東京通詞 ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

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    カテゴリ:東ヨーロッパ > ロシア

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    モスクワ観光のハイライトと言えば、赤の広場。 ほんの10数年前までは、
    夜に出歩くのは自殺行為とまで言われたモスクワも今ではすっかりと平和を
    取り戻し、夜にひとりで出歩いても大丈夫。 元々、ソ連の時代のモスクワは
    非常に安全な街でした。 この画像に写っている建物は、全てソ連の時代から
    全く変わってはいないものの、ライトアップだけは、ソ連の時代には全くなかった。
    グム百貨店もソ連時代からあるが、当時は、物不足で、品薄な店であったが、
    今では、三越もビックリの超高級百貨店。

    この日は、赤の広場で『モスクワ生誕祭』が開催されていたため、赤の広場の
    手前で1回、グム百貨店内へ入る手前で再度セキュリティーチェックが行われて
    いました。 最近のロシアは、テロがなくなったが、ほんの数年前までは、
    大規模爆弾テロが頻発していた時代があったことを忘れてはならない。

    【モスクワのカプセルホテル】
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    尚、この日は、モスクワでは数少ないカプセルホテルに宿泊。 受付の人が
    非常に親切なお方だったため、1月にモスクワに行く際にも、ここに泊まります。
    駅からは近いものの、そこからの行き方が非常に分かり辛いため、周囲の人に
    聞かないとたどり着けないと思いますが、物価が非常に高いモスクワにおいて、
    コストパフォーマンスが非常に良いので、利用価値は非常に高いと思います。
    行き方は、この『61』と書いてあるところから、更に奥に入った突き当たりのため、
    これを目印にすると、何とかたどり着けます。

    モスクワにある地下鉄雀が丘駅。 直線で行くと、雀が丘展望台までは、
    徒歩で数分程度行けるものの、階段がないため、かなり大回りして、15分以上も
    掛かります。 昔の駅名は、展望台の名前と共々『レーニンが丘』駅。
    その後、約29年振りにユーゴ・ザーパドナヤ駅へ。 この付近には、大学や
    研究所が集中しており、モスクワの学術的な中心地となっています。 モスクワ
    大学も、この場所からは、地下鉄で1本で行くことが出来ます。 29年振り
    ともなると、懐かしいを通り越して、覚えてないw  尚、この駅は、ブヌコヴォ
    空港までのシャトルバスが出ている駅なのだが、ブヌコヴォ空港へは、ハッキリ
    言って、キエフ駅からアエロエクスプレスに乗って行った方が早いため、
    用途によって、使い分けが必要。

    【雀が丘】
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    早朝6時(日本時間午後12時)からのモスクワ半日観光も終わり、シェレメチェヴォ
    空港へと帰ります。シェレメチェヴォ空港へ行くためには、まずは、ベラルーシ駅
    まで地下鉄で行きます。 尚、鉄道駅がベラルーシ駅、地下鉄駅がベラルースカヤ駅
    なので、要注意。 これは、日本語の『駅』がロシア語では別単語であり、しかも、
    それぞれ、男性名詞と女性名詞であるため、こうなっています。

    モスクワで最初で最後のロシア料理♪ 注文した物は、ブリヌゥイー、ボルシチ、
    ブリン、クワスと非常に分かりやすい典型的なロシア料理。 日本のロシア料理は、
    戦後の引揚者らが見よう見まねで始めた店ばかりであるため、本場の味とは、
    かなり異なりますw 特に、味が違うのが、ボルシチで、新鮮なビーツを日本では
    調達出来ないためか、味が全く異なります。

    【ユーゴ・ザーパドナヤ駅付近】
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    いよいよ、アエロフロートの共同運航便であるエア・セルビアでベオグラードへと
    飛び立ちます。 機内での放送は、英語とセルビア語のみであったため、主に
    英語の方を聞きました。 共同運航なのに、ロシア語での放送はありませんでした。

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    2018年9月8日~9月17日まで、旧ユーゴスラヴィア縦断の旅に行きました♪

    旅の始まりは、両替からw ものの18年ほど前までは、ロシアの通貨である
    ルーブルは、ロシア国外には一切持ち出し禁止だったのだが、最近では、
    日本国内でも普通にルーブルの両替が出来るようになたったため、1997年の
    経済危機の時から考えると、隔世の感が否めない。

    アエロフロートに限らず、ロシアの飛行機は、基本的に奇跡が起きない限り、
    時間通りには絶対に飛ばないのだが、この日も1時間半遅れで成田空港第一
    ターミナルを出発。 モスクワ・チェレメーチェヴォ空港までのフライト時間は、
    約10時間あるため、この間、ロシア映画を4本見た♪

    【成田空港】
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    成田空港を飛び立ち、ようやくモスクワ・シェレメーチェヴォ空港に到着したが、
    その間、機内食と飲み物は、それぞれ2回づつ出たのだが、この日の機内食は、
    鶏肉以外はもうないと言われた。

    ロシア国内には、基本的にローマ字による表記はないが、空港内だけは、
    英語と中国語による併記があるため、ロシア語が読めない人でも比較的楽に
    移動出来る。

