多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

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    カテゴリ: 西ヨーロッパ

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    世界遺産 シントラ
    シントラは、リスボンから電車で約40分の位置にある街全体が世界文化遺産に
    指定されている街で、それぞれ世界遺産に指定された宮殿、庭園、建造物等の
    見どころが沢山ある。 ムーア人が築いた城跡、ポルトガル王室の夏の離宮など、
    様々な年代の文化財が集積していることから観光地としても非常に人気がある。
    また、ユーラシア大陸最西端のロカ岬への観光の拠点にもなっています。

    出発はロシオ駅から
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    シントラは、歴史的な建物が多いため、この街を観光するためには、丸1日は
    必要だと思います。 ユーラシア大陸最西端のロカ岬に隠れた歴史的なスポットを
    見つけたので、次回は時間を作って、もっとゆっくりとシントラの街を観光しようと
    心に決めました。

    【シントラ】
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    ポルトガルの首都リスボンは、人口約55万人程度となっているが、周辺の都市圏を
    合わせると、300万人を越える大都市となり、ヨーロッパの中でも11番目の都市規模
    となっています。

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    ユーラシア大陸最西端のロカ岬へ
    今回は、リスボンからポルトガル国鉄に乗ってユーラシア大陸最西端を目指します♪
    地球の歩き方には30分間隔程度で電車が出ているとの記載があったものの、
    何故か40分弱待たされることとなったため、とりあえず、ロシオ駅前にあった
    カトリック教会に入りました。 ヨーロッパの街の中心地には、必ず教会があり、
    人々が集う場所となっています。 この日は、教会内でミサが行われており、
    聖歌隊による歌が披露されていました。 カトリックは、どこもかしこも装飾が
    物凄く、宗教による力は偉大だと感じました。

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    ロシオ駅
    リスボン中心部にあるロシオ駅から、ユーラシア大陸最西端のロカ岬に行く
    電車が出ています。 まずは、シントラ駅までが電車で、その先がバスでの
    移動となりますが、このシントラが、かなり歴史的な建物が多く、もう一日
    このシントラを見たいと感じたものの、日程的に翌日にはモスクワに飛ば
    なければならなかったため、泣く泣く諦めました。 次回リスボンにやって
    来る際には、このシントラを重点的に周りたいと思います。 切符を買う
    窓口では、英語がそこそこ通じました。

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    シントラ駅
    シントラ駅は終点駅であるため、ここからロカ岬行きのバスが出ていますが、
    そのバス停が非常に分かり辛い。 駅からポルトガル語で「ロカ岬行きのバス停は
    どこにありますか?」と何度も質問をしているものの、なかなか見つからず、
    途中のお土産屋で気晴らしをした次第で御座いますw

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    ロカ岬
    シントラ駅からロカ岬までは、バスで1時間弱掛かるため、夕暮れに間に合わない
    かと思いましたが、ギリギリ間に合い、何とか奇跡の画像を撮りました。
    ちょうど完全に太陽が沈み、昼と夜の中間の感じが画像にもばっちりと収める
    ことが出来ました。 後30分程度早く来ていれば、もっと綺麗な写真が撮れたと
    思いますが、この日は、スペインの南部から長距離を移動して来たため、これ以上
    早めの時間にこの地に来る事は出来ませんでした。

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    【ロカ岬】
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    既に真っ暗になったロカ岬から最終便のバスに乗り、シントラへと戻ります。
    このロカ岬に来てみたいがために、ポルトガル語を習い始めたため、感慨ひとしお。
    我、ユーラシア大陸の最西端に立てり♪

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    ヨーロッパ南部は鉄道がない
    スペイン南部の中心都市セビリアからポルトガルの首都であるリスボンまでの間は、
    鉄道が全く通っていないため、現地の乗り合いタクシー(いわゆる白タクw)を
    5人でシェアして移動することとなった。 ヨーロッパでは、乗り合いタクシーが
    移動手段として合法化されており、乗り合いタクシー専用のスマホアプリも複数
    存在する。

