多言語のススメ ~ロシア・東欧情報~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

記事カテゴリーに CIS独立国家共同体(旧ソ連邦) 他を追加しました♪
    【プロフィール】
    旧ソ連・ロシア、オーストリア、カナダ、ベルギーに語学留学経験あり。
    1991年より、一貫して通訳・翻訳や海外営業等の語学専門職としての経験を
    積んでおり、英語、ロシア語、ドイツ語、フランス語他の多言語を扱う
    語学のプロ。 専門はロシア語⇔ドイツ語の通訳論、言語学、並びに心理学。
    詳細はLinkedInを参照。

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    カテゴリ: 西ヨーロッパ

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    イタリアのボルツァーノ自治県は、イタリア共和国トレンティーノ=アルト・
    アディジェ特別自治州に属する県で、県都はボルツァーノ。 イタリアでは
    唯一、イタリア語・ドイツ語・ラディン語の3つの公用語を併用する県と
    なっている。 歴史的には、「チロル」と呼ばれた地域の一部で、「南チロル」
    とも呼ばれている。 この地域では、ドイツ語を母語とするドイツ系住民が
    人口の半分以上を占める他、レト・ロマンス語群の言語である、ラディン語の
    話者も居るため、地域内での言語事情が非常に複雑となっている。
    tirol
    1922年にムッソリーニ政権が誕生すると、ボルツァーノ県では、イタリア化
    政策が推進されたため、ドイツ語の使用が禁止となり、人名、地名は全て
    イタリア語に変更された。

    学校教育もイタリア語で行われるようになった他、イタリア南部からの移住も
    推奨され、徐々にイタリア語系住民の比率が高まって行った。 1939年、
    ムッソリーニは、アドルフ・ヒトラーから、ドイツ語系住民に、ドイツへの
    移住か、イタリアに留まり、イタリア人との同化政策を受け入れるかの選択を
    させる事を提案され、同意した。 住民は、故郷を捨てるか、母語を捨てるか
    という苦渋の選択を迫られた。

    第二次世界大戦後期の1943年、イタリア王国が連合国に降伏すると、直ちに
    ドイツ軍はイタリア北部を占領する。 ボルツァーノ県域は、名目上、イタリア
    社会共和国に属するとされたものの、ドイツ軍の占領統治下に置かれた。
    1945年5月のドイツ降伏に先立ち、4月27日にドイツからの独立を宣言した
    オーストリアの臨時政府は、1938年の独墺合邦の無効を宣言し、チロル州も
    オーストリア領に復した。 ボルツァーノ県の住民も南チロル人民党を結成
    するなど、オーストリアへの復帰を望んだが、国際情勢がそれを許さなかった。

    1946年9月5日、パリにおいて、イタリアのデ・ガスペリ首相兼外相と
    オーストリアのグルーパー外相との間で会談が行われ、同県のイタリア領有、
    および、ドイツ語系住民への自治権の付与について合意に達した。 1948年
    1月の法律で、自治権が保障されたが、パリでの合意に及ぶものではなく、
    ドイツ語系住民にとっては、不十分な内容であった。

    また、中央政府が南イタリアからの移住を推進した事に対しても不満があった。
    このため、完全自治、あるいは、チロル再統一を要求する組織が作られ、
    1950年代半ば以降、テロ活動が続き、1960年代には激しさを増した。
    1960年には、国際連合でも議題にあげられ、平和的解決が求められた。


    家庭内の会話における使用言語全国
    イタリア語のみ、あるいは主にイタリア語45.5%25.2%
    地方言語のみ、あるいは主に地方言語16.0%1.5%
    イタリア語と地方言語の双方32.5%4.1%
    他の言語5.1%65.5%

    【ドイツ語】
    ドイツ語話者は、県人口の約70%を占める。 2011年の「言語集団調査」に
    よれば、県の116コムーネのうち、103コムーネでドイツ語話者が過半数を占める。
    住民のほぼ全てが、ドイツ語話者であるコムーネも多く、ドイツ語話者が人口の
    90%以上を占めるコムーネが77コムーネ、98%以上を占めるコムーネが
    26コムーネある。 マルテッロでは、ドイツ語話者が100%となっている。
     