    【モスクワ・シェレメーチェヴォ空港】
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    まずは、矢印の通りに進み、入国審査を経て、モスクワの街へ出ます。 今年は、
    ロシアでFIFAワールドカップサッカーを開催したため、ファンID所持者は、
    今年度中はロシアのビザが免除されています。 念のため、ロシア大使館にも
    問い合わせ、入国審査時には、更に念のため、口頭で入国審査官に対して、
    「ファンID所持者は、ビザが免除されていますよね?」と確かめたところ、
    「はい」との回答が返って来た。

    ロシアの入国審査は、結構面倒で、昔は色々と質問やら、スーツケースを開けろは
    当たり前で、財布の中身を見せろも当たり前でした。

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    バイカル湖は、世界で最も透明度の高い湖で、シベリアのイルクーツクの
    近郊にあります。 深さも世界一で、元々、バイカル湖周辺に住んでいたのは、
    モンゴル系のブリヤート人であった。 その後、ロシア人が大量に西進して
    来たため、少数民族へと転落した。 バイカル湖にはアザラシが多く、
    イルクーツクのお土産は、ブリヤートの民芸品とアザラシのぬいぐるみが
    中心となっている。

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    【ロシアの空港の常識】
    ロシアの空港では、ほんの数年前まで、空港職員による窃盗が極当たり前で
    あったため、サランラップのお化けのような設備が必ず空港にはあるのだが、
    有料で1,000円程度も掛かるため、経済成長により、今更盗む必要性すらなく
    なった過去の異物とも言える。

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    ロシアでアジア人に対する差別が非常に少ないのは、自分達の体の中にも、
    アジアの血が流れている事を知っているため。 ロシアは、400年近くも
    モンゴルの支配を受けていたのだが、そのモンゴル人が西に進むに連れて、
    ヨーロッパ化したのが、現在のタタール人。

    【イルクーツク】
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    ロシアではさほど珍しくはなくなった中国語の看板。 多くの空港等にある漢字は、
    短いものだと日本語と同じだったりするため、一見、日本語にも見えのだが、
    全て中国語。 ロシアにとって、最も友好的な国は、中国とセルビアであり、
    セルビアでも時折、ロシア語を見掛けた。 20年ほど前までは、日本企業の
    看板だらだったのだが、今となっては、全て中国企業と韓国企業の看板のみと
    なっているため、この20年間の日本の凋落振りが分かる。

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    イルクーツクまでは、ほんの数年前までは、新潟空港からしか飛べなかったのだが、
    今は、新潟に成り代わり、成田から直行便が飛んでいる。 ロシアへの窓口としての
    新潟の役割は、既に、富山へと完全に移行しており、時の流れと共に、新潟の
    役割は、もう終わったのかも知れない。

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    カリーニングラード・フラブロヴォ空港からモスクワ・シェレメチェヴォ
    空港へは、約2時間のフライト+1時間の時差があるため、モスクワ到着が、
    夜中の11時30分過ぎとなり、アエロエクスプレスは午前0時30分が最終列車で
    あるため、タクシーに乗車した。

    【夜中のタクシー乗車時の注意点】
    空港内には、客引きが多数おり、ここで値段交渉をしなければならないのだが、
    空港内の客引きは、既に定価を示すボードを所持しており、当初の値段よりは
    1,000ルーブル値下げして貰ったものの、シェレメチェヴォ空港からタクシーで
    40分程度のベラルーシ駅前にあるホテルまで、4,000ルーブル(約7,000円)も
    取られる結果となった。

    それまでは、何度タクシーに乗っても、大体250ルーブルとか、ワールドカップで
    大渋滞であったカリーニングラード市内ですら、最高で1,000ルーブルまでしか
    請求されなかったのだが、ここ首都モスクワでは、物価が地方とはまるで違う。
    モスクワは、収入に対する物価の高さが世界一の都市であるため、夜中に
    タクシーに乗るのは止めた方が無難。

    【空港からモスクワ市内へ】
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    この日は、ベラルーシ駅前のホテルに宿泊したため、まずは、ベラルーシ駅に移動。
    モスクワのホテルは、どこも高いのだが、今回の旅行で最も高い値段であった
    ホテルは、一番ボロボロで冷房も付いていなかった。

    その後、世界一美しいと言われているモスクワの地下鉄で中心部へと移動。
    モスクワの地下鉄は、有事の際には、核シェルターとなるため、地下4階以上の
    浅い部分は一切通らず、そのため、エスカレーターが異様に長いのが特徴。
    但し、日本のエスカレーターの様に、とんでもなく遅い物はひとつもなく、
    日本の3倍以上の超高速運転をしているため、初めてモスクワを訪れた場合は、
    度肝を抜かれて、なかなかロシアのエスカレーターには乗れない。

    【ボリショイ劇場付近】
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    地上に出ると、すぐ目の前には、ボリショイ劇場と、カール・マルクスの像が
    あった。 社会主義の生みの父であるカール・マルクスが語った最も有名な言葉は
    『全世界の労働者階級たちよ団結せよ!』で、この言葉は、旧ソ連邦の象徴である
    エンブレムにも、15共和国全ての言語で書かれていた。