    まずは、セビリア市内のマクドナルド前に集合
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    乗り合いタクシーは、この様な風景の場所を通り抜けた
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    テージョ川を渡ると、もうすぐリスボン到着
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    セビリアからリスボンまでの総移動距離は約450km、移動時間は5時間弱となって
    おり、車内は運転手のスペイン人、リスボン在住のスペイン人、韓国からの旅行客
    2名と私の合計5人であった。 日本では全面的に禁止されている白タクも、
    ヨーロッパでは、アプリで普通に誰も開業できるアルバイト的な仕事であるため、
    この様な交通の便が悪い場所では大活躍。 移動ルートは、Google Mapで確認した
    ところ、スペイン内陸部を通り、途中のポルトガル国境にあるBadajoz(バダホス)で
    休憩時間を取るという経路であった。

    【リスボン】
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    今回の旅は、ポルトガルのリスボンを基点としているため、リスボンに来るのは、
    これで3回目となるため、リスボンのゲストハウスに荷物をずっと預けており、
    移動が非常に楽であった♪

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    初めて海を渡ったサムライ
    慶長遣欧使節は、慶長18年(1613年)に仙台藩主の伊達政宗がフランシスコ会
    宣教師ルイス・ソテロを正使、支倉常長を副使として、スペイン国王
    フェリペ3世、および、ローマ教皇・パウロ5世のもとに派遣した使節であるが、
    元々、この使節団は、その2年前の1611年に三陸を大規模な津波を襲ったのを
    契機に、徳川家康の許可を得て、仙台藩が単独、かつ独自に派遣した使節団
    である。

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    当時の日本は、江戸幕府による鎖国令が敷かれており、津波による大災害を
    好機へと変え、ガレオン船を建造して、海外へとその活路を見出そうとした
    伊達政宗の日本野望とも言える壮大な計画である。 この時、伊達政宗は、
    「奥州王」の名において、イスパニア艦隊の日本への派遣をこの使節団に要請
    しており、当時世界最強であったイスパニア艦隊がその政宗の要請に応じて
    いれば、日本は根底から何もかもが変わっていた可能性がある。 一説に
    よれば、徳川幕府を倒すためにこの使節団を派遣したとも言われている。

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    コレア・デル・リオ
    奥州遣欧使節は、現在の宮城県石巻市の月の浦を出航し、ヌエヴァ・イスパニア
    (メキシコ)を経由して、一路ローマを目指したが、その途中のスペイン南部に
    あるコレア・デル・リオという小さな街で長期滞在した。 この街で滞在をした
    理由は、ルイス・ソテロの出身地であるためと言われている。 この滞在には、
    諸説あるが、使節団は、最長で1年程度をこの街で過ごしたとも言われている。

    この街には、ハポン(Japón=日本)姓、もしくは、Xapón姓の人が数百人
    住んでおり、この使節団の中で日本に帰らず現地に留まり移住したキリスト
    教徒の仙台藩の藩士や使節の現地人水夫、その支援者の子孫であると言われ
    ている。

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    コレア・デル・リオ
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    政宗の野望費える
    1615年1月30日、使節団は首都マドリードにてイスパニア国王フェリペ3世に謁見を
    許された。 2月17日、支倉常長は、フェリペ3世ら臨席のもと、王立修道院の
    付属教会で洗礼を受けた。 8月22日、使節団はマドリードを出発した。 使節団は
    その後、10月25日にローマに到着し、10月29日、ローマにおいて栄誉あるローマ
    入市式を行った。 11月3日、常長、ソテロらが、ローマ教皇・パウロ5世に
    謁見し、ローマ市民権証書が授与された。 但し、交渉は難航し、結局、政宗の
    嘆願が受け入れられることはなかった。