    公文書や教育・メディアなどでは、標準ドイツ語が用いられている。 ただし、
    この地域で話されているドイツ語は方言で、県内でも地方ごとに差異があり、
    東部はバイエルン人/バイエルン語話者、西部はアレマン人/アレマン語話者が多い。

    【イタリア語】
    イタリア語話者は、県人口の約25%で、県都ボルツァーノをはじめとする南部に
    多い。 2011年の「言語集団調査」によれば、イタリア語話者が過半数を占める
    のは、5コムーネで、ボルツァーノ(73.80%)、ライヴェス (71.50%)、
    ブロンツォーロ (62.01%)、サロルノ (61.85%) 、ヴァーデナ(61.50%) となって
    いる。 これに次ぐのは、メラーノ (49.06%) で、ドイツ語話者と拮抗している。

    【ラディン語】
    ラディン語は、レト・ロマンス語群の言語で、イタリア語とは同じロマンス
    諸語に含まれる。ラディン語話者は、オルティゼーイをはじめとする、県東南部の
    ヴァル・ガルデーナ、および、ヴァル・バディーアに集住しており、8コムーネで
    過半数(いずれも80%以上)を占める。 2011年の「言語集団調査」によれば、
    ラディン語話者が最大の比率を占めるのはラ・ヴァッレ (97.66%) である。
    8コムーネ以外では、オルティゼーイに隣接するカステルロットで15.37%を占める。

    ラディン語話者はボルツァーノ自治県、トレント自治県、ベッルーノ県に
    またがる山間地域に集まっており、これらの地域は、「ラディニア」と呼ばれる。
    ラディン語話者は、全体で約3万人とされており、ユネスコの「危機に瀕する言語」
    では「危険」と評価されている。 ボルツァーノ県にはこのうち約2万人が
    暮らしている。



    オーストリアは、長年に渡り、イタリアに対して、ドイツ語話者の多い南チロルの
    返還を求めているが、イタリアは、これに応じず、南チロルは、未だイタリア領の
    まま現在に至っている。

    世界には、このような、国境と言語が一致していない個所が多く見られるが、
    むしろ、日本のように、国境と言語が一致している国の方が珍しいのかも知れない。

    【お勧めの一品】


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    Je préfère vivre en Belgique plutôt qu'en France, parce qu'il y a trois langues
    officielles différentes là-bas et il a la culture néerlandaise et la latine mixtes.
    Je pense que c'est pays très unique et idéal pour moi.

    I prefer to live in Belgium rather than in France, because there are three different
    official languages there and it has Dutch and Latin mixed cultures. I think it's very
    unique and ideal country for me.

     



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    西ヨーロッパに行くと、必ず1度は体験するであろうもの、それは、『差別』。 欧米
    社会では、あくまでも、自分たちが正しい事が大前提となっているため、それ以外の
    ものは、全て差別の対象となります。 それを生み出す最大の要因は、自分と異なる
    人間を認めない、『心の狭さ』と『無知』です。 欧米では、この『差別』的な心理が、
    常に、社会の根底にある事を忘れてはなりません。

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    全ては許される

    日本でも、最近では、『ヘイトスピーチ』が問題となっていますが、今回事件が起きた
    フランスの『表現の自由』と比較すると、まだ相当可愛い部類に入ります。 そもそも、
    『言論の自由』とは、何でも無責任に吐き捨てて良い権利などではなく、社会批判等を
    行う際に、自分の意思表示や、異なる意見の人たちに対して、異を唱える権利の事で
    ある筈が、どこで間違ったのか、『誹謗中傷を助長する権利』、または、『無責任に何でも
    言える権利』にまで成り下がっています。

