東京通詞 ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

世界80言語対応の多言語翻訳『東京通詞』を運営しています。 お見積もりはお気軽に『お問い合わせ』からお願い致します (^-^)b



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    カテゴリ: 東ヨーロッパ

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    ベオグラードから、ヨーロッパ最大の人口1,100万人の人口を抱える
    モスクワへと到着。 東京23区の人口は、900万人弱しか居ないため、
    モスクワ市の方が200万人程度人口が多いことになります。 モスクワは、
    この20年間で中国をも上回る大幅な経済発展を遂げました。 機内から下に
    見えているのが、「モスクワ」の名前の由来となった「モスクワ川」。

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    ソ連の時代は、上空からの空撮は絶対に禁止されていたのだが、今では、
    どこで写真を撮ろうが日本よりも自由。 尚、モスクワには、この
    シェレメチェヴォ空港を含めて、合計で6つの空港があります。
    チェレメチェヴォ空港→ドモデドヴォ空港の移動には、特急+地下鉄+特急
    でも2時間程度は掛かりますが、タクシーで移動すると、大渋滞にはまり、更に
    大幅に移動時間が掛かるため、絶対にお勧め出来ません。 モスクワでは、
    タクシーは値段交渉制であり、アプリで予約をするのが普通のため、モスクワ
    滞在前には、Yandex Taxi を登録をしておいた方が便利。

    【モスクワ】
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    ベオグラードからの機材は、今回はシェレメチェヴォ空港ターミナルF
    (旧シェレメチェヴォ第1空港)に到着したため、ターミナルD
    (旧シェレメチェヴォ第2空港)までの移動に45分程度掛かりました。
    モスクワで1時間半の乗り換え時間があったため、お土産を購入しようかと
    思っていたところ、全く時間が足りず、友人用のお土産として、目の前に
    あったチョコレートを購入するのが精一杯でした。

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    尚、シェレメチェヴォ空港は、ロシア語、英語、中国語併記ですが、中国語が
    分かりやすくて一番便利w

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    ベオグラード最終日は、中心地にあるスカダルスカ通り(Skadarska)で
    代表的なセルビア料理とセルビア(トルコ)コーヒーを頂きました。

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    お隣りのボスニアでは非常に苦いコーヒーしかなかったため、ベオグラードでも
    再度注文してみたものの、やはり、非常に苦い。 付け合せのスウィーツが
    なければ、非常に厳しいほろ苦さw ヨーロッパでは、ウィーン風のコーヒーが
    主流(日本と同じ)だが、セルビアは、オスマン・トルコによる支配が
    長かったため、この様なトルコ風がメインで、粉が沈殿するのを待ってから
    飲みます。

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    【スカダルスカ通り


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    日本でも飲まれているウィーン風のコーヒーの飲み方は、オスマン・トルコ軍の
    ウィーン包囲後にウィーン市民が粉を濾して飲む方法を開発したことにより、
    全世界に広まった飲み方で、ウィーンからコーヒーと共に世界中に広まったのが
    クロワッサン。 クロワッサンは、ハプスブルグ家のマリー・アントワネットが
    嫁入りの際に、お抱えの調理師と共に、フランスのブルボン家に入り、そこから
    世界へと広まったため、フランスの食べ物と勘違いしている人が多い。

    ベオグラードでの最終地、旧ベオグラード中央駅は、新ベオグラード中央駅が2キロ
    ほど先に完成したため、既に閉鎖されているものの、ニコラ・ステラ・ベオグラード
    空港へ行くための空港シャトルバスは、今でもこの旧ベオグラード中央駅の隣
    (非常に分かり辛い)から出ています。

    べオグラードからの帰りの飛行機は、共同運航のエア・セルビアではなく、
    アエロフロート・ロシア航空。 ロシア語で全て言ってくれるため、非常に楽。
    エア・セルビアは、セルビア語と英語のみでの機内放送でした。 ドナウ川を渡り、
    パンノニア平原を超え、ウクライナ、ベラルーシ上空を通過して、ロシアへと
    戻ります。

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    ポドゴリツァから夜行列車に乗り、早朝の7時前にベオグラード中央駅に到着。
    このベオグラード中央駅は、ほんの数ヶ月前に新たに開業したばかりの駅らしく、
    旧ベオグラード中央駅は既に閉鎖されていた。 但し、空港行きのバスは、
    その閉鎖された旧中央駅前から出るという、不条理極まりない状況を知ったのは、
    このベオグラード中央駅に着いて暫く経ってから。

