横浜通詞 ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

記事カテゴリーに CIS独立国家共同体(旧ソ連邦) 他を追加しました♪
    横浜通詞】横浜、大阪、仙台にある多言語翻訳会社
    多言語を専門とした翻訳会社を運営しています。 日本語⇔英語の他にも、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、オランダ語、中国語、韓国語他、世界80言語以上に対応しています。 お気軽にお問い合わせください。

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    カテゴリ: 共産趣味

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    マトリョーシカ(ロシア語: Матрёшка)は、入れ子式のロシアの民芸品。
    人形の胸部を2分割すると、その中から、多重式の入れ子人形が次々と現れ、
    様々な表情を楽しむことが出来るため、日本でも近々人気が高まっている。

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    ロシア人女性の名前である、『マトリョーナ』の愛称系が『マトリョーシカ』となって
    いる。 基本的なデザインは、スカーフを巻いた農村の女性がモチーフとなって
    おり、近年では、形にとらわれない様々な奇抜なデザインのマトリョーシカが
    続々と登場している。

    日本では、現在『こけし』が静かなブームとなっているが、その『こけし』と
    『マトリョーシカ』を組み合わせた、『コケーシカ』や、『マトコケシ』なる珍商品も
    出現している。

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    マトリョーシカは、1900年のパリ万国博覧会で銅メダルを受賞したのを機会に、
    ロシア帝国各地で様々なマトリョーシカが作られるようになり、ロシアの民芸品、
    みやげ物として定着したものだが、そのルーツとなるものには、いくつかの説が
    挙げられており、定かではない。 但し、その全てが日本にまつわるものである
    ため、日本がルーツであることは間違いないようだ。

    ①1890年代半ば、モスクワ郊外に住むS. I. マーモントフ夫人と画家S. V.
    マリューチンとザゴルスクのろくろ師V. ズビョズドチキンによって、モスクワの工房
    『子供の教育』で制作されたという説。

    ②19世紀末、箱根にあった正教会の避暑館にやって来たロシア人修道士が、本国への
    土産に持ち帰った箱根細工の入れ子人形(こけし・だるま・七福神)がマトリョーシカの
    元となったと言われている説。

    ③日露戦争で、愛媛県松山捕虜収容所のロシア兵が愛媛県の郷土玩具の一つ、
    姫だるまをまねて作ったという説。

    しかし、日露戦争は1904年から1905年の出来事であるため、③の説は1900年に
    パリ万博でマトリョーシカが銅メダルを獲得している事実と明らかに矛盾するため、
    この説は信憑性が薄い。

    この他にも、国営工場があったニジニ・ノヴゴロド州のセミョーノフ市を発祥地とする
    説もある。

    マトリョーシカの第一号が飾られているセルギエフ・ポサード(旧・ザゴルスク)の
    博物館には『日本から教わった』という縁起が記されており、その隣には、
    マトリョーシカのモデルとなったとされている箱根七福神の入れ子人形が展示
    されている。

    【お勧めの一冊】


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    ロシアのクリスマスは、日本やヨーロッパよりも約2週間遅れでやって来る。 これは
    ロシア正教の暦によるもので、西洋諸国ではグレゴリオ暦を使っているため、12月25日に
    クリスマスを祝うが、ロシア正教では、ユリウス暦という古い暦を使っているため、1月7日が
    クリスマスとなっている。

    12月25日は、あくまでもカトリックのクリスマスであるため、ロシアでは、この日は特に
    特別な食事や特別なパーティは開かれないことが多い。 そもそも、ロシアでは、一般的に
    クリスマスを盛大に祝うという風習がない。 熱心な信者は教会へ行き、ミサに参加する。
    そして、大多数の一般人は、ほとんど何もしない。 世界中がお祭りムードで盛り上がる
    12月25日のクリスマスもロシア正教とは関係がないため、一般のロシア人は、実は、
    ほとんど何もしない。
     