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    東日本大震災が起きた際にも、欧米系のメディアは、一切に大袈裟な報道をしましたが、
    それは、自分達からは遠く離れた話であり、特に自分達には、そのしっぺ返しが返って
    来ない事が大前提となっており、今回のフランスのみならず、ドイツや、アメリカの報道にも、
    未確認な情報が多々見受けられました。

    『美味しんぼ』騒動の際にも、『表現の自由』云々の騒動が起こりましたが、不確定要素を
    大袈裟、または、それをさも事実のように述べるのは、『表現の自由』などでは、決してなく、
    単なる『デマ』です。

    『表現の自由』が何でもまかり通るのであれば、今度は、それを受け取る側が、自分の頭を
    使って、それらの情報を正しく選別すべきです。 そもそも、感情的にものを述べている人の
    ところには、同じレベルの人間しか集まりません。 よって、『同属嫌悪』同士での応酬
    合戦となり、いつまで経とうが、話が先に進まなくなります。

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    異なる意見や文化の人たちに対して、敬意のない『言論の自由』は、単に差別でしか
    ありません。 まず、相手に対して、敬意を示さない限り、自分も完全に同じ扱いを
    受けます。 これを因果応報と言います。 自分の権利だけを主張する人は、まず、
    相手を認めない限り、自分の権利も当然認められません。

    『表現の自由』は、弾圧や、いじめ等々を受けている側が保障されるべきものであり、
    逆に弾圧や、いじめを行っている側に、そのようなものが堂々と保障されてしまうと、
    ますます勢いに乗るため、むしろ、ある程度、規制を入れてしかるべきもの。

    その明確は判断は、やはり、ひとりひとりの意識に寄るところが大きいのですが、道徳力の
    欠如と、差別の助長は、必ず比例します。 そもそも、自分以外の人間は、全員異なる
    という意識がない人の場合は、他人を受け入れる事すら困難なため、それを政治家に
    利用されると、歪んだ『愛国主義』へと容易に発展するため、ますます扱いづらいものへと
    変貌します。

    Charlie


    自由には、責任が伴うという事を忘れてしまうと、このような事態になると言う事を、
    まざまざと見せ付けられたのが、今回のフランスでの事件だと思います。 テロ行為や、
    殺人行為は、もちろん、非難されるべきですが、その原因を作ったのは、逸脱した過激な
    『表現の自由』であるため、それを保障しろと言われても、お門違いも甚だしいと思います。
    西ヨーロッパでは、『エゴイスト』が多く、東ヨーロッパでは、『ファシスト』が多いので、
    個人主義と全体主義が過剰反応したものが、フランスとウクライナの事件であるとも
    言えます。

    むしろ、日本の場合は、『事なかれ主義』が花盛りであるため、一切何も言わない、
    言わせない、監視社会へと変貌を遂げております。 よって、フランスよりも、日本の方が、
    『表現の自由』が保障されてしかるべき。 中央メディアに至っては、既に、『表現の自由』
    すら一切ありません。 日本の情報公開度は、既に地に落ちています。

    日本とフランスとでは、完全に両端を行っているため、どちらに傾き過ぎても、問題だらけ
    です。 このような状況を防ぐためには、何でも情報を鵜呑みにはせずに、自分の頭で
    考え、何が正しくて、何が間違っているのか、正しい情報を元に、正確な判断を下す事が
    非常に重要になってくると思います。

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    В эти дни, в Германии и во Франции везде проходят протесты, чтобы больше
    не приехать иностранцы туда, особенно мусульманы, но одновременно им нужно
    экономически активное население, так как им нуждаются длинные отпуска.
    Это полное противоречие. 

    Они хотят отдохнуть но одновременно хотят еще зарабатывать деньги, так что
    им все равно нужные дешевые рабочие. Эти протесты можно сказать просто
    дискриминация против муслиманов.