    【ベオグラード中央駅付近】
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    ここから旧中央駅までは、約2キロ弱離れているが、早朝に到着してしまったため、
    折角なので、ここから数時間掛けて、ベオグラードの街を歩き回りました。
    とりあえずは、中央駅からさほど離れていないセルビア正教最大の教会である
    聖サワ大聖堂へと行きました。 朝が明け切らない時間帯に到着したため、
    まだライトアップされていました。 旅先では、基本的に足で歩くことに
    しているため、ベオグラードでもかなり歩き回りました。

    聖サワ教会は、まだ朝の7時過ぎであったため、開いてはおらず、適当に歩いて
    いたところ、更に違うセルビア正教会があったため、中に入って見ました。
    正教会は、基本的に、どこも大体同じですが、セルビア正教会には、何故か
    ろうそくが立っていなかった。 ろうそくの販売はあったものの、何故か
    ろうそくに火をともして立てている人が居なかったのは、参拝者が少ないから
    なのか?

    【セルビア正教会
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    そこから、更に暫く歩き、ベオグラード市最北端のドナウ川沿いにある
    ベオグラード要塞まで行きました。 この対岸からすぐの場所から、ハンガリー
    (マジャール)人の自治共和国、ヴォイヴォディナの領土となる。 セルビアは、
    国内にコソヴォの他に、すぐ目の前にも他民族のヴォイヴォディナがあるため、
    地政学的に非常に不安定となっている。 現在、ロシアと最も友好関係を保って
    いるのが、このセルビアだが、ロシアに頼っているのは、地政学的な理由が
    大きいと思われる。

    ベオグラード要塞には、何故か、恐竜を模した公園があるのだが、有料であったため、
    とりあえずは無視し、セルビア料理を食べにベオグラードで一番の繁華街へと
    向かいます。 セルビアは現在、キリル文字からラテン文字(ローマ字)への
    移行期間となっており、古い看板はキリル文字、新しい看板はラテン文字で記載
    されている。 発音的には全く同じなのだが、元々、セルビア語とクロアチア語は、
    文字が異なるため、別言語とされていたものの、セルビア語もラテン文字になって
    しまった場合は、その違いは、宗教だけとなる。

    【ベオグラード要塞
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    ティラナ中心部にある広場は非常に明るい雰囲気で、また来たくなるような国
    アルバニア。 元々社会主義の国なので、建物は重厚な造りとなっています。

    ティラナで見る物と言えば、放置されたピラミッドぐらいだが、共産党時代に
    建設された物が今でも放置されているとか。 とかく、旧共産主義国家には、
    〇〇廟なる崇拝施設があるのだが、アルバには、そのような物はない模様。

    【ティラナ】
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    ティラナのバスターミナルは、中心部から歩いて約30分の場所にあり、鉄道の便は
    更に少ないため、東欧の移動はバスが主流となります。

    【バスターミナルの場所】

    ティラナのバスターミナルは、東欧に良くある情報が一切何も書いていないため、
    行き先表示板もなければ、案内所もないため、適当な窓口に入って、ポドゴリツァ
    行きのバスのプラットフォームを確かめたものの、定刻よりも15分程度遅れている
    そうで、暫く外でバスを待つことになりました。

    【ティラナ中心部~バスターミナル】
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    ティラナを出てモンテネグロへ向かう途中、アルバニア最古の都市にして、第4の
    都市であるシュコドラを通ったのだが、こちらの街もかなりの経済発展を遂げて
    いる様で、こちらは、元々は、モンテネグロ領だったらしい。

    シュコドラを越えて、再度モンテネグロへと入る際の国境がなかなか曲者で、国境を
    越えるだけで1時間以上も掛かりました。 モンテネグロに入ってからは、首都の
    ポドゴリツァまでは、ものの20分程度という至近距離です。

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    アルバニアは、長らく「ヨーロッパ最貧国」と呼ばれ続けて来たのだが、
    大規模内戦により、ウクライナがヨーロッパ最貧国に落ちたため、アルバニアは
    非常に貧しい国のイメージを持っていたのだが、今では、このように凄まじい
    経済発展を遂げ、物価も東京並と、ヨーロッパの中では非常に安いものの、
    アルバニアにすら追いつかれてしまった日本を見て、非常に情けなくなりました。

    【ティラナ】
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    ティラナの広場では、ビアガーデンが開かれており、長年鎖国政策を採っていた
    国とは思えない程、非常に明るい感じがしました。 今時、日本製品程度の
    商品は何処ででも手に入るため、中国人による爆買いが日本では全くなくなった
    のも、そういう意味だと思います。 アルバニアは、コソボ人の国であり、
    隣国であるコソボとの併合を望んでいるものの、コソボは大国の利権が複雑に
    絡んでいるため、アルバニアとコソボの合併は容易ではない。 アルバニア人は、
    見た目的にも、スラブ人とは全く異なり、髪の毛や目が黒く、どちらかと言うと、
    ギリシャ人に見た目が似ていると思います。