    この使節団は、出航直後にキリシタン禁令や宣教師追放令が出たことから、
    7年後に帰国するものの、洗礼を受けていた支倉常長を当主とする支倉家は
    御家断絶の憂き目に。 ルイス・ソテロもマニラから密入国しようとしたが
    捕らえられ、寛永元年7月12日(1624年8月25日)に長崎の大村で火刑により
    殉教した。

    岩倉使節団
    QUYAE-BIE

    その後、使節団のことは語られることなく、明治6(1873)年に岩倉具視率いる
    「岩倉使節団」がイタリアのヴェネツィアで常長の書状を発見したことで、慶長遣欧
    使節の偉業が明らかとなった。 これが切っ掛けで、当時逆賊扱いをされていた
    仙台の地に、日本で2番目の高等学校、仙台第二高等学校(現在の東北大学)が開設
    されることとなった。

    使節団が持ち帰った貴重な資料は国宝に指定されていたが、2013年6月にユネスコの
    「世界記憶遺産」に登録され、仙台市博物館に保管されている。



    東日本大震災
    コレア・デル・リオでの滞在は、たった1日のみであったが、東日本大震災が
    発生した際に、このコリア・デル・リオ市が避難民を受け入れているという
    噂を聞き付け、スペイン語でコリア・デル・リオ市役所に問い合わせたところ、
    全くのデマであることが判明したため、結局、この地に住むことはなかったが、
    もし、本当にコリア・デル・リオ市が避難民を受け入れていたならば、今頃は、
    日本などからは離れて、この地で生きていたと思う。 宿泊した宿のオーナーも
    ハポンと言う人であった。

    コリア・デル・リオ市は、日本人の末裔の街であるため、日本人観光客向けに日本語
    での案内もあるのだが、肝心の日本人が、その史実を全く知らないため、ここには、
    滅多に日本人が来ないとか。 コレア・デル・リオは、セビリアからバスで1時間
    程度の場所にあるため、昔のサムライの気概を感じるために、コリア・デル・リオを
    訪れて見るのも一興だと思う。

    >>遠い帆 ~日本で始めて海を渡ったサムライ~

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    アンダルシアの旅
    スペイン最南端のアルヘシーラスから路線バスでアンダルシア州の中心地、
    セビリアを目指します。 この地域は鉄道が全く通っていないため、移動手段は
    バス、または、乗り合いタクシーのみ。 当初、乗り合いタクシーに予約を
    入れたところ、断られてしまったため、仕方なくバスに乗りました。
    アルヘシーラス→セビリアまでは、5時間程度掛かりますが、途中、トイレすら
    ない場所で20分程度の休憩の後、更にセビリアを目指します。 バスの運転手は
    女性の方でしたが、ヨーロッパでは女性のバスの運転手は全く珍しくはないものの、
    日本では、女性のバスの運転手は、まだまだ少数派。

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    夜の8時近くにようやくセビリアへと到着。 セビリアは、スペイン南部
    アンダルシア州の州都、並びに、セビリア県の県都で、人口は約70万人程度しか
    いなものの、闘牛やフラメンコの本場であるため、観光地としても人気があります。
    通常の観光客は、アンダルシアに宿泊をする際には、このセビリアを選びますが、
    ここからバスで約1時間の場所にあるコレア・デル・リオを宿泊地にしたため、
    更にバスで移動します。

    【夜のセビリア】
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    バスの時間があるため、余りゆっくりとは出来なかったものの、街の中心部を
    ざっと観光の後、バスの運転手に確かめて、コリオ・デル・リオ方面のバスに
    乗ったつもりが、Google Mapを見ていると、全くの逆方向に行っていることが
    判明したため、20分ほどバスに乗ってから、途中で降りて、今度は、逆方向の
    バスに乗って、また同じ場所へと戻ることとなりました。。 スペイン人の言って
    いる内容は、相当適当なのと、英語がさほど通じないため、確かめたつもりが、
    適当に受け流されていたということは多々あります。。 よって、セビリアで
    1時間半以上も時間を無駄にしてしまいました。。

