多言語のススメ ~ロシア・東欧情報~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

記事カテゴリーに CIS独立国家共同体(旧ソ連邦) 他を追加しました♪
    【プロフィール】
    旧ソ連・ロシア、オーストリア、カナダ、ベルギーに語学留学経験あり。
    1991年より、一貫して通訳・翻訳や海外営業等の語学専門職としての経験を
    積んでおり、英語、ロシア語、ドイツ語、フランス語他の多言語を扱う
    語学のプロ。 専門はロシア語⇔ドイツ語の通訳論、言語学、並びに心理学。
    詳細はLinkedInを参照。

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    2015年10月

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    多言語学習法 に参加中!

    日本語は、発音や文法的には、特に難しいとは思いわないが、外国人にとって、何が
    難しいかと言うと、日本人独特の無意味な人間関係。 何かも周りに合せて、そもそも
    自分というものがないため、日本語自体が、主体性のない言語とも言える。 よって、
    ハッキリと物事を言う事を完全に避け、相手に判断を全て委ねる言語体型になっているが、
    日本以外で、この考え方は一切通用しないため、結局のところ、日本人が海外へ留学した
    ところで、外国語がまともに喋れないまま帰国する主な原因となっている。



    外国語をマスターする最も有効的な手段としては、日本語を一切使用しない事が一番だが、
    日本に住んでいる限り、そのような環境作りは難しいため、たまにあるチャンスをめいいっぱい
    使うことになるのだが、そのような環境に慣れてしまうと、今度は、逆に、帰国後に海外との
    余りのギャップの激しさに、悩む人も多数存在する。 日本の学校に不登校児や、社会的な
    ニートが多いのは、物事をハッキリ言わずに、無言の同調圧力に押し潰されるからなのだが、
    超多民族国家のロシアの場合は、自分の言いたい事を100%相手に言ってやらなければ
    ならないため、言語体系としては、日本語とは、完全に真逆を行っている言語。

    日本では、何でも「何となく」が重要視され、具体的な事柄は無視されるため、右脳型で
    いい加減な人間にとっては天国。 逆に、左脳型で何でもハッキリさせたい人間に
    とっては、地獄となっている。 日本では、「相手の事を想って」と言う言葉をよく聞くが、
    その割には、その全ての判断を相手に何もかもゴリ押しして来るため、日本人の
    人間関係は、自分に優しく、相手にとことん手厳しいだけの関係となっている。 よって、
    相当適当な日本語で喋ろうが、特に誰も何も言わないため、外国人には、非常に
    分かりづらい言語となっているのが特徴。

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    『海外に行けば、語学はとりあえず何とかなる』と考えている日本人が実は多いのだが、
    その程度の低い意識レベルの人間が習得出来る語学レベルとは、所詮、そんなレベル
    であり、 到底専門的な話題には付いては行けず、ひとりで海外へ行ったところで、
    周囲から孤立する事が多い。

    最近、海外への留学を志す日本人の学生数が徐々に減って来ているが、その理由は、
    外国語を幾らどう 喋れようが、一切評価されないため。 恐らく、日本人が思い浮かべる
    留学とは、 『アメリカに行って自由を謳歌する』程度の意識レベルであるため、肝心の
    語学には 一切力を入れない事が多い。 よって、『単なるツール』にしか過ぎないと
    思われている、 その語学力は、特に磨かれる事もなく、その語学の先にあるであろう、
    専門分野にすらたどり着かない場合が多い。
    skilltop

    日本では、語学に対して、誤った認識を持った人間が多過ぎるため、全く評価の対象とは
    なっていないが、そもそも論でこの先も話を進めると、自分が考えている内容を相手に
    分かりやすく伝える『コミュニケーション能力』と、単にぼんやりと自分の中でまとまりもなく
    何かを考えているのとでは、話の次元が全く異なるため、既に、この時点で話に矛盾が
    生じているが、元々、特に何も考えていない人間の場合は、論外だとしても、単に
    頭の中で念じるだけで、相手にも自分の考えが自動的に伝わるという、世界でも珍しい
    独自の文化圏を形成している日本だけで生活をしていると、異なる意見や考え、ましてや、
    異なる文化に触れる機会は、まずないため、単なる「意思疎通のためのツール」では
    決してない筈の『コミュニケーション能力』が磨かれる機会はかなり稀となっており、増々
    日本人のガラパゴス化が顕著になって来ている。 海外では、それぞれの個人によって、
    考え方が異なるのは、当たり前という考え方が主流であるため、この時点でも日本人とは、
    考えが合わない事が多い。