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    フランス政府が、本年度より、日本を『渡航注意国』に指定した。 最新情報によれば、
    昨年、代々木公園で発生した、『デング熱』によるもの。 親日国のフランスが、日本を
    渡航注意国に指定するのは、かなりのリスクを伴うと思われますが、それでも、あえて
    指定をしたと言う事は、日本国民もそれなりの覚悟が必要なのか?

    ミシュランガイドをひも解くと、本場、おフランスを除いた、星の数では、日本が一番との
    事だが、ミシュランも、大幅な改定を迫られそうだ? やはり、大袈裟大国、おフランスの
    情報は、余りあてにしない方が、賢いと思います。

    『Pays sensibles』(ペイー・ソンシーブル)とは、元々は、『Pays à risque』危険国という
    名称だったものをオランド大統領が、『そんな呼び方は当該国に失礼』という理由により、
    名称が変わったもの。

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    EUが、ウクライナを仲間に入れない理由は、分かりやすくひとことで言ってしまうと、
    東欧が嫌いだからなのだが、その事は、EU内でロシア語で実際で喋ってみると、かなり
    体感出来る。 更に、ドイツ語、フランス語が理解出来ていると、あからさまに周囲から、
    悪口を言われているのも分かる。

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    EU、特に、ドイツ、フランスにとっては、ロシアもウクライナも旧ユーゴも似たり寄ったり。
    ブルガリアとルーマニアをEUに入れてしまった事を後悔しているのが、EU、特に、
    ドイツです。 ドイツは、ブルガリアとルーマニアからの労働者の移動を7年間規制して
    いたものの、最近、それが解除されてしまったため、現在、ブルガリアとルーマニアに
    居住していた、ジプシーこと、『ロマ』が、列挙して、『EU市民』として、ドイツ、フランス等
    に押し寄せている。

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    EUは、第二のブルガリア、ルーマニアを恐れているだけではなく、それ以上の劣悪な
    環境の国をEUには入れたがらない。 EUの中でも、1人勝ちと言われているドイツは、
    これ以上の余計な重荷を背負いたくはないため、むしろ、ドイツが、EUから脱退する
    可能性もある。

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    ドイツでは現在、急速に増えているEU内からの外国人の問題を抱えている。
    例えば、EU市民であれば、どこでも、すぐに、必ず、職の有無に関わらず、
    児童手当が貰えるが、ドイツの場合は、第1子、第2子が184ユーロ、第3子が
    190ユーロ、第4子215ユーロと、非常に高額で、更に、子供が増える度に金額が
    上がる。 しかも、季節出稼ぎ労働者が故郷に置いて来ている子供たちにも
    支給されている。 子だくさんの外国人にとっては、非常に魅力的でありがたい
    制度であるため、非常に狙われやすい。
     
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    ドイツには現在、10万人もの外国人が、難民資格なしに、滞在容認という形で
    留まっているが、審査の結果、難民資格にも、亡命資格にも該当しないが、様々な
    理由により、送り返す事も出来ないというケースがある。 これを受けて、既に、
    ドイツ国内に長く留まっている外国人の滞在を速やかに認め、逆に、不法滞在中の
    外国人を速やかに祖国へ送り返す事を目的とした、新法案が2014年12月4日に
    ドイツ議会で可決された。 ドイツ国内では、この新法案を「速やかに滞在、
    速やかに送還」と見出しを付けたメディアもあった。 

    新しい法案は、このような外国人が、一定の条件をクリアしていれば、滞在許可を
    与えようというもの。 また、自国で教育を受け、手に技術を持ち、職を探すために
    ドイツに来た外国人に対しては、これも条件付きだが、18カ月の滞在許可が与え
    られる事になる。 ドイツの産業界は常に技術者不足に悩んでいるため、良い
    人材が集まるのであれば、ドイツにとっても、非常に有難い話でもある。 
     
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    2007年に、ルーマニアとブルガリアがEUに加盟したが、EU各国は、自国の労働
    市場を保護するために、新加盟国の国民に対して、最初の7年間、就業の自由に
    若干の制限を掛ける事が出来る。 ドイツはルーマニアとブルガリアに対して、
    その制限を掛けていた。 ところが、7年間の制限の外れた2014年1月より、職を
    持たないルーマニア人とブルガリア人が大挙してドイツに流れ込み始めた。