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    しかし、大晦日から元旦に掛けての年明けの瞬間は、ロシア中がお祝いムードに一色に
    包まれます。 そこで登場するのがёлка(ヨールカ)と呼ばれるクリスマスツリーと
    Дед Мороз(ジェット・マロース)と呼ばれるサンタクロースのようなマロース爺さんとその
    孫娘のスネグーラチカ(雪娘)です。

    1700年頃、ピョートル大帝がロシアのヨーロッパ化を推し進めると同時に、このヨールカの
    原型であるクリスマスツリーがドイツからロシアに入って来ました。 ドイツでは、キリスト教
    以前からモミの木を飾る風習がありましたが、当時のロシアでは、モミの木は『死の象徴』と
    されていたため、人々は家の中にモミの木を持ち込もうとしませんでした。 それから
    100年以上経った1852年に、モミの木は初めて、サンクト・ペテルブルグのエカテリーナ駅
    (現モスクワ駅)構内で飾られる事となりましたが、これがヨールカの始まりとなりました。
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    ジェット・マロースは、 Дед(ジェット)がお爺さん、 Мороз(マロースは)厳寒、極寒という
    意味。 元々は冬の神様、冬の精のような存在だったものが、19世紀後半になって、
    ロシアでもサンタクロースのような存在を導入する動きが高まり、サンタクロースとジェット・
    マロースが結び付けられました。 しかし、ソビエト時代に入り、宗教弾圧によって、
    ジェット・マロースも一旦姿を消します。
     
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    1935年、ソビエト政府は、子供達のために新年を祝う計画を発表をし、1937年には、
    ソビエト政府の公認により、ジェット・マロースが孫娘のスネグーラチカを連れて登場
    しました。 スネグーラチカは、ロシア民話に登場する雪で作られた女の子で、19世紀
    末から20世紀初頭に掛けて、子供たちが新年に演じる芝居の中で度々登場する
    ようになり、ヨールカに人形が飾られるようになりました。 それ以来、ジェット・マロースと
    スネグーラチカは、ロシアの新年のシンボルとなりました。

        【ジェット・マロースが登場する物語の一例】
    継母に虐げられる娘がいた。継母は連れ子を溺愛するあまり娘を家から冬の野に
    追い出してしまった。 悲嘆する娘の前にジェド・マロースが現れ冷たい風を吹き
    付ける。 ジェド・マロースは娘に『暖かいか』と問い、娘は『暖かい』と答える。
    問答を何度か続けた後ジェド・マロースは毛布や食料を与えた上で娘を生かす。

    生還した娘を見て継母は連れ子にも同じ幸運を受けさせるべく連れ子を外に放つ。
    先と同様ジェド・マロースが現れるが、性格の悪い連れ子は『寒い』と一点張り。
    連れ子は凍死する。





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    ロシア連邦の首都であるモスクワは、ロシアのみならず、ヨーロッパ最大の都市
    でもある。 人口は、約1,000万人となっており、東京、ニューヨーク他と並ぶ、巨大
    メガロポリスと
    なっている。

    世界で最も美しいと言われているモスクワの地下鉄は、アメリカから核ミサイルが
    飛んで来た際には、
    核シェルターにもなる非常施設であるため、全て地中の深い
    場所を通っている。 モスクワの
    地名の由来は、モスクワ川の河岸にあるため、
    都市の名前もモスクワとなった。



    現在のロシア、ウクライナ、ベラルーシは、元々は同じひとつの国で、ルーシ時代の首都
    である
    キエフが、モンゴル・タタール軍に攻め滅ぼされたため、その中心地は、北方に
    あるモスクワ公国へと
    移った。 キエフがあるウクライナは、その後、数百年間にも及ぶ
    ポーランド支配から脱した際に、
    同じ正教の国であるモスクワが吸収したため、国の
    名前は、『ルーシ国』という意味のロシアに
    なったもの。



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    『ルーシ』とは、古代バイキングの言葉であるノルマン語で『櫂』という意味。
    ヨーロッパでは、
    形容詞+ ia で終わる国名が多いのだが、その理由は、この『ia』が、
    ラテン語では『国』という
    意味であるため。