    29年前は、モスクワに留学をしていたのだが、それ以来、丸29年ぶりに
    ツムデパートへ。 当時は、ソ連末期であったため、深刻な物不足で、
    ろくな物が売っていなかったのだが、29年の時を経て、三越もビックリの
    超高級デパートへと大変貌を遂げていた。 昔は、マルボロとかグラビア雑誌が
    賄賂の代わりだったのだが、今では、その賄賂も物価上昇により、とんでもない
    値段となっておりますw

    【赤の広場】
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    さて、ここからが、モスクワ観光のハイライト☆ 市の中心部にある赤の広場へと
    入ります♪ ワールドカップ開催期間中のため、荷物の持込が規制され、トランクを
    持っては中に入れなかった。 ロシアの建物は、非常に大きいため、見えてからが
    遠く、基本的に、凄まじく歩くこととなるのだが、ロシア人の主な趣味は『散歩』
    なので、数キロ程度であれば、普通に皆歩いております。

    モスクワ中心部の赤の広場~グム百貨店~レーニン廟~聖ワシリー寺院付近。
    クレムリン宮殿の中にも入る予定であったが、ワールドカップ開催期間中の
    ため、警備が非常に厳しく断念。 クレムリン宮殿は、ロシアの政治の中心地で
    あるばかりではなく、モスクワ観光の目玉でもあります。

    クレムリンへの入り口、スパスカヤ塔(一般人はここからクレムリン内へは
    入れない)とグム百貨店とその内部。 グム百貨店へ入るためには、赤の広場
    手前の検問と、グム百貨店手前にある入り口で再度検問を受けなければなら
    なかった。『グム』とは、『国営百貨店』の意味で、カタカナで表記すると、
    『ゴスダールストヴェンヌィー・ウニヴェルサーリヌィー・マガジン』の
    頭文字を取った省略形。

    【モスクワ市内から空港へ】
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    毎時定時に衛兵交代が行われる、『無名戦士の墓』。 無名戦士の墓とは、歴史を
    通して起きた戦争で戦死し、かつ身元が分からない兵士の遺骨を埋葬、または、
    納めた墓。 遺骨は無く、遺品を納めたり、英霊として葬り、祀る墓もある。
    モスクワの無名戦士の墓は、独ソ戦で亡くなった英霊を祭っており、永遠に消えない
    『炎』が燃えている。 また、このお墓には『君の名は分からないが、君の偉業は
    死なない』と記されている。

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    モスクワから飛行機で約2時間半のロシアの飛び地、カリーニングラードの
    主な観光地と見所。

    【ロシアの母像
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    旧ソ連圏によくある『○○の母』の像。 カリーニングラードでは
    『ロシアの母像』という名前。 1974年に設置されたこの像の場所には、
    かつてはスターリンの石像があった。 2007年には、カリーニングラード州の
    文化遺産に指定された。

    ソビエトの家
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    ドイツ時代のケーニヒスベルグ城があった場所に建てられており、その代わりの
    街のシンボルとして計画されたが、建設中に地盤が緩く、傾き、ヒビが入り、
    使用出来なくなった廃墟。

    ケーニヒスベルク大聖堂
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    レンガ造りのゴシック様式の大聖堂。 1333年から1380年の間に建築。
    1944年8月の第二次世界大戦中イギリス空軍の二夜に渡る空襲で街は
    大きく破壊され、大聖堂もこれによって大きく破壊された。 空襲を
    まぬがれるために100人ほどが聖堂に避難したが多数の死者が出てしまった。

    第二次世界大戦で残った数少ない建物のひとつであり、大戦後にドイツの
    敗北と共に、ドイツ領からソ連領へと移ったカリーニングラードには、
    ドイツ風の建物が多いとされているが、実際は、戦時中にかなり破壊され、
    ドイツ風(ゴシック様式)の建物は実は少ない。 川沿いに残された、
    この一体だけが、唯一、ドイツ風の建物が残っている観光スポット。

    【プレゴリャ川付近】
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    プレゴリャ(独語名プレーゲル)川沿いにある、ドイツ風の建物。 かつては、
    この川の流域には、バルト語派のプルーセン人が住んでおり、ドイツ語の
    川の名であるプレーゲルは、プロシア語で深い場所を意味する『preigillis』から
    来ている。 ドイツ人の東方殖民と、北方十字軍による異教徒の征服が進むと、
    次第にプルーセン人はドイツ人に同化されていった。

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    プレーゲル川河口付近に作られた港湾都市ケーニヒスベルクは、流域の
    プロイセン地方の物資を集散し、バルト海を経由して各地へ輸出する港として
    中世以来繁栄した。 後には、プロイセン公国が建国されプロイセン王国へと
    拡大したが、第二次世界大戦後、ドイツ領だった東プロイセンは、ポーランドと
    ソ連に分割され消滅し、ケーニヒスベルクもカリーニングラードと改称された。