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    ジブラルタル
    スペイン最南端にあるアンヘシーラスからバスに乗り、イギリス領の
    ジブラルタルへと向かいます。 アンヘシーラス駅前にあるバスターミナルから
    ジブラルタルへは、直接行く事が出来ないため、ジブラルタルとの国境の
    手前までバスで行き、そこから5分ほど歩いて国境を越えます。

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    同じEUとは言え、イギリスはEUからの離脱を表明しているため、この国境は
    なくなるどころか、更に強化されるのでしょう。 スペイン政府は、
    このジブラルタルを返還するよう求めていますが、イギリスが全く
    応じないのだとか。

    ジブラルタルは、イギリス領であるため、使用通貨はポンドですが、実際は、
    ほぼスペイン領であるため、ユーロも普通に使うことが出来ます。

    【ジブラルタル】
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    ジブラルタルは、8世紀よりムーア人、レコンキスタ後はカスティーリャ王国、
    16世紀よりスペイン、18世紀よりイギリスの占領下にあるが、その領有権を巡り
    今もイギリスとスペインの間に争いがある。

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    ジブラルタル海峡を越えて
    船でアフリカ大陸側のセウタからヨーロッパ側のアンヘシーラスへと渡ります。
    どちらもスペイン領のため、国内移動の扱いとなるものの、出国手続きがあるため、
    パスポートの提示が必須です。 ジブラルタル海峡を渡る時間は1時間程度と
    短いため、対岸が完全に見えており、アフリカからヨーロッパへ渡ると言う
    感覚は余りありません。 船内では、甲板に出ることが出来ますが、意外と
    揺れるのと、波が荒いため、気を付けないとかなり濡れます。

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    【ジブラルタル海峡】
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    ジブラルタル
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    ハワイのダイヤモンドヘッドのような山がある場所がイギリス領のジブラルタル。
    ジブラルタルの住民は、主にスペイン語で話していますが、イギリス領のため、
    英語も非常に堪能です。 実際にスペイン語だけで話しているのであれば、
    別にスペイン領にしても良いと思いますが、そこは大英帝国のプライドが
    許さないのでしょう。

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    セウタは、アフリカ大陸北部にあるスペインの飛地領で、ジブラルタル海峡に
    近い地中海沿岸に位置している。

    モロッコから歩いて国境を越えてスペインへ
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    掘っ立て小屋風の出国手続き所
    (ここで手続きを忘れると、再度ここまで戻されます)
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    スペイン入国!
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    スペイン入国後はこのバスでセウタへ
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    サンフェリペ壕
    セウタにあるサンフェリペ壕は、15世紀にポルトガル人がジブラルタル海峡を
    通過する船を見張り、セウタを防衛するために築いた要塞で、ポルトガルが
    スペインに併合されて以来、セウタはスペイン領となっている。

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    サンフェリペ壕は、「壕」と言うよりも、非常に頑丈な造りであるため、「要塞」と
    言った方が分かりやすい。 ジブラルタル海峡にあるため、対岸のヨーロッパは
    すぐ目の前。 ヨーロッパはどこも戦争の歴史であるため、このような強固な施設が
    必要だった模様。

    【セウタの中心街】
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    セウタの地名は、7人兄弟(の城)(七つの丘のこと)を意味すセプテム・
    フラトレス(ラテン語: Septem Fratres) から派生したとされる。

    スペインの植民地の要塞は、スペインの後に世界帝国を築いた英国の拡大に
    対して築かれたものが多いのだが、セウタはその英国以外にも、地続きの
    アフリカの攻撃に対しても守りを固めねばならず、現在のセウタ中心部と大陸を
    隔てるよう、壕が掘られ、海の水が引かれています。