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    ソ連崩壊を決定的にしたのは、ソ連邦を構成していた15共和国中最大の国、ロシアが
    主権宣言を行ったためで、ゴルバチョフ氏がそれまで推し進めていた情報公開によって、
    一気に西側の情報が国内に溢れてしまったため、その急激な流れに歯止めが効かなく
    なった。 ゴルバチョフ氏の当初の考えでは、ソ連を崩壊に導くつもりは、毛頭なかったと
    思うが、民主化の流れは、怒涛のごとく押し寄せて、一気にソ連を飲み込んだ。

    それまでのソ連では、買い物をするのにも、スーパーマーケット方式の店が全くなかった
    ため、一々レジに3回並ばなければならず、ソ連末期の時代には、食料を手に入れる
    ためのクーポン券がなければ、販売すらしては貰えなかった。 外貨ショップの
    べリョースカが、外国人にとっては、食料を自給自足するための「ダーチャ」の代わりで
    あったのは、つい25年ほど前の話。 マルボロやグラビア雑誌の切り抜きが、賄賂と
    してまかり通ったのも、この時代。 元々、ソ連では、都合の悪い事は、存在しない事に
    なっていたため、法整備すらまともにはされてはいなかった。 何もかもウソで塗り
    固めていたが、それでも、一般市民は、それがウソだと分かっていたため、最終的には、
    ソ連が崩壊したと言うよりも、ウソの世界が崩壊したと言った方が分かりやすい。



    ロシア、ウクライナ、白ロシア(現在の名前はベラルーシ)の東スラブ3国は、ソ連から
    独立し、スラブ連合を樹立するとエリツィン氏が宣言し、残りの各共和国も、バルト3国と
    グルジアを除き、それに追随して、新たに緩やかな国家連合である、『独立国家共同体』を
    形成したため、ソ連はその歴史に幕を降ろした。 ソ連の崩壊は、実質、このスラブ3国
    だけで決定した。 他の旧ソ連邦の国々は、ほぼゼロからのスタートだったのだが、
    ロシアだけは、旧ソ連邦の負の遺産のほぼ全てをそのまま引き継いだため、天文学的な
    大赤字を背負ってのソ連からの独立であった。

    その後、ソ連の崩壊と共に、ロシアは、地獄の底まで落ちたが、余りの赤字額の多さの
    ため、一生掛けても絶対にその赤字を返済出来ないとまで言われたが、オイルマネーの
    波に乗り、その後に彗星のごとく現れた、プーチン氏一代だけで、全ての天文学的な
    赤字を解消した。 その後、何度も通貨危機、テロ等にも見舞われたロシアだが、2000年
    以降からは、経済的にも安定し、かなりの経済成長を遂げていたため、25年前のロシアと
    現在のロシアとでは、全く別の国。

    この25年間で、最も変貌を遂げた国は、間違いなく、ロシア。 24年前までの正式名称は、
    『ロシア・ソヴィエト社会主義共和国連邦』で、通称『エル・エス・エフ・エス・エル』と呼ばれ
    ていた。

     

    ウクライナは、ロシア人にとっては、最も信用出来る自分たちのパートナーであった筈が、
    ウクラインが漁夫の利を得てソ連から独立を果たしてからは、何かにつけて、対立した。
    白ロシアは、ソ連から独立をした際に、国名をベラルーシに改めた。 カザフ共和国、
    キルギス共和国等々も、共和国の部分をチュルク語で「国」を表す『スタン』に改めた。
    何もかもソ連、または、ロシアのせいに出来る他の共和国とは異なり、ロシアの場合は、
    例え、失敗をしたとしても、隣国のせいには出来ないため、旧ソ連邦の中では、やはり、
    自分たちが一番でありたいというプライドがある。

    最近の自称ロシア研究家を見ていて、非常に疑問に感じるのは、ロシアと共に地獄の
    底を見てはおらず、単に英語の文章を日本語へと直訳しては、そのまま世に垂れ流して
    いるため、ロシアへの風当たりが強い。 25年前も今も、ロシアに対する偏見がなくなら
    ないのは同じだが、ロシアでは、ロシア語で喋らない限り、まともには相手にされない
    ため、せいぜいお客さん程度の扱いで終わってしまったか、または、お互いに片言
    同士の英語で喋ってしまったため、本当のロシアの姿が見えずに終わったのではと
    感じる。