    何故、この2国が問題視されるのかと言うと、グレーゾーンの社会保障費を狙って
    いるロマ人は、大抵が、この2国の出身であるため。 ロマ人は、自国で徹底的に
    差別されており、多くは教育も受けていない。 しかし、EU市民であるため、合法に
    ドイツにやって来て、招かれざる客となっている。 2014年の1年間で、新たに
    ドイツを目指してやって来た、ルーマニア人とブルガリア人は、12~13万人に
    達すると見られているが、ロマ人の割合は、統計すらない。
     
    ドイツで部屋探しをする際には、『内国人のみ』、オーストリアで部屋探しをする
    際には、『内国人、または、ドイツ人のみ』と記された物件が多いが、日本語の
    『外国人』は、恐らく、ドイツ語の『Ausländer』から日本語へ直訳したもの。 但し、
    『内国人』の『Inländer』は、日本語には、直訳されず。 その昔、ウィーンで部屋
    探しをした際にも、『東欧系住民お断り』の人たちは、かなり多く、昔住んで居た
    部屋の大家は、『ユーゴ人はダメだが、アジア人は大丈夫』とハッキリ言っていた。

    新聞に掲載されていた物件に、ドイツ語で電話をしたところ、ドイツ語の『ベゼッツト』
    から始まって、10ヶ国語ぐらいで色々言われ、一番最後に、『ザーニャタ』と言われ
    たが、それは、ロシア語で、『満室(トイレ使用中という意味もありw)』という意味で
    あるため、この人は、外国人が嫌いなのだと、すぐに分かった。

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    正式名称は、ベルギー王国。 隣国のオランダ、ルクセンブルクと合わせてベネルクス
    とも呼ばれる。 公用語は、フランス語、オランダ語、ドイツ語の3言語。 立憲君主
    国家であるため、国王が国民に向けてスピーチをする際には、この3言語にて、行われる。
    日本では、ビールやチョコレートなどで知られる。 ヨーロッパの十字路に位置している
    ため、古代から多くの戦乱の舞台となり、建国後もドイツやフランスなどの強国に
    翻弄されてきた。

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    首都のブリュッセルは、ヨーロッパ連合(EU)の主要機関の多くが集まっているため、
    『EUの首都』と呼ばれている。 19世紀にネーデルラント連合王国から独立した国家で、
    オランダ語の一種であるフラマン語が公用語の北部フランデレン地域と、フランス語が
    公用語の南部ワロン地域とにほぼ二分される。 建国以来、単一国家であったが、
    オランダ語系住民とフランス語系住民の対立(言語戦争)が続いたため、1993年に、
    フランデレン地域とワロン地域とブリュッセル首都圏の区分を主とする連邦制に移行した。

    紀元前後になると、ローマ人との接触がはじまり、ガイウス・ユリウス・カエサルが、
    紀元前57年に著した『ガリア戦記第二巻』に、この地に居住する民族について初めて
    言及がなされた。 カエサルは、同地に居住するゲルマン人との共通性を持つケルト人の
    多くを総称して『ベルガエ族』と呼んだ。 これが、現在のベルギーの国名の語源と
    なっている。

    3世紀に入り、海進によって居住地を失った人々が大規模な移住をはじめた。
    これによってフランク族がライン川を越えてローマ帝国へ侵入をはじめ、ライン川近郊の
    多数の都市が占拠されて行くと、帝国の国境はブローニュとケルンを結ぶ軍用道路線
    まで後退した。

    こうして北部ではゲルマン人の定着に伴うフランデレン語が、南部ではワロン語が
    浸透して行き、その結果生まれた境界線は、以降のベルギーにおけるラテン系・
    ゲルマン系という民族紛争、言語戦争の起源となった。 