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    【雑 記】
    前々から、iPhoneの調子が悪かったため、カリーニングラードで、iPhoneの
    バッテリーを交換。 15分ほどであっという間に終わった。 特に、外人とも
    思われなかったため、パスポートや、身分証明書の提示も必要なかったw
    交換料金は、中国製のバッテリーが1,400ルーブル、正規品が2,400ルーブル
    だったので、日本の約3分の1以下であった。

    【カリーニングラード・フラブロヴォ空港】
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    カリーニングラード南駅にあるバスターミナルから、フラブロヴォ空港行きの
    空港バスが出ており、約40分程度で空港まで到着出来ます。
    カリーニングラードは、ロシアの飛び地であるため、面積が非常に狭く、
    1時間も車を走らせれば、国外に出てしまう程小さい。

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    FIFAワールドカップの旅の最終目的地は、カリーニングラードではなく、実は、
    更に、カリーニングラード南駅のすぐ隣りにあるバスターミナルから、バスに乗り、
    バルチック艦隊の本拠地、バルチースクでした。 カリーニングラードから
    バルチースクまでは、路線バスでおよそ1時間半。 街に中心部には、昔なつかしの
    レーニン像が建っています。

    バルチースクの駅には、1日に2本しか列車がやって来ない。 当初、
    カリーニングラード南駅から、ちょうど良さそうな列車を見つけたため、
    窓口で切符を買おうとしたところ、曜日によって運行する日が異なるため、
    この日は運行していないことが判明。 仕方なく、バスでの移動となった。

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    バルト海の向こうは、スウェーデンとフィンランド。 南側約20キロは、
    もうポーランドという、ロシアの最西端の地です。 運河の向こう側の
    ポーランド側に渡るためには、橋がないため、船で渡るしかない。

    バルチースクにある星型をした海軍基地は、上から見ないと分からないため、
    単なる堀のような感じであった。 施設中に入れるのかと思いきや、軍事施設の
    ため、無理。 この中に軍艦が停泊しているものと思われるのだが、横須賀の
    ような街をイメージしていたところ、思っていたよりも、軍艦の数は少なめ。

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    バルチースクからの帰りは、乗り合いタクシー(ロシア語では「マルシルートカ」)
    で移動。 その後、カリーニングラード市内で、本場のロシア料理を食べた。
    日本のロシアレストランは、戦後の引揚者らが始めた見よう見まねの料理で
    あるため、本物のロシア料理とは違うことが多々ある。 日本におけるロシアの
    情報は、ウソだらけなので、気を付けないと騙されます。

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    モスクワ発ビリニュス経由の特急琥珀号でロシアの飛び地カリーニングラードへ。
    ロシアの列車の全車両には、必ず、お茶のセットが付いており、1両づつそれぞれ
    担当の車掌が付くシステム。 ヴィリニュスから1時間半程度でロシアとの国境へと
    到着した。

    リトアニアの国境駅であるキバルタイ駅での出国手続きは、何故か30分程度も
    掛かり、その後、ゆっくりとロシア側へと移動し、国境駅である
    チェルヌィシェフスコエ駅で再度ロシアへの入国手続きが行われたが、ロシアでの
    入国手続きは15分程度と比較的スムーズに行われた。 国境から20分程度で、
    州都のカリーニングラードへと到着した。

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    この日のカリーニングラード市内は、ベルギーVSイングランドの試合の日だけ
    あって、市内の至る所で渋滞だらけ。 ロシアでは値段交渉制が当たり前の
    タクシーも、料金がバラバラ過ぎて相場がつかめず。 ロシアは、『搾り取れる
    ところから搾れるだけ搾り取る』というシステムの国であるため、この日だけは
    仕方ないと諦め、通常200ルーブルぐらいだろうなと思っていたところに、
    1000ルーブルとか言われ、多少ビックリしたものの、渋滞だらけで車が進まない
    からこんな値段なんだと言われて諦めた。 その後、アプリで呼ぶYandex
    タクシーの方が安いことが判明したものの、こちらは渋滞のため、全く捕まらず。

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    カリーニングラード・バルチカスタジアムへは、試合開始3時間前に到着したため、
    ほぼ一番乗りに近い4番目での入場となったものの、何故かWiFiの持込が禁止されて
    おり、コインロッカーへ預けることとなった。 場内にある無料WiFiもロシアの
    電話番号を持っていないと利用登録が出来ないため、全く使えないという、
    矛盾をはらんでいた。

    スタジアム入場後、まずは、公式グッズを購入し、腹ごしらえをした。 会場内は、
    公式グッズ以外の販売はないため、何もかもが高い。 肝心の席は、ゴールの
    目の前で、第2期の販売開始時刻と共に購入したため、かなり良い席を確保出来た。

    試合は、ベルギーVSイングランドのため、予選大会なのに関わらず、ベルギー
    チームの大応援団が駆けつけていた。 ベルギーは、オランダ語圏とフランス語圏に
    パックリと2分されているが、何故か、オランダ語圏からの応援団が非常に多く、
    フランス語は余り聞こえて来なかった。