    【夜のティラナ中心部】
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    アルバニアは、長年鎖国政策を敷いていたため、他の社会主義諸国とは、全く
    別の道を歩んでいたものの、ここにも近代化の波が押し寄せ、日本とも差ほど
    違わない生活がおくれるようになりました。 しかも、後から発展した国の方が、
    建物が真新しいため、アルバニアは今後かなり発展するのではないかという
    可能性すら感じました。

    双頭の鷲をシンボルにしている国は、ヨーロッパでは非常に多いものの、
    黒い鷲に赤の背景は、ショッカーの旗を連想させるため、悪の帝国・・・
    ではなく、非常にかっこいいですw

    お土産品として、マグネットや木工品を置いてあるのは、ヨーロッパ各地で共通。
    長年鎖国をしていたとしても、文化はある程度ヨーロッパと共通であることが
    分かります。

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    日本では余り知られていないモンテネグロ。 同じセルビア人同士の国で
    あるため、旧ユーゴスラビィア連邦からの独立当初は、セルビアとの連合国家
    「セルビア・モンテネグロ」という名前でした。 同じ旧ユーゴの国同士とは
    言え、クロアチアはEU、モンテネグロは未だ貧困国家であるため、国境越えは、
    かなり厳しい検査があり、1人づつ全員バスを降りてのパスポートチェックが
    ありました。

    【コトル】
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    「モンテネグロ」とは、イタリア語で「黒い山」という意味で、モンテネグロ
    (セルビア)語では、「ツルナ・ゴーラ」と言うのが正式な国名です。 その名の
    通り、海と山が美しい大自然の国です。 ドゥブロヴニクからは、ティラナ行きの
    直通バスがないため、一旦、古都コトルで乗り換えて、そこから再度ティラナを
    目指します。

    古都コトルでバスターミナルからさほど遠くない場所に古城が見えたものの、
    東欧ではインフォメーションヤアナウンスがないことが殆どであるため、バスの
    出発時間が全く分からず、30分程度、バスターミナル内で時間を潰したものの、
    コトルにも見所が多いため、次回、時間のある時に、再度コトルを目指します。

    ドゥブロヴニクからモンテネグロのコトルを抜けて、無事にティラナへと到着
    しました。 写真は、モンテネグロとアルバニアの国境。 ドゥブロヴニクから
    ティラナまでは、約11時間のバスの旅ですが、途中でトイレが一ヶ所もないため、
    それ相応の準備をしないと大変なことになりますw 国境地帯には、逆方向に
    トイレがあったため、頑張れば、反対側のトイレまで行けるかも知れません。

    【ポドゴリツァ】
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    モンテネグロの首都であるポドゴリツァは、「山下」と言う意味で、旧ユーゴ
    スラビア時代は、指導者に因み、「チトーグラード」と言う名前でした。
    ポドゴリツァという名前の通り、山が真近に見える大自然豊かな国が
    モンテネグロです。 尚、ポドゴリツァ駅では、首都の駅とは思えない程
    小さな駅で、同じセルビア人なのであれば、別にセルビアで良いのでは?と
    思ってしまいました。

    ポドゴリツァには、特に見る物がないため、ものの数時間の滞在でしたが、
    駅前を散策して見たところ、何故かロシアの文豪、プーシキンの銅像がありました。
    シンボルである双頭の鷲は、お隣のアルバニアと同じですが、色が黒ではないため、
    ショッカーの旗には見えませんでしたw

    ポドゴリツァからベオグラードまでの鉄道は、実は、隠れたヨーロッパの
    絶景路線で、山と谷の連続のため、ちょっとしたスイス気分を味わえる
    穴場的な路線。 夜行列車であるため、途中からは暗くなりましたが、元々
    「セルビア・モンテネグロ」という同じセルビア人の国だったのに、国境では、
    やはり、パスポートチェックがありました。

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    ドゥブロヴニクの様な城壁に囲まれた旧市街地は、ヨーロッパでは、さほど
    珍しい物ではないものの、15年程前までのクロアチアは、非常にマニアックな
    場所であり、「旅の通」以外は誰も行かなかったのだが、今では、誰でも気軽に
    行けるようになったため、観光客が激増しました。