    アフリカ大陸から望むヨーロッパ(ジブラルタル海峡)
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    坂の街リスボン
    港町はどこも高低差が激しく、坂道が多いため、リスボンにはケーブルカーが
    2か所あります。 リスボンは、その高低差がそのまま地名となっており、
    「Alta(アウタ)」地区は「高い」と言う意味で、「Baixo(バイショ)」地区は
    「低い」と言う意味です。

    【ケーブルカー】
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    リスボンのケーブルカーは、乗車時間がものの5分程度しかありませんが、実は、
    歩いても余り時間は変わらず、単に楽に坂の上に登れるという代物。 この場所が
    リスボンの絵葉書に一番出て来る風景のため、最もリスボンらしい景色と言えます。
    ほんの数百メートルしかない路線であるため、実は、ケーブルカーを待っている
    間に、歩いた方が早いです。

    【リスボン】
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    ポルトガル土産は、陶器の焼き物が多いのが特徴で、特に、ニワトリの置物が
    ポルトガル土産の定番となっています。

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    日本に初めてやって来た外国人とは、一体何人なのだろうか? 記録上、
    日本に初めてやって来た西洋人は、1543年種子島に漂着したポルトガル人商人、
    フランシスコとキリシタ・ダ・モッタと記録されている。

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    この様な経緯により、ポルトガル語が日本語に果たした役割は非常に大きく、
    日本語として日常的に使われるようになったポルトガル語の単語には、以下の
    ような物があります。

    ポルトガル語 本来の意味 外来語
    Bateira 小舟バッテラ
    Balanço ブランコ 左右の動き、横揺れ
    Bando ギャングバンド
    Biscoitoビスケット、ビンタビスケット
    Bôlo お菓子・ケーキボーロ
    Caramelo 焼き砂糖・カラメルキャラメル
    Cambodia カンボジアカボチャ
    Carta 手紙・トランプカルタ
    Castelo カステラ
    Capaマント・袖なし外套カッパ
    Charamelaチャルメラキャラメル
    Cristãoキリスト教徒キリシタン
    Confeito糖菓子
    Copoコップコップ
    frasco陶器の小びんフラスコ
    gibão肌着・シャツ襦袢
    jarro取手付きの水差しジョウロ
    ombroおんぶ
    órgão機関、器官オルガン
    padre神父、司祭バテレン
    pãoパン、食料パン
    raxaラシャラシャ(羅紗)
    saraçaサラササラサ(更紗)
    tempêro調味料てんぷら
    tabacoタバコタバコ
    veludoベルベットビロード
    vidroガラスビードロ
    zamboaザボンザボン

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    南ドイツの中心都市ミュンヘン
    ミュンヘンは、ドイツ第3の都市で、南ドイツの経済と文化の中心地。
    空港からミュンヘンの中心街へ行くためには、ドイツの郊外電車Sバーンを
    利用すると非常に便利。 このSバーンに揺られること約45分程で、マリエン
    広場までたどり着きました。 ドイツ語の「Marienplatz(マリーエン・プラツ)」の
    意味は、「マリア広場」で、ドイツ語は、スペースなしで単語をそのまま連結する
    ことができるため、慣れないと単語が非常に長く感じるものの、単語の切れ目が
    分かるため、そこで意味を判断すると分かりやすく、ドイツ語は、世界一合理的な
    言語とも言えます。

    ドイツの鉄道は、自分で打刻が必要
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    【Sバーン路線図】
    munich

    【冬の食べ物】
    南ドイツの冬の風物詩と言えば焼き栗ですが、「栗」はドイツ語では、
    「Kastanien(カシュターニエン)」と言うものの、焼くと何故か「Maroni
    (マローニ)」となり、イタリア語へと変わる。 お隣りオーストリアの
    ウィーン方言もミュンヘンと大体同じで、こちらでも、「焼き栗」は、
    やはり「Maroni(マローニ)」と言います。

    焼き栗屋
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    ミュンヘン新市庁舎とフラウエン教会は、どちらも非常に重厚な建物で、
    ミュンヘンのシンボル的な建物となっています。 新市庁舎の方では、毎時
    定時になると、仕掛け時計が動き出すため、絶好のシャッターシャンスと
    なります。