    実際に、日本人同士の会話に耳を傾けていると、海外での日常会話と比較しても、中身が
    ない事が多い。 そのような幼稚な会話しかしていない人間が、海外へ行ったところで、
    単なる住環境の変化にしか過ぎない外的な変化によって、劇的にその人となりが変わる訳
    でもないため、根本的な問題の解決には至らない。 特に、近年は、日本人的な内部思考が
    強まり、ますます何も言わせない風潮が社会で蔓延っているため、自分の考えを持つ事
    事態、 基本的に許されない。 その上、個人的な考えを 公衆の面前で公言するのは、
    かなりの勇気を要する。
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    例えば、ある日突然日本へやって来た北朝鮮人が、その日を境に、劇的に何かが変わるか
    と言うと、そうでもなく、所詮、生まれながらに染み付いた習慣や文化から 解き放たれる
    のには、それ相応の時間が掛かるか、或いは、一生その箍からは外れられない。 何かを
    得たいのであれば、何かを捨てなければならないというのは、その通りで、自分の持っている
    知識や経験等を何一つ捨てずに、新しいモノを手に入れようとしたところで、 人間の吸収能力
    には限界があるため、最終的には、何かの片手間程度で終わる事が多い。

    日本は、単一文化圏、更には、単一指向文化圏であるため、他人と異なる事をすると、すぐに
    目立ってしまうため、過去のしがらみを断ち切らない限り、新たな人生は生まれない。
    人間関係や、これまでに手に入れた経験・知識等は、お金を同じで、あればある程捨てがたく
    なるのだが、余りにもそればかりにこだわり過ぎると、どこで何をしようが、特に新たな経験が
    得られる訳ではないため、十分な注意が必要となる。
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    ここで話を語学に戻すと、語学の上達には、その地域に住んでいる人間に如何にしてなり
    切れるかが重要となるため、いつまでも「日本ではああだった、日本ではこうだった」と
    考えている人間に対して、日本には特に何の興味すら持ち合せていない現地の人間が、
    手取り足取り何もかも親切に教えて くれる理由などないため、結局は、それが孤立の
    原因となる。 極々一部ではあるが、日本に対して、かなり偏った知識を持った人間が、
    現地にも居るのだが、そのような偏った人達とばかり付き合っていると、更に勘違いの
    度合いが酷くなるため、帰国時には、 やはり日本が一番であると言う、意味不明な結論に
    達する人間が多くなってきている。

    海外の生活に順応するのが早い人間は、元の日本での生活には戻りたくない傾向が強く、
    海外での生活に最後まで慣れる事が出来なかった人間は、現地でも同じような傾向の日本人
    とばかり付き合う事となるため、闇雲に日本が大好きになって帰国する事が多い。 最終的に、
    語学力を伸ばすのも伸ばさないのも、自分次第なのだが、頭が悪い事を理由に、日本語を
    喋れない日本人は存在しないため、 適当な逃げ道を作らない方が、語学力は伸びると思う。
    語学とは、如何にして、自分を追いつめられるのかの自己努力の結晶とも言える。

    >>失敗の原因はこれだった!せっかくの海外留学を無駄にしない方法

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    被災地通信 に参加中!

    世間では、相変わらず、福島のことばかりが大袈裟に語られているが、大袈裟な報道
    ばかりを好む、いわゆる、『放射脳』の許せない点は、震災孤児や、被災地の事実を
    完全に無視して、自分に都合の良い事柄しか言わないところに尽きる。 特に、被災地
    から離れれば離れる程、その傾向が強くなるのは、助け合いの精神すら、この国には
    まともに根付いていない証拠とも言える。



    東日本大震災の後、特に、海外のメディアでは、実際の被災地を無視して、福島の事
    ばかりが大袈裟に語られたが、間違いやウソが多く、その情報が、そのまま現在まで
    残っている事が多々見受けられるため、事実とはかけ離れている事が多い。 このような
    際にも、必ず、自分達が住んでいる場所は、度外視して語られる事が多い点にも注目
    して頂きたい。

    >>放射脳によるフクシマの偏向報道

    そもそも、日本には、自分さえ良ければ、それで良しとする人間が非常に多いのと、事実
    無根の情報であったとしても、それを鵜呑みにして、右から左に流す際に、更に、尾ひれ
    足ひれが付いて、ウソと事実の見極めが非常に困難になっているため、常に事実と向き
    合って現実を知ろうとしない限り、騙されてしまう事が多くなっている。

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    津波災害が本当に酷かった宮城県と岩手県には、両親や片親を失った子供も少なく
    ないが、そのような事実が公の場で語られる事は、これまで、殆どなかった。 
    被災から、既に4年半以上が経過したが、未だ、その心の傷は癒えてはいない。



    一方、福島では、2014年6月16日に中間貯蔵施設問題に関して、石原環境大臣が、
    『最後は金目でしょ?』との問題発言をしたが、この問題は、早急に解決をしなければ、
    除染した土を満載したフレコンバッグが野ざらしにされているため、 問題が多いのも
    事実。 よって、福島は、被災地の中でも、優先的に語られる事が多いのだが、ウソの
    情報が非常に多いため、それが問題を更に複雑にしており、宮城、岩手よりも、復興が
    遅れている原因となっている。 