     

    ロシア国内には、約180の民族、約100の言語が存在し、人の考え方も多種多様である
    ため、一概には言えないが、元々、ロシア人は、非常に親切な人が多いため、逆に親切に
    して貰えなかったとするならば、その人のロシア人に対する接し方が間違っていたので
    あろう。 ロシアに行って、100%良い思い出だけがある訳ではないが、それでも、嫌な目に
    あった数よりも、親切にして貰った数の方が遥かに多いため、ロシアは、好き嫌いという
    以前に、自分の一部。 88年頃に、当時共産党第一書記長であった、エリツィン氏が根室を
    訪れて、『北方領土は日本の領土である』と言ったのを覚えている人は、今の日本には
    どれぐらい居るのか。。 25年前は、ロシア語ではなく、ソ連語と良く言われた。 何で
    ソ連語なんか勉強しているのですか?とも言われたが、それは、もう遠い遠い過去の
    お話し。

    現在のロシアの国歌は、旧ソ連の国家とは、歌詞が違うだけだが、それは、ロシアが、
    ソ連の継承国である証。 25年前は、ソ連を批判する事すら許されなかったが、今では
    自由に批判出来る。 昔のソ連のビザは、訪問都市を全て記載しなければならず、
    それ以外の都市へ行く事は許されなかったが、今では、それもなくなった。 10年ちょっと
    前までは、ロシアの通貨であるルーブルの国外への持ち出しは一切出来なかったが、
    今では、都内の銀行でも気軽にルーブルへ換金する事が出来る。 ロシアを見ていると、
    時代は代わったのだと、つくづく感じる。

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    これは、日ソ学院、現在の東京ロシア語学院の入学時に提出されられた作文のテーマ。 
    かれこれ25年以上も前の話であるため、当時は当然、ロシアではなく、ソ連であった。
    実は私は、この日ソ学院の最後の卒業生。 日ソ学院3年在学時に、ソ連が崩壊したため、
    卒業と同時に、学院の名前が『東京ロシア語学院』へと変更となった。 よって、
    『日ソ学院』と言う名称の学校は、ソ連と共にこの世からは消え去った。
     


    日本で、ロシア語を学んでいると、『どうして、ロシア語を始めたのですか?』という
    質問を頻繁にされるが、私の場合は、元々、ソ連ではなく、崩壊した旧ユーゴスラビアに
    興味があったため、ロシア語を始めたのだが、それはかれこれ32年も前のお話し。
    その当時に、何か起きたのか、覚えている人は、もう少ないのかも知れないが、84年は、
    サラエボオリンピックと、ロサンザルスオリンピックが開催された年。 その当時は、
    『冷戦』の真っ只中で、政治的にも東西陣営に真っ向対立しており、それが、そのまま
    スポーツの世界にも反映されていた。 その年に旧ユーゴで開催された、サラエボ
    オリンピックは、つつがなく終了したものの、その直後に開催された、ロサンゼルス
    オリンピックでは、東陣営の国々が多数ボイコットした大会となった。

    1980年に開催されたモスクワオリンピックでは、その前年に起きたソ連軍のアフガニスタン
    侵攻に抗議」という理由により、アメリカが西側諸国にボイコットを呼びかけた結果、
    日本や西ドイツ、韓国など多数の西側諸国が参加しなかった。 その報復として、
    東側諸国は、ロサンゼルス大会をボイコットし、当時の不参加国は、ソ連、東ドイツ、
    ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリア、ベトナム、モンゴル、北朝鮮、
    キューバ、エチオピア、アフガニスタン、アンゴラ、イランなどとなっている。 中国は
    中ソ対立以降、ソ連との関係が悪化してアメリカ側についたため、モスクワオリンピックは
    不参加、逆にロサンゼルスオリンピックには参加している。
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    冷戦、ベルリンの壁崩壊、チェルノブイリ原発事故、ソ連崩壊、北方領土ビザなし交流、
    ロシア通貨危機等々、全てリアルタイムで知っておりますが、最近の自称『ロシア通』達の
    劣化振りには残念を通り越して、ご愁傷様レベル。 単に興味があるのと、専門的な
    知識があるのとでは、全く別物であるため、常にアメリカのステレオタイプに惑わされない
    真実の目が必要。 ロシアを正確に見極めている人材は日本では相当稀であるため、
    ニセモノと本物の区別がありません。 これは、ロシア語に関しても同じ事が言えるため、
    やりたいのと、実際に出来る事は、全くの別物である事が良く分かります。