    試合は、2対1でベルギーの勝利だったのだが、混雑を避けるため、試合終了30分前
    には、スタジアムを後にしたため、無料のシャトルバスを使って、かなりスムーズに
    カリーニングラード北駅(カリーニングラードのメインは南駅)までたどり着く事が
    出来た。 カリーニングラードは、元々は、プロイセン建国の地であるため、一部の
    建物がドイツ風なのだが、戦争時に、かなり多くの建物が破壊され、その後再建
    された建物が多いため、そこまで、ドイツ風という感じは受けなかった。

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    カリーニングラードには、南駅と北駅があるのだが、南駅がメインの駅。
    ワールドカップ開催期間中は、至る所で手荷物チェックが行われていた。
    南駅構内にあるのは、巨大なコップホルダー(ロシア語では「ポドスタカンチク」)
    で、ロシアの列車には、必ず、サモワールとこのコップホルダーが常備されており、
    いつでも、熱いお茶を飲むことが出来る。

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    ノボシビルスク・トルマチョーヴォ空港からモスクワ・ドモデドヴォ空港へと
    移動。 約4時間半のフライト時間で、ノボシビルスクとモスクワの時差は3時間。
    ドモデドヴォ空港は、モスクワに6つある空港の中でも最大規模の空港で、
    日本からは、JALで飛んだ場合のみ、このドモデドヴォ空港に到着する。

    モスクワ・ドモデドヴォ空港からは、30分間隔で運転されているアエロエクス
    プレスに乗った。 モスクワ中心部から3つの空港に向けて、このアエロ
    エクスプレスが運行されているのだが、ドモデドヴォ空港は、そのうちの一路線。
    空港から地下鉄のパヴァレツカヤ駅までは、約45分の旅で、料金は500ルーブル
    (約1,000円)。 エクスプレスと言う割には、運行速度が50キロ前後と妙に
    遅いため、もっとまともな速度で走れば、パヴァレツカヤ駅までは、恐らく
    20分弱で到着すると思う。 全車両2階建てなので、さほど混まずにゆっくりと
    旅が出来るので、お勧め。 逆に、モスクワのタクシーは、交渉性の挙句の果てに、
    極端に高いため、公共交通以外は余りお勧め出来ない。

    ノボシビルスク出発が、案の定40分弱遅れたため、モスクワ観光を全てタクシー
    からの車窓のみにして、そのままタクシーで、シェレメーチェヴォ空港へと
    向かった。 運転手のおじさんが親切なタタール人だったので、パヴァレツカヤ
    駅からルジニキ・スタジアム、モスクワ大学を経由して、シェレメーチェヴォ
    空港まで1,800ルーブル(約3,600円)で行ってくれた。 ロシアのタクシーは、
    基本的に交渉性なので、アプリでタクシーを呼ぶヤンデックス・タクシーの方が、
    先に料金を表示しているため、騙されずに済むと思います。

    【モスクワ・ドモデドヴォ空港】
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    モスクワ・シェレメチェヴォ空港からベラルーシのミンスクへと飛び立ちます。
    ロシアとベラルーシは、関税協定を結んでいるため、実は、『国内』扱いなのだが、
    航空機の出発は『国際』扱いのため、シェレメチェヴォ空港Dターミナルからの
    出発となった。 但し、シェレメチェヴォ空港Dターミナルでは良くある、
    ターミナルを離れてからバスで延々と走って、旧シェレメチェヴォ第1空港
    (国内線用)の方の滑走路から飛び立つというパターンであった。

    前回、このシェレメチェヴォ空港からタタールスタンのニジネカムスクへ飛び
    立った際も同じで、ターミナルからバスで15分以上も延々と走って飛行機に
    たどり着くという意味不明な搭乗方法となっているため、この暗黙のルールを
    知らないと、不安を煽られるというシェレメチェヴォあるあるであった。
    元々、シェレメチェヴォ第1空港の方は国内専用で、シェレメチェヴォ第2空港の
    方が国際ターミナルだった2つの空港が合併して、現在のシェレメチェヴォ空港
    ターミナルDEFとかになっているため、この歴史を知らないと、とんでもない
    目にあうのであった。

    【モスクワ・シェレメーチェヴォ駅】
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    ロシアからベラルーシに向かう際には、必ずビザが必要となるものの、あくまでも
    国内の扱いのため、シェレメチェヴォ空港では一旦出国手続きをするものの、
    ベラルーシのミンスク空港では、一切何もないという意味不明なフライトとなって
    いる。 ロシア出国時に、ロシアの出入国カードを誤って取られてしまうと、
    ベラルーシを出国する際に、死ぬほど困るという、嫌がらせのようなシステムを
    かいくぐって旅をしておりますw しかも、ワールドカップ開催期間中は、72時間
    以内に住所登録を内務省に出さなければならないため、ここで一旦ロシアを
    出国して、時間を稼ぎました。 尚、ここから先は、アエロフロート・ロシア
    国際航空で飛びます。

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    ノボシビルスク郊外には、世界最大規模の学術研究都市アカデムゴロドクが
    ある。 ノボシビルスク市中心部からアカデムゴロドクへの行き方は、大きく
    2通りあるのだが、どちらの行き方も、「行き先」なる便利なものは記載されて
    いないため、運転手か周りの人達にロシア語で行き先を尋ねるしかない。