    アドリア海に面したドゥブロヴニクは、観光業がメインであるため、様々な
    お土産がありますが、物価が非常に高いため、長居は禁物。 有名観光地だけ
    あって、英語が完全に通るものの、東欧旅行の醍醐味は、英語が全く通じない
    というところなので、何か物足りなさも感じつつ、非常に西欧化されているため、
    東欧という「暗い」雰囲気は全くありませんでした。

    ドゥブロヴニクの前に訪れたモスタルも満員電車並みの観光客でごった返して
    いたが、イスラム圏からの観光客が多いモスタルとは、客層が全く異なり、
    ドゥブロヴニクは西欧からの観光客ばかりで、たまに日本人もチラホラおりました。

    【ロープウェー】
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    ドゥブロヴニクの旧市街は、地上を歩くというよりも、ロープウェーに乗って
    上空から見下ろすか、または、城壁を一周しながら旧市街を見るのが一般的。
    このロープウェーの料金が結構高かったため、片道だけ乗ろうかと迷ったのものの、
    余り時間がなかったため、この際奮発して、ロープウェー往復と城壁めぐりを
    しました。 時間があれば、片道は歩いたと思います。 尚、このローウェーの
    チケットは、手前側にあるチケット売り場ではクレジットカードが使えないため、
    ロープウェー乗り場脇にある方のチケット売り場の方が便利。

    ロープウェーに乗ると、山頂まで一直線で行けますが、40分程度で山頂まで
    登れるため、一部の人達は徒歩で登山をいていました。 山頂からの景色は、
    赤レンガの街並みが美しいものの、山頂からの旧市街は見た目的にも若干
    遠いため、城壁めぐりの方が、街並みの散策には向いていると思いますが、
    ハイシーズンとは言え、城壁に登るだけで、2,500円は少々高過ぎると思います。。

    【城壁めぐり】
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    カトリック教会が、山頂に巨大な十字架を建てているのは、旧ユーゴ内はどこでも
    同じで、他の宗派と区別するためだと思いますが、イスラム教がコーランを流して
    いるのに対抗してこうなったものと思われます。

    山頂へのロープウェーに引き続き、清水の舞台から飛び降りた気持ちで2,500円を
    現金で支払い、城壁1周にチャレンジ。 この城壁は、ほぼ休みなしで歩いても
    約1時間半程度は掛かります。 その途中に、ビール屋やカフェ等がありましたが、
    チケットの抜き打ち検査もあるため、チケットをなくすと、そこで下に
    降ろされます。


    城壁めぐりは、アップダウンが結構きついのと、所々、階段で上に登れるように
    なっているため、合計すると、かなりの運動量となります。 新市街から旧市街
    までは、歩いて30分程度掛かるため、総合すると、かなりの距離を歩いたことに
    なります。 城壁を一周したところで、ちょうど太陽がとっぷりと沈みました。

    【夜の旧市街】
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    このまま新市街にある宿まで歩き、翌日は朝の7時過ぎのティラナ行きの直通バスに
    乗ったつもりが、途中にあるモンテネグロの古都、コトルでの乗り換えでした。
    乗り換え時間を全く言わないのと、途中にトレイが一切ないため、12時間半も1度も
    トイレには行けませんでした。

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    旧ユーゴスラビア連邦の中でも断トツの経済力を誇っていたクロアチアは、
    現在ではEU加盟国であり、旧ユーゴの中心国家であったセルビアとは、
    全く違う道を歩んでいます。 今回は、クロアチア最南端にある
    「アドリア海の真珠」の異名を持つ美しい街、ドゥブロヴニクを訪れました。 

    元々、旧ユーゴ連邦崩壊の原因は、南北の経済的な格差であったため、
    クロアチアにとっては、無駄な支援国であったマケドニアやモンテネグロを
    ぶった切った結果、非常に経済成長を遂げていました。 観光地である
    ドゥブロヴニクは、物価が非常に高く、東京の2~3倍強の物価であるため、
    丸1日程度しか滞在しなかったのにも関わらず、1万円超もの出費を
    強いられました。 以前の東欧旅行は、物価が安いことが最大の魅力だった
    のに、日本が落ちぶれ果てたのか、今では、それすらなくなりました。