    尚、前述したサラエボオリンピックは私がロシア語を学び始める切っ掛けとなりましたが、
    その当時に、サラエボオリンピックでメインテーマソングを歌った、旧ユーゴの国民的歌手
    である、ヤドランカ・ストヤコヴィッチは、20年以上も日本に滞在をしていたため、友人と
    なりました。 強く望んでいれば、いつか願いは叶うと言う実例のようなお話。
     


    東西対立の時代、いわゆる、共産圏では、ロシア語とドイツ語が重宝されたのですが、
    時は流れて、今では東西問わずに英語が通じるようになりました。 一昔前までのロシアでは、
    片言の英単語ですら一切通じなかったが、今では、観光地であれば、ある程度の英語が
    通じます。 特に、この10年間の経済成長は目を見張るものがあり、それに伴い、英語も
    格段に通じるようになりました。 ロシア語とドイツ語をを専門とした者としては、
    何とも寂しい限りですが、逆に、時代の波に取り残された日本の方が気になります。

    ロシア語を生業として、今年で丸25年、ロシア語を始めてからは、丸32年が経過しましたが、
    これからも、ロシアからは目が離せない状況が続きそうです。

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    旧ソ連時代のみならず、現代のロシアポップス界をも牽引している大御所、ソフィア・ロタルの
    1981年に発表したアルバム『愛はいずこに』 ソフィア・ロタルは、ウクライナの
    ルーマニア系の家系に生まれ、その後、クリミアへと引っ越したため、現在は、
    ルーマニア系、元ウクライナ人で、現在はロシア人。 但し、ロシア国籍を拒否したという
    話なので、結局のところ、まだウクライナ人のままなのか?
    9960fb4d.jpg

    写真なのか、絵なのか全く判別が付かないこの画像。 恐らく、写真を上から絵の具か何かで
    修正したものw ソフィア・ロタルのアルバムの中で、このアルバムだけは、CD化されて
    おらず、MP3音源化されただけ。



    ロシアは、ガラパゴス国家の日本とは異なり、MP3音源がかなり普及しており、普通にCD屋
    でもそのまま販売をしております。 このアルバムに収録されている曲の中で、最も有名
    なのは、『赤い矢号』。 モスクワとレニングラード(現ペテルブルグ)を結ぶ寝台特急の名前。



    その昔、ロシアの学生証を所持していた際に、ハバロフスク→ノボシビルスク間を丸4日間
    掛けて乗車したのだが、チケットは、当時の学割で、400円で御座いました♪ 当時、
    飛行機は、燃料不足のため、数ヶ月間に渡り、全便欠航。 当時のロシアの平均給与は、
    3,000円~6,000円ぐらいで、湯水のごとくお金を使ったとしても、生活費は、月に1万円も
    掛からなかった♪

    ソ連時代のレコード会社は、このメロヂヤ1社しかなかったのだが、ソ連末期に、メロヂヤ
    以外の別レーベルが設立された時は、かなり衝撃的で御座いました。

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    『全世界の労働者階級たちよ団結せよ!』は、社会主義時代のソビエト連邦のスローガン。
    ソ連の国章のリボンの部分は、旧ソ連加盟の15ヶ国語でこの言葉が記されていました。
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    ロシア語では、『Пролетарии всех стран, соединяйтесь!』
    原文のドイツ語では、『Proletarier aller Länder vereinigt Euch!』