    第1の方法は、ノボシビルスク中央駅から8番の路線バスに乗って、終点まで
    行く方法。 第2の方法は、地下鉄のレチノイ・ヴォグザール駅から35番の
    乗り合いタクシー『マルシルートカ』に乗って終点まで行く方法。 どちらも
    終点の停留所は同じで、このバス停がノボシビルスク国立大学への最寄のバス停。
    今回は、35番の乗り合いタクシーで行った(この方法が最も一般的)ため、
    地下鉄レチノイ・ヴォグザール駅で乗り換えをした。 料金は、地下鉄が
    どこまで乗っても20ルーブル(約40円)と乗り合いタクシーが途中の
    セーヤチェリまでが40ルーブル(約80円)、終点のツヴェトノイ・リャート
    までが45ルーブル(約90)であった。

    【アカデムゴロドクへの行き方
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    ロシアの地下鉄は、ソ連時代までは、25コカペイカコインをそのまま自動改札口に
    入れるタイプだったのだが、その後のハイパーインフレの時代を経て、トークン
    (ロシア語ではジェトンと言う)を使用するようになった。 これは、中国も
    同じで、モスクワの地下鉄では、カード式になったが、以前は、モスクワでも
    このトークンを使用してハイパーインフレに対応していた。

    レチノイ・ヴォグザール駅での乗り換えは意外と複雑で、反対方向の出口に出て
    しまったため、バス乗り場まで3回ほど通りを歩いている人達にバス乗り場を尋ねた
    のだが、皆嫌な顔ひとつせずに、親切に道を教えてくれた。 25年前は、
    このルートを毎週通っていたものの、何せ25年ぶりなので、懐かしいを通し越して、
    何も思い出せない状態であったw

    地下鉄レチノイ・ヴォグザール駅から、乗り合いタクシーで約1時間ほどで、
    アカデムゴロドクのツヴェトノイ・リャートに到着。 そこから、白樺林を
    10分ほど歩くと、ロシア国立ノボシビルスク大学の校舎が見えて来ます。
    私が学んでいた時代は、新校舎はまだなく、旧校舎のみでしたが、すぐ隣りに
    大規模な新校舎が建設されており、度肝を抜かれました。 尚、ノボシビルスク
    大学のレベルは、ロシア国内では、モスクワ大学に次いで第2位、サンクト・
    ペテルブルグ大学よりもレベルが上とされているため、私の学歴は、あの
    プーチン氏を上回っていることになりますw 尚、ノボシビルスク大学には
    人文学部があり、ここに日本語専門コースもあるため、極々稀に日本語で話し
    掛けられる事もあります。

    【国立ノボシビルスク大学
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    ノボシビルスク大学は、理工系が強い理系の大学であるため、現在は、日本の
    東北大学の姉妹校となっている。 世界で初めての学術研究都市となっており、
    日本の筑波の見本となったアカデムゴロドクは、その名の通り、ロシアの頭脳と
    呼ばれており、様々な研究機関が集まった、世界最高峰の研究都市となっている。

    アカデムゴロドクで唯一のメインストリートにあるショッピングセンター
    (ロシア語ではテー・ツェーと言う)。 25年前は、本当に何も物が売って
    いなかったのだが、今では、商品であふれかえっていた。 ノボシビルスクは、
    ロシアの中でも、最も外国から遠い場所にあるため、国内で物を生産せずに、
    ほぼ全てを中国からの輸入に頼っているロシアでは、外国から遠い事は、
    当然ながら、物不足を意味していた。

    2000年過ぎ頃までは、ロシア・ルーブルは、完全に国外には持ち出し禁止の
    時代で、ルーブルが国外に自由に持ち出せるようになったのは、2000年以降
    となっている。 それ以前は、ロシア出国時に税関で財布を開けさせられて、
    残ったルーブルは全て没収、その後、コインだけは見逃されるようになった。

    【アカデムゴロドク
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    ノボシビルスクでは、よくミルクカクテルなる飲み物を飲むのだが、道端に
    あった美人のおねえさん(後姿だけで残念w)が働いているお店で、
    ミルクカクテル(しかもカップが巨大)を作ってもらった。 その後、
    そのおねえさんに食堂がある場所を教えてもらい、午前9時(日本時間午後12時)
    にちょっと遅めの朝食を取る事にした。

    ロシアで主に食べられているのは、じゃがいものピュレー、ソーセージ、
    ブリヌィ等で、この日は、ボルシチが品切れだっため、キャベツスープを
    頂いた。 アカデムゴロドクは、その昔、ノボシビルスクとは別都市とされて
    いたのだが、今では、ノボシビルスク市内のソヴィエツキー地区に分類されて
    いる模様。

    学術研究都市のアカデムゴロドクにあるのは、大学と研究機関のみであるため、
    ここを訪れる外国人はまずいない。 ノボシビルスク大学は、学生以外は一切
    中には入れないのだが、係員と交渉して、強引にトイレだけ借りて、校内へと
    入ってやったw

    アカデムゴロドクの始発停留所であるツヴェトノイ・リャートから1時間掛けて、
    ノボシビルスクへと戻らなければならないのだが、「行き先」は書いておらず、
    「35」としか書いていないため、ロシア語を喋れないと、ほぼ確実にアカデムには
    行けない事となるw