    ブリュッセル~ワロンの画像

    14世紀にこの地に栄えた、ブルゴーニュ公国は終焉を迎え、フランドル地方は、
    ハプスブルク家の支配下に組み込まれる事となった。 同家がスペイン系と
    オーストリア系に分かれると、ベルギーは、スペイン領となった。 16世紀には、
    スペインの支配に対して反乱を起こし、ネーデルラント17州のうち、ユトレヒト同盟を
    結んだ北部7州は、ネーデルランド連邦共和国として正式に独立を承認されたが、
    南部諸州はスペインの支配下に留まった。

    この南ネーデルラントが現在のベルギー王国の起源となっている。 フランデレン
    地方は、18世紀のスペイン継承戦争の後に、オーストリア領となった。 1789年に
    ハプスブルク=ロートリンゲン家の支配に対して、革命が起こり、1790年には
    独立国家であるベルギー合衆国が建国されたが、短期間で滅ぼされた。

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    ベルギー、並びに、ルクセンブルクは、南ネーデルランドとして再びハプスブルク家の
    支配下に戻るが、その後フランス革命戦争により、フランス軍に占領された。 フランス
    革命勃発後、ジャコバン派がフランス革命国民義勇軍を主導したが、ベルギー戦線で、
    2度に渡り、オーストリア軍を殲滅し、その後、フランス軍は、南ネーデルランドを
    占領した。 その際、ナポレオンとオーストリアは、カンポ・フォルミオ条約を結び、
    その結果、南ネーデルランドは、フランスに併合された。

    アントワープ~フランドルの画像 

    ナポレオン戦争の終結後、1815年のウィーン議定書によって、ベルギーは、オランダと
    共に、ネーデルラント連合王国として再編された。 一方、ルクセンブルク大公国は、
    ドイツ連邦に加盟した。 1830年、ベルギーは、ネーデルラントの支配に対して、独立
    革命を起こし、同年に独立を宣言する。 1839年、オランダとベルギーとの平和条約が
    締結されたた、そこでは、オランダがベルギーの独立を認める見返りに、ベルギーは
    永世中立国の宣言をせよという事になっていた。 これはプロテスタント国家オランダに
    とって、カトリック国家フランスとベルギーとの同盟による軍事的脅威をなくすための
    ものであった。 このように、ベルギーの永世中立国化はオランダの安全保障が
    関わっていた。

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    第一次世界大戦では、中立政策を無視して進入したドイツ軍によって、ほぼ全土を
    占領された。 戦後、ドイツの脅威に対抗するため、フランスと軍事協定を結んだが、
    1936年にはこれを破棄して、中立政策へと回帰した。 第二次世界大戦においても、
    ドイツ軍によって国土を占領された。

    ロンドンに亡命政権が立てられたが、国内に残った国王レオポルド3世は亡命政府の
    意向を無視して、ドイツに降伏し、国王の権限を逸脱するものとして戦後に問題視される
    事となった。 第二次大戦後のベルギーは、1951年の欧州石炭鉄鋼共同体参加以来、
    ヨーロッパ統合において中心的な役割を果たしてきた。 現在、首都ブリュッセルは
    欧州委員会などの欧州連合の主要な機関が置かれており、欧州連合の『首都』的な
    性格を帯びている。 ブリュッセルは、2014年、ビジネス、人材、文化、政治などを
    総合評価した世界都市ランキングにおいて、特に『政治的関与』が高く評価され、世界
    11位の都市と評価された。

    ベルギーは、1993年の憲法改正により、連邦制に移行した。 連邦は、ブリュッセル
    首都圏地域、フランデレン地域、ワロン地域の3つの地域と、フラマン語共同体、
    フランス語共同体、ドイツ語共同体の3つの言語共同体の2層、計6つの組織で構成
    される。 そして、フランデレン地域とワロン地域の2つの地域は、それぞれ5つの州に
    分かれている。 ただし、フラマン語共同体とフランデレン地域については、ブリュッセル
    首都圏を除き領域が完全に重なるため、現行憲法が施行されて間もなく、フラマン語
    共同体政府がフランデレン地域政府を吸収する形で統合された。