    初出は、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの1848年の『共産党宣言』であり、
    ロンドン・ハイゲイト墓地にあるマルクスの墓石には、この文言の変種『Workers of all lands,
    unite』が刻まれている。

    今では、この言葉をそっくりそのまま、資本主義諸国に言ってやりたいぐらい。 社会主義は、
    やり方がかなり間違っていたものの、その思想自体は、間違ってはおらず。 万人が平等に
    暮らせるのが、そもそもの社会主義の理念。
    b60d3d43.jpg

    画像は、モスクワの劇場通りにあるカール・マルクス像。 昔の通りの名前は、マルクス通り。

    ソ連崩壊前後においても、ロシアでは助け合いだけは、なくならなかったのに、今の日本は、
    助け合いすら殆どない。 暴利をむさぼり、己だけが儲かれば、それで良しとする資本主義の
    崩壊も間もなくなのだろうか。

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    本日の共産趣味は、ロシアの犯罪とその報道の仕方。

    ロシアのニュース報道は、昔から、殺人現場に転がる遺体や、サメに食べられて腐乱した
    遺体の画像等を特に加工もせずに、食事時でも、そのまま普通にニュースで放送します。
    ロシアでは、警察よりも、マフィアの方が絶大な力を持っており、『人を殺す自由』がある国
    なので、殺人を犯す方も当然悪いとは思いますが、殺される方も世間知らずで、かなり
    無知な人間が多いと思います。 日本では余り報道されませんでしたが、日本人旅行客が
    ロシアで殺された事件も過去に数件発生しています。


    91年当時、マフィアに『殺人依頼』をする際の相場は、日本円に換算して、500円程度と
    言われていました。 路上で生活をしているロマこと、ジプシーは、泥棒が職業であり、
    お金をすられた程度で下手に深追いをすると、今度は命に関わるため、お金程度で済んだと
    考えた方が、むしろ幸せ。 交通警察GAIが、路上でお小遣い稼ぎのために、ネズミ捕りをして、
    その罰金を懐に入れているのも、ロシアならでは。 最近はかなり減りましたが、昔の
    アエロフロート航空は、荷物を空港で預けると、金目のものは、絶対に手元に戻って来ません
    でした。 郵便局員自体が、ドロボウのため、珍しい切手を貼ると、絶対に相手には届き
    ませんでした。

    ソ連崩壊直後は、日が暮れたら、危険過ぎるため、外出を控えたりもしていました。 車が
    信号機で止まると、ロマが集団で押し寄せて、部品やらタイヤやらを一気に盗み去って
    いたのは、ものの20年ぐらい前までのお話。 男性でもトイレで強姦されたとかの話も時々
    ありました。 ロシアの場合は、口コミ社会であるため、ロシア語が理解出来ないと、命に
    関わりました。 ロシアでは、お金で解決出来ないものなどありません。 逆を言うと、
    お金さえあれば、何でもまかり通ります。



    ひとりよがりな自分の常識ばかりを振りかざして、言葉すら理解出来ない見ず知らずの
    国に赴いたところで、そんなものは広い世界では通用しないと気付いた時点で、時既に遅し。
    理想論ばかりのきれいごとを振りかざしている人の場合は、現実を全く理解出来ていない
    ため、窮地になると、かなり困窮します。

    能力のある人間は、やってはいけない事、自分の限界、何が間違っていて、何が正しいかを
    的確に判断出来ます。 それを理解出来ないのは、単なる世間知らずな人間か、無謀な
    人間です。

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    ロシア連邦の通貨である、ルーブルの語源は、『ぶった切る』という意味の『ルビーチ』が
    語源となっている。 『愛する』という意味の『リュビーチ』に非常に似ているが、実は、
    人称変化もほぼ同じ。 どうして、この『ぶった切る』という動詞が、通貨の名前の語源に
    なったかと言うと、その昔、通貨の変わりに、銀をぶった切って、通貨として使用したため。