    【新市街】
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    ここまでの旧ユーゴの旅では、東方正教会とイスラムの世界を抜け、今度は
    完全なるカトリックの世界へと入りました。 特に、ドゥブロヴニクの場合は、
    東欧随一の有名観光地であるため、至る所、観光客だらけで、非常に開放的な
    雰囲気の街並みからは、大規模な内戦がこの場所でもあったとは到底思えない
    程の目覚しい復興を遂げていました。 手前の建物を大きくして奥を小さく造る
    建築様式は、敵の目を欺くためのもので、この街が元々は要塞であることを
    まざまざと見せつけられました。 旧市街は、内戦時にかなりの部分が破壊
    されましたが、その後、復旧されました。 今では、押しも押されぬ、東欧を
    代表する一大観光スポットになっています。 アドリア海に面しているため、
    イタリアからの観光客が多いものの、その他、全世界から、この街へと観光客が
    押し寄せて来るため、東欧にしては、英語が非常に通じます。

    【旧市街】
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    ドゥブロヴニクでの滞在時間は1日のみで、実質の滞在時間は、18時間でした。
    小さな街と言えども、歩くとかなりの距離があるため、この日はちょっと
    贅沢をして、クルーザーで沖まで出て、外洋から旧市街を見ることにしました。
    1周約1時間でロクロム島の周囲をぐるりと周り、元の港へと戻るコースを
    選びました。 グラスボートのため、海中を見ることが出来ましたが、
    そのような場所には目もくれず、デッキ部分で足を海に投げ出して、存分に海を
    肌で感じながらのクルージングとなりました。 時折、魚の居るポイントを
    通るため、そこを通る時だけ、スピードを落として、ガラス越しに海底見る
    という趣向のクルージングでした。 同じ旧市街でも、海上から見る景色は格別で、
    ドゥブロヴニクを訪れた際には、絶対に船に乗った方が良いです。

    ロクロム島の反対側には、実は、ヌーディストビーチがるため、船からは、
    あられもないお姿が丸見えでしたが、ヨーロッパの主なポイントには、
    ヌーディストビーチがゴロゴロあるため、目のやり場に困りますw 海上には、
    カヌーをこぐ人や、泳いでいる人達も沢山居ましたが、9月で若干水が冷た
    かったものの、ヨーロッパでもかなり南に位置している場所であるため、
    まだまだ泳げる水温でした。

    【クルージング】
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    旧市街からは、色々なパータンの遊覧船が出ているため、事前に調べてから
    行った方が、より満足できる船旅になると思いますが、時間がなかったため、
    直近で出る船に乗りましたが、それでも、大満足のクルージングの旅でした♪

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    独立アンチ・ドーピング委員会
    2016年7月22日、ロシア連邦政府の会合で、ウラジミール・プーチン大統領は、
    スポーツにおけるドーピング使用に対抗するため、ナショナルプランの実施が
    重要な「独立アンチドーピング委員会」の創設を提案した。

    我々の組織は、2016年7月のロシアのプーチン大統領の提唱により設立された。
    政府の会合で演説した大統領は、「スポーツは潔白でなければならず、競技選手の
    健康を確実に保護すべきだ」と非常に重要な発言を行った。 これは、当委員会の
    主な指標とされています。

    既にご存じのように、近年の世界の競技界は、更に深刻なドーピング問題に直面
    しており、この問題は多くの国々に影響を与えています。 残念なことに、この
    問題はロシアにおいては他国よりも酷く、リオ オリンピックから1部的に実施され、
    ロシアパラリンピックチーム全体が競技前に出場停止されるかも知れないという
    前代未聞の騒動に発展しました。今日、禁止薬物使用に関連するロシア競技界には
    深刻な問題があり、積極的に排除する必要性があるという事実を認識しなければ
    なりません。

    ドーピングとの闘いは、国家的な考えとなるはずです。 我々は、最も貧困な
    地域に深く浸透しているこの問題をたゆまぬ努力によって、解決することができます。
    我々は、若者や、失格した競技選手の間でドーピングの問題があること既に知って
    います。 これは絶対に受け入れられない。 我々は、行動規範違反に対する責任を
    強化するために、関係当局と共に早急な措置を講じます。 我々のアイデアは全て、
    国家的なアンチ・ドーピング計画の基礎となります。

    独立アンチドーピング委員会会長 ヴィタリー・スミルノフ

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    ロシアドーピング問題に対する国際オリンピック委員会(IOC)の対応
    2017年12月5日日本時間深夜、スイス、ローザンヌで行われた国際オリンピック
    委員会(IOC)の理事会で、2018年の平昌オリンピックへのロシア人選手らの
    代表団としての参加が退けられた。 一方でロシア国旗を掲げず、個人資格という
    形での参加は認められた。

