が起こるのを恐れ、フランス革命軍に攻撃を仕掛けた。 これに対し、
    フランス軍はライン川を越え、ドイツの諸国を占領、反君主制感情を煽ろうとした。
    1799年になると、フランスではナポレオン・ボナパルトが政権を取り、ドイツに
    侵入し、プロイセンとオーストリアの軍隊を破った。 また1806年には
    ナポレオンがドイツの征服地をライン同盟んび編成し、これを切っ掛けに
    神聖ローマ帝国は崩壊した。

    しかし、プロイセン、オーストリア、ロシアの軍隊は1813年、ライプツィヒで
    フランスを破り、2年後、プロイセンとイギリスがワーテルローの戦いで
    ナポレオンに勝利した。 勝者は新たに国境を引き直すためウィーン会議に
    集まり、プロイセンは北ヨーロッパに領地を拡大、一方、ハプスブルグ家は
    南ドイツの支配地を失った。 またこの会議では、ドイツ内35の君主国と4つの
    自治都市から成る新しいドイツ連邦に編成し直すことが決められた。

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    【ドイツ連邦】
    ドイツ連邦には連邦議会があったが、これにはほとんど権威がなかった。
    それぞれの君主国は独自の法律を施行し、独自の貨幣を鋳造、独自の軍備を備え、
    独自の税金を徴収していたからである。 しかし、1834年には、多くの君主国で
    関税同盟が発足した。 プロイセンの指導の下、この自由市場はドイツの産業を
    刺激し、統一ドイツのあるべき姿を示した。

    1840年代の凶作は、食糧不足や経済問題を引き起こし、多くのドイツ人は真に
    民主的な政府を求め始めた。 1848年には、フランスで起きた革命が
    オーストリアとドイツに波及、プロイセン、バイエルンなどの君主制の指導者達は、
    フランクフルトに集まり、国民会議を設立することで合意した。

    この会議では、世襲の皇帝の下にドイツが統一されることが決められ、プロイセン王
    フリードリヒ・ヴェルヘルム4世が皇帝に指名された。 しかし、会議に強く
    反対するフリードリヒ・ヴェルヘルム4世が皇位を拒否したので、国民会議は
    次第に支持を失って行き、1849年に解散した。

    【統一】
    1862年、フリードリヒ・ヴェルヘルム4世の後継者ヴェルヘルム1世は、オットー・
    フォン・ビスマルクを首相に任命した。 そこで、プロイセンの指導の下にドイツを
    統一しようと考えていたビスマルクはその後、デンマーク、オーストリアとの戦争で
    プロイセンを勝利に導き、ドイツ連邦に代る北ドイツ連邦を組織した。

    同じころ、ホーエンツェルン家の1人がスペイン国王に内定した。
    ホーエンツェルン家によるヨーロッパ支配のみならず、プロイセンの軍事力
    増大を恐れたフランスは、これに猛反対、この対立を上手く利用したビスマルクは
    1870年、普仏戦争(プロイセン・フランス)を引き起こした。 1871年、
    フランスの首都パリの開城によって戦争が終わると、プロイセンはフランス
    政府に多額の賠償金を要求し、ライン川西岸のアルザス・ロレーヌを割譲させた。

    その間に、ビスマルクは南ドイツの諸邦をプロイセンの支配下に置き、ヴィルヘルム
    1世はカイザー(皇帝)として、統一ドイツの指導権を欲しいままにした。 また、
    新しい憲法では、2院制が規定され、連邦参議員と帝国議会が創設された。

    19世紀後半、ドイツは急速に発展した。 人口が増加し、活気ある鉱山や工場が
    経済を一変、アフリカかアジアに植民地を建設し、イギリスやフランスに拮抗する
    国となっていた。 ビスマルクは25の邦国と帝国直轄の代表から成る連邦参議院に
    厳しい監視を続け、プロイセン専制の反対勢力排斥に務めた。 また、労働者の
    権利を守るSPD(社会民主党)の活動も制限されたが、急速な工業化は労働運動を
    促進し、社会党への支持は高まった。

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