    ソ連の時代は、ソ連邦全土で、このルーブルが使用されていたが、現在、ロシア以外の
    国でルーブルを使用しているのは、ベラルーシ、モルドバから実質独立状態にある、
    沿ドニエストル共和国、グルジアから実質独立状態にある、アブハジア共和国、並びに、
    南オセチア共和国のみ。 現在紙幣として流通しているものとしては、10ルーブル、
    50ルーブル、100ルーブル、500ルーブル、1,000ルーブル、5,000ルーブルがある。

    1989年当時、このルーブルは、日本円に対して、360円という相場だったが、90年に
    10分の1の価値である、36円まで一気に暴落した。 その後、ソ連崩壊に伴い、ハイパー
    インフレの時代に突入したが、98年には、ゼロを3つ切捨てるデノミを実施。 その後、
    紆余曲折を経て、2014年11月12日現在の為替レートは、約2.47円。 経済制裁の影響を
    受けて、急落しているが、それ以前は、世界一の天然資源国であるため、石油や、
    ガス等による、天然資源の影響の方が大きかった。

    ソ連の時代は、もちろんの事、2000年代の初頭までは、このルーブルは、ロシア国外への
    持ち出しが禁止されており、当時は、シェメチェヴォ空港等で、出国する際には、財布の
    中身や、スーツケースも調べられ、もし、ルーブルが見つかってしまうと、全て没収、その後、
    硬貨だけは見逃されたが、紙幣は、やはり持ち出し禁止だった。
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    本日の共産趣味は、「オアシス」



    オアシスとは、砂漠に浮かぶ一服の清涼剤・・・などでは、決してなく、
    ワープロの名前。
    90年代に、ロシア語を学んでいたお方たちにとっては、涙が
    ちょちょ切れる程、懐かしい
    一品となっております(^-^)b ロシア文字とも呼ばれる「キリル文字」がPCに本格的に
    対応したのは、Windows ME、並びに、Windows 2000以降。 それでは、これ以前は、
    どのように、このキリル文字を打ち込んでいたかと申しますれば、以下の手段しか
    ありませんでした。

    ① ワープロでのコード打ち
    ② タイプライターでの打ち込み
    ③ ローマ字入力

    まず、1つ目の「コード打ち」なのですが、数字4~5つを組み合わせた、いわゆる、記号の
    ようなもの。 よって、キリル文字1つを打ち込むためには、数字を4~5つもたたかねば
    ならず、面倒、かつ、非常に分かり辛い。 2つ目の「タイプライターでの打ち込み」は、
    ご存じの通り、最近では、すっかりと姿を消してしまったタイプライターによる、1文字づつの
    打ち込み作業。 ここで、うっかりと打ち間違いなどを致しますと、タイプライター自体に
    「消去」ボタンなるものも付いていたのですが、基本的に、後から手書きで修正するのが
    その主な修正方法でした。 3つ目の「ローマ字入力」なのですが、こちらは、日本語で言う
    ところの、「ローマ字入力」と全く同じで、ロシア語を発音通りに、そのままローマ字で
    打ち込むというもの。

    90年代は、ロシアとのやり取りは、主に、手紙での「文通」がメインでしたが、その後、PCの
    普及により、メールでのやり取りが発生したのですが、2000年近くになるまでは、「キリル文字」
    での打ち込みが出来なかったため、ローマ字によるメールのやり取りが頻繁に行われました。
    このローマ字打ち、私はそのちょうどド真中の世代であったため、今でも、ロシア語を打ち込む
    才には、ローマ字で入力をしてから、その後エンターキーを押して、キリル文字に変換して
    おります。 ロシア人といえども、未だにこのローマ字入力を使っている人も多いという、不変の
    入力方法♪ よって、私の場合は、ロシア語をローマ字で全て書かれても、理解出来るのですが、
    ロシア語をローマ字で発音通りに記入すると、ほぼ、チェコ語、ポーランド語他と同じになります。