    【お勧めの一冊】


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    時代は移り変わり、様々な品物でごった返すノボシビルスク。 25年が経過しても、
    街の要所部分は変わってはおらず。 当時から地下鉄はありましたが、3駅ぐらい
    しか延伸していなかった。ロシアの地下鉄は、『M』のマークが入り口の印。
    『メトロポリテン』の省略形である『メトロ』がロシア語では地下鉄という意味。
    よって、語尾が『o』で終わっていても、男性名詞。 地下鉄の入り口のドアは、
    どこも非常に重いのが特徴。 手を離すと、凄まじい勢いで後ろの人に
    ぶつかるので、次の人が来るまでドアを持っていてあげるのがロシアでの慣わし。

    基本的に、ロシア人の趣味は散歩なので、皆1日で数キロ程度であれば、平気で
    歩きます。 ノボシビルスクの数少ない観光名所は、全てこの通り沿いにあるため、
    この日は頑張って、かなり歩いた。

    ノボシビルスク
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    ノボシビルスク大学留学中は、学業が忙し過ぎて全く時間がなかったため、
    一度も観光というものをしたことがなかったのだが、今回は余裕があるので、
    ノボシビルスクで見るべきスポットを全て周って見た・・・と言っても、
    ノボシビルスクで見るべき物は、全て赤の大通りにあるため、全て歩いて見て回る
    ことが出来る。

    まず、1つ目は、ロシア国立ノボシビルスク・オペラ・バレエ劇場。 今回は時間の
    都合でバレエを見ることが出来なかったが、その昔、バレエのプロデューサーを
    していた時に、遥々ロシアから呼び寄せたのが、このノボシビルスクバレエ団。
    劇場の規模は北半球一で、南半球のどこかに更に大きな劇場がある模様。

    2つ目は聖ニコラス礼拝堂、3つ目は建築家クラチコフの記念碑、4つ目は、
    アレクサンドル・ネフスキー大聖堂、5つ目は、革命英雄記念碑。 革命英雄
    記念碑は、大昔に習ったロシア語の教科書に載っていたため、どうしても行きたい
    場所であった。

    ノボシビルスク
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    ノボシビルスクに到着した日は、たまたま、ノボシビルスク生誕125周年際の日で
    あったが、白夜により、夜11時まで日が全く沈まなかったため、夜の11時から
    花火が打ち上げられた。 いつまで経っても日が沈まないため、お子ちゃまも
    夜中なのに、普通に通りを歩いていました。 この晩は、近所のカフェでロシア
    料理を堪能したのだが、何故かデジカメで撮影するのを忘れたため、ロシア料理を
    見たいお方は、Google Photoをご覧くだされ。

    【お勧めの一冊


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    無事成田空港を飛び立ち、6時間30分程度で「シベリアの首都」ノボシビルスクに
    到着しました。 シベリア鉄道だとハバロフスクから丸4日も掛かる行程も
    飛行機を使えばあっという間。 眼下に流れているのは、世界第5位の流域面積を
    誇るオビ川。 ノボシビルスクは、このオビ川に橋を建設するために建設された
    街で、125年前の建設当時の名前はノボニコラエフスク。 

    【ノボシビルスク】
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    ノボシビルスクは、シベリア最大の都市であるばかりではなく、ロシア科学
    アカデミー他の研究機関が集積する学術研究都市としても有名で、日本の筑波は
    このノボシビルスクを手本として造られた街です。 世界で最も最初期に建設
    された学術研究都市は、このノボシビルスクと筑波とボストンらしいのだが、
    その3つ共行ったことがある人間は、なかなかいないかも知れない。

    25年前にノボシビルスク大学に留学をしていた際にも、ノボシビルスクに
    国際空港が建設されるという話があったものの、このトルマチョーヴォ空港
    ではなく、街の北部にある飛行場を拡張計画であった。 トルマチョーヴォ空港は
    大昔からあり、設備は古かったものの、新しくターミナルビルを建設して、新しく
    なっていた。 空港のあるトルマチョーヴォ村からノボシビルスク中央駅
    (スラブ語では何故か「重要駅」と言う)までは、乗り合いタクシーの
    「マルシルートカ」で約60分掛かる。

    ノボシビルスク
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    ロシア第3の都市であるノボシビルスクは、日本の札幌と姉妹都市となっており、
    1990年から交流が始まった。 最終的にノボシビルスク大学に入学する
    切っ掛けとなったのは、1992年に札幌で開催された「コミュニケーション
    ワールド'92北海道2000」という博覧会にノボシビルスクにあるロシア科学
    アカデミー考古学研究所の学術研究員が参加し、トロゴンテリー像の展示を
    行った際に、学生通訳としてアルバイトをしたため、ロシア科学アカデミーの
    副所長にノボシビルスク大学に入りたいと直接交渉したためであった。