    IOC理事会にはフィギュアスケート世界選手権を2連覇したエフゲニア・
    メドベージェワ選手もロシア代表団の一員として加わり、トーマス・バッハ会長を
    はじめとする理事会のメンバーにスピーチを行った。

    ca9d1175

    【メドベージェワ選手のスピーチ全文】
    尊敬する会長、理事会のメンバーの皆さま、
    私にとりまして、今日ここに列席いたしておりますのは大変名誉なことです。
    ロシア人スポーツ選手を代表いたしまして、みなさまに一言申し上げる機会を
    いただきましたことを感謝申し上げます。

    私は最後の瞬間まで、ロシアのスポーツに関する否定的な報道には努めて注意を
    向けないようにしてきました。 私は、私どものような「潔白な」ロシア人選手は
    何も悪くないと考えてきたからです。 実際にアンチドーピング規則に違反した
    人がいたとしても、私どもはこれには何の関わりもありません。

    2014年、私は14歳でした。 ロシアのシニア代表団には加わってもいません。
    私個人にとりましては、平昌はオリンピック競技の特殊な雰囲気に浸る初めての
    チャンスとなるはずのものです。 私とロシア代表団の私の同志たちが、なぜ
    このチャンスをはく奪されねばならないか、私には分かりません。

    私は多くの様々な大会に参加してまいりました。 そして2度の世界チャンピオン
    というタイトルを獲得しましたことを極めて誇りに思っております。ですが
    オリンピック、これは私の夢なのです! どんな人間も夢を持っています。
    そしてあなた方もご自分の夢をかなえるチャンスをお持ちだったはずです。
    私にもそれと同じことを許してください! 自分のスポーツ人生で平昌以後、
    はたして次のオリンピックがありうるか、私には分かりません。

    私は常に、オリンピックに出場するためにはリンクの上で戦わねばならないと
    思ってきました。 残念なことに今の私にわかっているのは、このチャンスを
    私には一切関わりのない状況のために逸しかねないということです。

    オリンピックにロシアの国旗を掲げず、無国籍の選手として出場するという
    ことは、私には受け入れられるものではありません。 私は自分の国を誇りに
    思っております。私にとりましてはオリンピックで国を代表することはそれは
    大きな名誉なのであり、これが出場する私に力を与え、鼓舞してくれるのです。

    この他に、私にとりましてオリンピックは個人の競技としても代表チームの
    競技としても同じくらい重要なものなのです。 もし国旗を掲げずに出場する
    ことになれば、代表チームとしての競技はできません。 ところが他の私の
    ライバルたちにはその可能性はあるのです。 オリンピック憲章には、
    スポーツマンは全員平等な可能性を有していなければならないと書かれています。
    ですがこうなった場合、平等はありえません。

    800533

    モスクワでサッカーW杯組み合わせ抽選会
    ロシア抜き? サッカーW杯ロシア大会を主催国なしで開催する提案

    尊敬する理事会のみなさま! もし私が平昌オリンピックに出場することに
    なった場合、みなさまを失望させないよう、自分の国とオリンピックの運動
    自体を立派に代表できるよう全力を尽くすことをお約束します。 ご清聴
    ありがとうございました。」 IOCがロシア人選手らから代表団としての
    五輪参加権をはく奪したことについて、IOCのトーマス・バッハ会長は
    「これはオリンピックの公正に対する前代未聞の攻撃だった。 このため、
    IOC理事会はこうした決定をとった」と語っている。

    IOC理事会の会合ではロシア代表者らにスピーチのチャンスが与えられ、
    ロシア・オリンピック委員会のアレクサンドル・ジューコフ委員長、
    独立社会アンチドーピング委員会のヴィターリ・スミルノフ委員長、
    フィギュアスケートのエフゲニア・メドベージェワ選手が列席した。

    多くの人が、メドベージェワ選手がスピーチを行った瞬間、IOCのメンバーらの
    頭に何らかの妥協を行うという可能性が現れたと指摘している。

    ロシア・オリンピック委員会のジューコフ委員長は、「決定は五輪運動史上
    前代未聞のことであり、非常に酷なものだ。ジェーニャ(メドベージェワ選手)
    のスピーチは、我々の代表団の選手全員が参加できるという決定がとられた
    上で大きな役割を果たしたと思う」と語っている。


    【ロシア抜き】サッカーW杯ロシア大会を主催国なしで開催する提案
    2017年12月6日

    アンチドーピング機関のiNADOのジョゼフ・デ・ペンシエ会長は、国際
    サッカー連盟(FIFA)はロシア人選手のドーピングに関する捜査を開始し、
    2018年のサッカーW杯ロシア大会へのロシアの参加を拒否することも厭わない
    態度をとるべきだとの見解を表した。 インディペンデント紙が引用して報じた。