    スラブは、若干、記入方法に違いはありますが、お互いにかなり似ており、殆ど理解可能レベル
    ではあるものの、基本的にロシア語をローマ字で書かれると、口で発音して、音を確かめながら
    聴き取らないと、ぱっと見ただけでは、何が何やら、訳が分からない状況となります。 これは、
    日本語をローマ字で表記されると、なかなか理解し辛いのと、全く同じ。
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    さて、話を懐かしの「オアシス」に戻しますと、実は、私、大学の卒論をロシア語で書き上げた
    のですが、当時のPCには、先に述べた通り、キリル文字が全く対応していなかった。 手書き
    での卒論の提出などと言う事は、毛頭考えておりませんでしたので、最終的に、この
    「オアシス」でのコード打ちにチャレンジせざるを得なくなりました。 学生時代には、既にPCの
    授業なるものもあったのですが、私の場合は、授業なんぞには、最初から参加などはせず、
    通訳の仕事で日々実践を積んでおりましたw PCの授業では、学期末にその授業の総仕上げ
    として、何かの課題を後日フロッピーに記録して提出せよとのお題を出されたのですが、友人の
    課題をそっくりそのままコピーをして、何食わぬ顔で提出を致しましたところ、何と!「A」を取って
    しまったという、当時は、そんな程度のPC能力であったため、コード打ちが妙に遅かったw

    このような経緯で、ロシア語のコード打ちが避けられない状況となってしまったのですが、実は、
    ロシア語で文章を書き上げるよりも、こちらのコード打ちの方が大変という事が、後日判明。
    ロシア語で書いた文章は、日本語からの文章をある程度まとめつつ、その当時一番仲が
    良かった、サハリンからの留学生である朝鮮系のロシア人にネイティブチェックを入れて貰い、
    ゼミの担当であった教授の研究室に連日入り浸り、ひたすら、コード打ちを続ける事、丸3カ月。
    ついに完成したその卒論は、今でも、実家のフロッピーに残っておりますが、Windows 95
    以前のバージョンによる保存なので、今では、開けるのかすら分かりませぬ。

    このコード打ちを具体的に表現すると、例えば、ロシア語の「ж」の文字を打ち込むためには、
    「1578」等々のコードを入力するという、何とも面倒極まりないもので御座いました。
    実家に電力式のロシア語タイプライターが保管してあったため、ついでにご開帳してみました。
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    ロシアを代表するおみやげのひとつともなっているサモワール。 その名前の由来は、
    『自分自身を熱湯にするもの』という意味から来ている。 この他にも、ロシア語には、
    語頭にこの『サモ』が付くものが幾つかあのだが、これは、『自分で~する』『自分自身を
    ~する』という意味があります。 分かりやすい例としては、『飛行機』が、『サモリョート』
    (自分自身で飛ぶもの)、『自衛隊・護身術』が『サモオボローナ』(自分自身を守るもの
    これを省略して、『サンボ』と言う)、ポーランド語では、『車』の事を、『サモーホト』と
    言うのだが、それは、『自分自身で歩き回るもの』という意味。
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    25年も前のモスクワで購入したサモワールが実家に未だに保管してあるのだが、電圧が
    200Vであるため、トランスを購入しなければ使えない。 このサモワールは、かなりの
    勢いで水が沸騰するため、実は、かなり便利。

    ロシアの鉄道には、お湯を使うためのサモワールが必ず付いており、車掌に頼めば、
    コップと紅茶を貰えるのが、ロシアの旅の醍醐味。 尚、ロシアでは、ロシア語が話せ
    ない場合、『帰れ!』と平気で言われるため、ロシアを旅する節には、是非とも、ロシア語を
    学んでから行きたいところ。 尚、ロシア語では『コンドゥークトル』が、『車掌』なのだが、
    英語の『コンダクター』と同じなので、覚え易いと思います。

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    【実家に眠っていたお宝】

    実用ユーゴスラビア語入門と、地球の歩き方 ソ連。 25年ほど前にモスクワで購入した
    マトリョーシカは、相当色あせているものの、一番外側の部分だけ脱皮させたら、普通に
    みれるようになった♪ マトリョーシカの外枠の部分が空気を遮断していたため、酸化を
    免れた模様。
    a0d8e3f6.jpg

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