    ノボシビルスクに到着した2018年6月25日(日)は、ノボシビルスク建設
    125周年の記念日だった。 この街に住んでいたのは、ちょうど25年前なので、
    その時にもノボシビルスク100周年と言っていたのを思い出した。 この日は、
    街の中心部はお祭り一色で、メインストリートである「赤の大通り」は車両を
    全て封鎖して歩行者天国になっていた。 その歩行者天国では、あちらこちらで
    ライブが開催されており、街全体がお祭り騒ぎだった。

    尚、ロシアでは、ストリートミュージシャンと言えども、音楽学校、あるいは、
    音楽大学(コンセルヴァトワール)を卒業しない限りなれないため、歌の下手な
    歌手、顔の酷い歌手は存在しないw 因みに、ロシアでは、大学の専門以外で
    就職することはまずなく、職種を変えたい場合は、大学に再度入学し直さなければ
    ならない。

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    ノボシビルスクの中心部には、中央市場があるのだが、その真向かいに、巨大な
    ショッピングモールが出来ていた(;^_^A 25年前のノボシビルスクは、ソ連崩壊
    直後のハイパーインフレの真っ最中であったため、この中央市場ですら、まともな
    レベルでは物が売っていない時代であった。 ハイパーインフレとは、どのような
    ものかと言うと、物価の上昇に対して、貨幣の供給が追いつかないため、朝見た
    値段と夕方の値段とが異り、欲しい物が目の前にあった場合、全て買い漁らなければ
    ならないというレベル。

    当時は、2カ月おきに物価が2倍になっており、ソ連崩壊から見て、最終的に物の
    値段が2万倍(2万円が1円の価値になったのと同じ)になった1997年にゼロを4つ
    切り捨てるデノミ政策を行ったのであった。 尚、2ヶ月ごとに物価が2倍に
    なるとは、1年間で物価が32倍になるという意味で、ロシアルーブルはこの時代、
    1日で20ルーブルづつ米ドルに対して下落していた。 1989年当時のソ連
    ルーブルは、1ルーブル約350円だったのだが、今では、1円が約1.7ルーブル
    となっている。 1993年当時のロシアの平均給与は約3,000~6,000円程度
    しかなく、CD1枚が3,500円もした時代であったが、今では、そのCDですら、
    殆んど見せには並ばない時代になった。

    ノボシビルスク大学に在学中は、シベリア猫を飼っていたのだが、この
    ノボシビルスクのどこを探しても、キャットフードなどという物は1つたりとも
    売っていなかったのと、アカデムゴロドク自体に食べ物が全く売っていなかった
    ため、週に1度、バスと地下鉄を乗り継いで、丸1時間掛けて中央市場まで
    食料品の買出しに来ていたという時代であった。

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    2018年にロシアで開催されるFIFAワールドカップを見に行くことにした。
    特にサッカーに興味がある訳ではないが、ロシアで開催されるという部分に
    魅かれた。 この話は、2017年12月から準備しており、まず1月に航空券の
    値段を調べたところ、モスクワまで直行で行くよりも、6月から就航する
    S7航空のノボシビルスク&イルクーツク経由の方が安いことが判明。

    【成田空港】
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    最終目的地であるカリーニングラードまでの往復チケットを自分で購入すると、
    モスクワからは片道4万円強も掛かることが分かったため、10,800の手数料を
    支払ってでも、HISで航空券を購入した方が最終的には安くなることが分かった。
    2月の時点で、まだ就航していないS7航空のノボシビルスク&イルクーツク便に
    予約を入れたため、成田⇔モスクワ間は何ら問題がなかったものの、問題は、
    モスクワ→ミンスクとカリーニングラード→モスクワ便だった。

    共に到着時間が午後11時30分であったため、どちらも到着後に色々と問題が
    発生した。 ロシアの飛行機は、奇跡が起こらない限り、絶対に時間通りには
    出発しないのだが、この日のフライトも予想通り1時間半の遅れを持って
    ノボシビルスクへと飛び立った。 機材が到着したのも1時間20分遅れだったため、
    1時間30分の遅れだけで済んだのは、ロシアのプロ意識が成せる技w 日本の
    場合は、1時間以上も遅れると乗客がブーブー文句を言い出すのだが、ロシアの
    場合は、1時間以上遅れるのが当たり前なので、誰も文句は言っていなかった。

    【ノボシビルスク】
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    尚、S7航空がノボシビルスクへの直行便を就航させたのが6月2日からが初めてで、
    それまで、ノボシビルスクへ行く場合は、韓国のソウルを経由して行くのが
    一般的であった。 私の時代は、ハバロフスクを経由して行くのが一般的だった
    のだが、25年前のロシアは、ソ連崩壊直後であったため、経済危機のど真ん中で、
    全ての航空機が燃料不足のため、飛んでおらず、ハバロフスクからノボシビルスク
    までシベリア鉄道で丸4日掛けて行った。

    当時のロシアでは入国72時間ルールというものが存在しており、今回の
    ワールドカップで再び復活したこのルールは、色々と問題を引き起こす原因
    となった。 因みに、ロシアは何もかもが言った物勝ち、やった者勝ちなので、
    一々このルールを真剣に考えると頭に来るため、適当にやり過ごして、見つかった
    際には、それなりの「言い訳」を述べてやるのがロシア式の対処方法。

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