    「FIFAはこの状況を早急に調べる義務がある。 さもなくば、サッカーW杯
    ロシア大会で大きな問題が起きる。 FIFAにはいち早く本質を見極めねば
    ならない根拠がある。」ペンシエ会長はこう述べ、サッカーW杯ロシア大会を
    ロシアを抜きにして行うことを提案した。

    アレクサンデル・チェフェリン会長
    欧州サッカー連盟(UEFA)第7代会長、国際サッカー連盟(FIFA)副会長、
    元スロベニアサッカー協会(NZS)会長。

    「いかなる国際競技もどこかの国が参加せずとも続行することは可能だ。
    ロシアでワールドカップを行うことができないことにはならない。 実践では
    これは想像に難いが、(W杯をロシアの参加なしでロシアで開催することは)
    できないことではない。」 これより前のBBCの報道によれば、FIFAの
    インファンティーノ会長はロシアのサッカー代表団にはドーピング使用の痕跡は
    見られないとの声明を表していた。

    WADAは、サッカーナショナルチーム全体を含め、ドーピング使用が疑われる
    34名の選手を発表除名した


    イーゴリ・アキンフェエフ、ユーリー・ロディギン、セルゲイ・ルィジコフ、
    バシリー・ベレズツキー、セルゲイ・イグナシェヴィッチ、ゲオルギー・
    シェニンコフ、ウラジミール・グラナット、アレクセイ・コズロフ、
    アンドレイ・エシェンコ、ドミトリー・コンバロフ、アンドレイ・セメョーノフ、
    イーゴリ・デニソフ、アラン・ザゴエフ、ロマン・シロコフ、デニス・
    グルシャコフ、ビクトル・ファイズリン、オレグ・シャトフ、ユーリー・
    ジルコフ、アレクセイ・イオノフ、アレクサンドル・ココリン、キシム・
    カヌニコフ、アレクサンドル・ケルジャコフ、アレクサンドル・サメドフ、
    ルスラン・カンボロフ、パーベル・ソロマチン、イワン・クニャゼフ、
    セルゲイ・エフトゥシェンコ、エーゴル・ゼネラロフ、セルゲイ・ペトロフ、
    イリヤ・ズエフ、ミハイル・ミシェンコ、エゴール・ニクリン、カミラ・
    アレクセエワ、エカテリーナ・マスラク

    最終的に、FIFAワールドカップロシア大会では、ロシアチームは、これらの
    選手を除いて戦ったため、実際は3軍チームでの戦いを強いられた。

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    【ロシアでは常飲、米国では販売禁止のメルドニウム】
    テニス界で絶大な人気を誇るマリア・シャラポワが1月の全豪オープンでの
    ドーピング検査の検体から、禁止薬物『メルドニウム』の陽性反応が検出された
    ことが発表された。 偶然にも同時期に、フィギュアスケートのアイスダンスの
    エカテリーナ・ボブロワ(ロシア)も同じ薬物での違反が発表されている。

    これまで飲んで来た常用薬が、たまたま世界アンチ・ドーピング機関(WADA)の
    禁止薬物になった

    今回シャラポワが陽性反応を示したメルドニウムは、ラトビアの医師が開発した
    狭心症の薬で、ロシアを中心に東欧諸国で販売されている。 昨年のロシア人
    の死因の第1位は心疾患という結果を見ると、この薬がロシアで流布し、常用薬
    として摂取している人が多いことが理解出来る。

    シャラポワやボブロワの違反を受けて、ロシアでは、安価で簡単に手に入る薬
    であるため、元々、皆がビタミン剤のように飲んでいる薬であり、WADAが
    禁止リストに入れること自体、ナンセンスとロシア側からはWADAに対して
    数回抗議が行われた。

    今回の薬物「メルドニウム」が、シャラポワだけではなく、アイスダンス、
    スピードスケート、自転車などのロシア人選手や、エチオピアの陸上選手からも
    検出されているが、研究者たちの分析によると、この薬は持久性を高めたり、
    故障後のリハビリを助ける作用もあるという。

    昨年度のドーピングの検体分析によると、ロシア選手から集められた4316中
    724の検体、つまり、およそ6人に1人からメルドニウムが検出されているが、
    エリート選手の6分の1がこの薬を常用しているのは、狭心症の治療目的という
    よりも、むしろ、競技力向上を目的に使用している選手が多いのである。