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    統合された自治体は単にフランデレンと呼ばれている。つまり、現在のベルギーには
    連邦構成主体は、憲法上は6つ存在するが、実際上は5つしか存在しない。 フランデレン
    地域とワロン地域の境界線は、国土のほぼ中央を東西に横切っており、言語境界線と
    呼ばれる。 ベルギーの住民は、オランダ語のベルギー方言とも言うべきフラマン語を
    話すフランデレン人が58%、フランス語を話すワロン人が31%、その他混血などが11%と
    なっている。 特に首都ブリュッセルは、中東系を中心とした移民が多い。 ベルギーの
    国土は、使用言語により、3つの言語共同体に分かれており、それぞれに地方公用語が
    ある。

    北部のフランデレン地域は、フラマン語共同体に属し、フラマン語(オランダ語)が
    公用語となっている。 また、フローネン、ネーメン、コミーヌなどはフランス語地域と
    なっている。 しかし、フランデレン地域の大抵のフラマン人は、老若男女を問わず
    フラマン語(オランダ語)以外にも、フランス語と英語を習得している。

    南部のワロン地域は大部分がフランス語共同体に属し、フランス語が公用語となっている。
    ベルギーのフランス語は発音・語彙に若干の特徴があるが、フランスの標準フランス語と
    ほとんど同じである。 ただし、標準フランス語の他に、ワロン語とフランス語のいくつかの
    方言も広く話されている。 フランス語の諸方言は、主にフランス国境地域で話されている。
    また、南東部のルクセンブルク国境地域では、ルクセンブルク語が話されている。 ワロン
    地域の住民で、オランダ語や英語を話す者は非常に少ない。 また、ワロン地域では、
    英語がほとんど通じない。 ワロン地域の北東極一部のドイツ国境地域は、ドイツ語
    共同体に属し、ドイツ語が公用語となっている。 ただし、それぞれの話者の割合は
    均等でなく、オランダ語が60%程度、フランス語が40%程度、ドイツ語が1%未満である。

    尚、首都ブリュッセルでは、オランダ語の使われるフランデレン地域に囲まれているが、
    フランス語話者が8割以上を占めており、フラマン語共同体とフランス語共同体の双方が
    自治権を持っている。 フランデレン地域の人々とワロン地域の人々の間には、
    『言語戦争』とまで呼ばれる対立関係が存在する。

    2006年12月13日、ベルギーの公共放送RTBFが『フランデレン地域が独立を宣言して
    前国王アルベール2世がコンゴ民主共和国に亡命した』という架空ニュースを流した
    ところ、一時国内が大混乱に陥り、地域間の溝の存在を露呈する結果となった。

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    国連が毎年調査を行っている、『世界の町、住みやすさランキング』において、常に
    世界のトップをひた走る、ウィーン市内の定期券のデザインが一新された。 これさえ
    あれば、ウィーン市内の国鉄、私鉄、地下鉄、バスの全ての交通機関に無制限で
    乗り降り可能となる万能定期とでも言うべきもの。

    ドイツ語圏、フランス語圏共に、『改札』というものがないため、切符を購入した際には、
    改札らしき場所で、切符に自分でパンチを押さなければ、切符が有効にはならないため、
    注意が必要。 よって、キセルをしようと思えば、幾らでも出来るのだが、度々車内に
    抜き打ちで、検札のコントローラーがやって来るため、その際に切符、または、定期券を
    所持していなければ、一か月分の定期券と同額の罰金を徴収される。

    オーストリア国鉄には、『年間券』という制度があり、こちらは、年間1万円程度の会費を
    支払って会員になると、オーストリア国鉄が全て半額になるというお得な制度。

    尚、ドイツ語圏、フランス語圏では、鉄道の中に普通に自転車を積み込む事が出来る。
    これは、日本とは、決定的に異なる点と言える。 毎日、ぎゅうぎゅう詰めの電車に
    揺られていると、物と同じような扱いを受けているような気分になるのは何故なのだろう?