    ミュンヘン新市庁舎
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    フラウエン教会
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    【ミュンヘン】
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    南ドイツの春の風物詩
    南ドイツ名物の「Maibaum(マイバウム)」は、5月のお祭りの時期になると、
    南ドイツでは割と普通に建てられる春のシンボル的な存在ですが、実は、
    これと同じ物が札幌の大通り公園にも置いてあります。 こちらは、
    ミュンヘン市から姉妹都市である札幌市へと寄贈された物。

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    ドイツの標準語とは
    ドイツは東西南北で言語も風習も大きく異なるため、それぞれの地方の方言を
    聞いているだけでも楽しい。 特に、ミュンヘンは、南部の訛りが非常に強い
    バイエルン弁を話している地域となっており、この方言は、オーストリアと
    概ね同じとなっている。 ドイツでは、通常、標準語ではなく、それぞれの
    地方の方言のみで話していますが、他の地域の人達と話す時だけは、標準語で
    ある「高地ドイツ語」で話しています。

    【マリエン広場】
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    モハーの断崖へはツアー参加がお勧め
    ダブリンからバスで3時間半程離れたアイルランド島の反対側にある
    ゴールウェー、更には、その先にある風光明媚な景勝地、モハーの断崖までの
    ツアーに参加しました。 当初は、自力でモハーの断崖まで行こうかと考えて
    いたものの、調べたところ、バスの本数が全体的に少なく、ツアーの方が効率
    良く回れるため、ツアーでこの地を訪れることにしましたが、西アイルランドの
    主な見所を概ね見て回れたため、非常に大満足の旅でした。

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    ゴールウェイ
    西アイルランド中心都市ゴールウェイの中心部は、まだまだクリスマスの
    飾り付けが残っていました。 軽いツアーガイドによる街の案内に続き、1時間の
    フリータイムとなります。 ゴールウェイ市自体は、人口7万人弱の小さな街で
    あるため、歩いて回ってちょうどの大きさの街でした。

    【ゴールウェイ中心部】
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    聖ニコラス・アングリカン教会は、アイルランドに現存する中世の最大の教会で、
    西アイルランドにおけるカトリック教会の中心的な存在。 ヨーロッパは、基本的に
    街中に必ず教会があり、そこから中心部が形成されているため、生活と宗教が密接に
    つながっていることが良く分かります。 質素なプロテスタントの教会とは異なり、
    カトリックの教会は、豪華絢爛な装飾があるため、一目で見分けることができます。

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    ゴールウェイからモハーの断崖へと移動中に、車窓から古城が幾つか見えました。
    アイルランドでは、主に英語を使用していますが、この付近では、伝統的に今でも
    ゲール語が話されているそうです。 尚、アイルランドの海岸沿いには、断崖絶壁が
    複数ありますが、それらの場所では、あの「スターウォーズ」の撮影が頻繁に
    行われていたそうです。

    モハーの断崖
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    ゴールウェイから更に45分程度南下した西アイルランド屈指の景勝地、
    モハーの断崖。 断崖沿いに柵がありますが、半分以上の人達が、柵の外側を
    歩いていたため、真似して外側を歩いて見ましたが、日本だったら、間違いなく
    自殺の名所になると思いましたw 日本では、この様な場所は、日本海側に多く
    ありますが、太平洋側には余りないと思います。

    【モハーの断崖】
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    モハーの断崖からダブリンに戻る途中で、アイリッシュパブのお店に立ち寄り、
    1時間ほどの小休止時間となりました。 アイルランドでは、「シードル」の事を
    何故か「サイダー」と言います。

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    大晦日のダブリンは、幾分せわしない雰囲気でしたが、街を彩るイルミネーションが
    綺麗なものの、その後の年越しの際には、花火が多少上がった程度で、物足りない
    感じがしました。

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