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    元バイアスロンロシアチームのオリガ・ザイツェワ、オルガ・ヴィルーヒナ、
    ヤーナ・ロマノワが、ニューヨークの裁判所において、世界アンチドーピング
    機関(WADA)によって解任された、元モスクワ・アンチドーピング研究所
    所長、グレゴリー・ロドチェンコフに対する訴訟を起こすことがニューヨーク・
    タイムズ紙によって明らかになった。 訴訟の際には、2014年当時に
    バイアスロン連盟会長であったミハイル・プロホロフ氏が彼女達をサポート
    するという。

    オリガ・ザイツェワ
    652251558

    オルガ・ヴィルーヒナ
    OlgaViluhina850

    ヤーナ・ロマノワ
    yana-romanova

    ザイツェワら3名は、IOCによってオリンピックから追放されただけではなく、
    前回2014年のソチでの結果も剥奪され、全てのメダルを失った。 1月に
    スポーツ仲裁裁判所(CAS)に訴えを起こしたが、彼女たちは、既に引退して
    いるため、ピョンチャンオリンピックの後にその結果が出るとされていた。
    その他、複数の選手がCASに訴えを起こしたが、その結果がオリンピックに
    間に合わなかったため、非常に問題となっている。

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    国際オリンピック委員会(IOC)ブラックリスト
    赤字は女子、★はドーピングにより引退

    ドーピング違反により、IOCから除名、永久追放された選手一覧

    【バイアスロン】
    photobiathlon

    ヤーナ・ロマノワ(銀メダル)★
    オリガ・ヴィルヒナ(銀メダルx2)★
    オリガ・ザイツェワ(銀メダル)★

    【ボブスレー】
    Bobsleigh

    アレクサンドル・ズプコフ(金メダルx2)★
    ドミトリー・トゥルンェコフ(金メダル)★
    アレクセイ・ネゴダイロ(金メダル)★
    オリガ・ストゥリネワ
    イリヴィル・フズィン
    アレクセイ・プシカレフ
    アレクサンドル・カシヤノフ

    【スケート】
    speedindex

    オリガ・ファトクリナ(銀メダル)
    アレクサンドル・ルミャンツェフ

    【スキー】
    5a754d01280

    アレクサンドル・レフコフ(金・銀メダル)
    エヴゲニー・ベロフ
    マクシム・ヴレジガニン(銀x3)
    アレクセイ・ペトゥホフ
    エヴゲニヤ・シャポヴァロワ
    ユリヤ・イヴァノワ
    ユリヤ・チェカレワ
    アナスタシヤ・ドツェンコ
    【スケルトン】
    8b460b

    アレクサンドル・トゥレチャコフ(金メダル)
    エレーナ・ニキーチナ(銅メダル)
    マリヤ・オルロワ
    オリガ・ポトゥィリツィナ
    セルゲイ・チュジノフ

    【アイスホッケー】(女子)
    6666008

    インナ・ジュバノク
    エカテリーナ・レベジェワ
    エカテリーナ・パシケヴィッチ
    アンナ・シバノワ
    エカテリーナ・スモレンツェワ
    ガリーナ・スキバ

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    ロシアオリンピック委員会によると、韓国ソウル市出身(韓国名アン・
    ヒョンス)で、2011年11月にロシアに帰化したヴィクトル・アン選手が、
    引退後はロシアナショナルチームのコーチングスタッフとしてロシアに
    留まるよう要請されているという。

    この事は、既にロシアオリンピック委員会からアン選手にも伝えられており、
    アン選手は、『良く考えてから回答する』と答えたと言う。

    vitya

    現在33歳のアン選手は、2006年のトリノオリンピックでは3つの金メダルを
    獲得、世界ショートトラックスピードスケート選手権大会は2003年から
    5連覇を達成した。 この功績により、韓国では兵役を免除されている。
    その圧倒的な強さにより、韓国では『ショートトラック皇帝』の異名がある。

    尚、ヴィクトル・アン選手の名前である『ヴィクトル』は、ロシアで非常に
    有名な朝鮮系ロックアーティストの『ヴィクトル・ツォイ』(交通事故で死亡)の
    名前に因んで付けたもの。

    【オリンピックでの成績】
    金 2006年 トリノ 男子 1000m
    金 2006年 トリノ 男子 1500m
    金 2006年 トリノ 男子 5000mリレー

    2010年のバンクーバー大会は、ひざの故障により、韓国代表を逃したが、
    結果的に、このことが、アン選手がロシアへ帰化する切掛けとなった。

    金 2014年 ソチ  男子 500m
    金 2014年 ソチ  男子 1000m
    金 2014年 ソチ  男子 5000mリレー
    銅 2006年 トリノ 男子 500m
    銅 2014年 ソチ  男子 1500m

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