    尚、ウィーンのIKEAは、ギリギリ ウィーン市外にあるため、この定期だけでは行けない。
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    この季節のオーストリアの定番と言えば、ランゴス♪ 元々は、ハンガリー
    料理だったものが、オーストリアにも入って来たもの。 同じドイツ語圏である
    筈のドイツでは、食べないらしい。

    調理方法は、パイ生地のような小麦粉の生地を、ニンニクをたっぷりと摩り
    下ろしたオリーブ油で揚げるだけ。 その他、チーズを乗せたり、お好みで、
    トマトや、ピクルス等を上に乗せて、ほぼピザのような状態のものもあるが、
    個人的には、シンプルなこのバージョンが一番お勧め。 ウィーン市役所の
    クリスマス市では、毎年、ランゴスの屋台が登場し、ホットワインや焼き栗
    (オーストリアでは、『Kastanien』ではなく、『Maroni』と言う)と共に、
    ウィーンの冬の定番となっている。

    maronirgie

    日本語には、『頂きます』という言葉があるが、ヨーロッパ言語には、その
    ような表現はない。 その代わりに、これから食事をしようとしている人に
    対して、『美味しく召し上がれ』と言います。 ドイツ語の場合は、
    『マールツァイト』『グーテン・アペティート』または、フランス語の
    『ボン・アペティー』と言い、ロシア語の場合は、
    『プリヤードナヴァ・アペチータ』と言います。

    ロシア語では、どうして主格にならないのかと言うと、その前に本来ある筈の
    『望む』という動詞が生格支配だから。 ドイツ語の場合は、4格支配のため、
    その前に付いている形容詞が、『グーテン』と4格に格変化する。 英語には、
    格変化がないが、ドイツ語の4格は、英語の目的語に相当するので、目的格とも
    言う事が出来る。

    langos-rezept-img-20134
    1179409556-2LangosSchafskseTomatenKruter
    Lángos_groß

    【お勧めの一冊】



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    1989年のベルリンの壁崩壊から、25年が経過した。 統一直後のベルリンは、旧東独に
    入った途端、急に暗い雰囲気になったものだが、ここ数年間の大々的な再開発事業により、
    その見た目も西側とさほど変わりがなくなった。
    img_554
    ベルリンには、元々『中央駅』はなく、東西分裂時には、『動物園駅』が西側の終点駅
    だったが、今では、単なる通過駅になってしまった。 見た目は変わってしまったが、
    東西の統一後も、心情的な壁はまだ残されたままで、分断されていた時間が長かった
    分だけ、真の統一までには、それと同じ長さの時間が必要なのかも知れない。

    ベルリンの壁崩壊から25年


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    先日、渋谷で開催された、ドイツのロックバンド、Tocotronic のライブに見に言って来た。
    この日の観客の約半数はドイツ人で、ドイツ人の平均身長は、何と!180センチ超なのだが、
    同じドイツ民族のオーストリア人の場合は、平均身長が、170センチ前後しかないため、
    ここでも、やはり、『北国の方が平均身長が高い』と言う理論が成り立つ事に気付かされた。

     

    この日は、数組のアーティスト達との抱き合わせのライブだったのだが、ドイツ政府からの
    ご好意により、チケットの値段は、2,000円という破格値であった。 30年ぐらい前の
    コンサートチケットの値段は、確か、これぐらいだったと記憶しているのだが、その後、
    チケットの値段は、うなぎ登りで上がり続け、現在では、7,000円前後がチケット相場の
    平均値となっているため、この値段は、かなり財布にも優しい。

    このライブ会場は、どこかで見た事があると思っていたのだが、川村カオリを最後に
    見に行ったライブ会場であった。
    IMG_0283IMG_0255IMG_0221
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