    >>福島と鼻血 

    人間とは、非常時にこそ、その人間の人と成りが完全に出る事を理解しなければ
    ならないのと、常に、相手の話を聞く姿勢を大事にしなければ、何も知り得ないままで
    終わってしまう。

    被災地で起きた数々の出来事は、正しい情報を持った人間が、正しく後世に伝えて、
    この出来事を教訓としなければならない。

    >>東北の子どもたちのために今できること

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    最近、日本語が、どうも変だ。 日本語のローカライズは、全て日本国内で行っていると
    思いきや、かなりの分量を中国他の国外に丸投げしているため、文法は合っているが、
    表現が変なものや、酷いものだと、理解不能なものまである。

    翻訳という仕事柄、日本語のネイティブチェックをして下さいという依頼が時々あるが、
    最近では、余りにも酷い日本語が多いため、その類の仕事は全て断る事にしている。
    文章能力が低い日本人の文章は、冗談抜きで、言っている内容が全く理解出来ず、
    外国人が翻訳したのか、機械で翻訳したのか、それとも、日本人が翻訳したのかすら
    分からなくなっているものが多い。

    【日本語→英語→日本語への機械翻訳】
    kp

    酷い日本語の翻訳は、この文章とさほどレベルが違わないため、これを修正して欲しいと
    言われても、根本が間違っているため、一からやり直すしかない。 日本の翻訳業界は、
    1~2年もすると、概ね皆辞めて行くため、コーディネーターも使い捨てで、典型的な
    ブラック業界。

    尚、機械翻訳を開発している理系の技術者達の英語力は、TOEICで言うと、概ね
    350点程度となっており、100点満点のテストで35点しか取れない人達が制作した日本の
    技術力とは、こんなレベルと言ってしまえば、それまでか。 日本には、商品等に付随する
    『目に見えないサービス』という概念が希薄であるため、翻訳等の付随サービスの受難は
    まだまだ続く。 全体的に、このような思考回路の人間が多数派であるため、当然、
    内容が意味不明となっている日本製品に国際競争力などない。

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    原発事故により、多大な被害を被った福島は、『東京電力』管内と思われて
    いる事が多いのだが、実は、『東北電力』管内であるため、福島で発電
    されている電力は、地元ではほぼ使用されてはいない。 福島県内で発電
    されている電力は、原発、火力、水力、そのほぼ全てが、関東、その4割は
    東京)へと送電されている。

     

    逆に、福島で使用する電力は、県内だけでは、まかない切れないため、宮城
    からも送電されており、岩手と山形には、火力発電所すらないため、これも
    宮城から送電しなければならず、結局、東日本大震災により、宮城県が大規模
    被災をした際には、これらの地域も概ね電気が止まったが、結局は、それが、
    原発事故の直接の原因となった。 このような歪な送電関係は、日本国内では、
    東北地方のみで、関西電力と福井のような例外を除いて、他地域ではこのような
    不条理な関係は見られない。

     

    福島にある2つの原発は、関東への送電は出来るものの、その逆は出来ないため、
    最終的に、電源喪失という、最悪の事態を招いた。 各電力会社の本社がある県に
    原発があるのは、宮城県のみで、北海道にも原発はあるものの、北海道の場合は、
    その地方に都道府県が1つしかないのと、札幌から泊原発はかなり離れているため、
    東北電力とは比較出来ない。
     
    東北電力管内には、女川原発の他にも、福島第一、福島第二、新潟柏崎・刈羽、
    現在建設中の東通と大間があるが、女川と東通の半分を除いて、全て関東の
    ための原発となっている。

    【お勧めの一冊】


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    建物がほぼ全てなくなった、南三陸町の中心地、志津川地区。 約10メートル強
    嵩上げ工事を行ったため、風景が一変し、更には、道路自体が大幅に変わって
    しまったため、昔の面影は、一切残らず。 唯一残った防災庁舎も、周囲の嵩上げ
    工事により、この建物だけが谷のように残ったため、不自然感が否めず。 海の
    すぐ目の前に20メートル程度の防波堤を建設したため、この周辺では、海が一切
    見えなくなった。

    【南三陸町中心部】
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    震災遺構として、2031年まで宮城県が管理(保存)することとなった、南三陸町
    旧防災対策庁舎。 当初は、6mという津波予想であったため、庁舎に留まり避難
    しなかったのが、犠牲者を大きくする一因となった。 2階に危機管理課があり、
    町災害対策本部が置かれた。 本庁舎では津波来襲の15時25分頃まで、防災無線
    放送で繰り返し住民に避難を62回に渡り呼びかけ続けた。 本庁舎から発信された
    約30分間の防災無線の放送音声は全て録音されている。 危機管理課の女性職員は
    繰り返し避難を呼びかけ続けたが、波の高さについては「最大で6メートル」という
    放送が続き、最後の4回のみ「10メートル」と放送した。 音声は、放送を続け
    ようとする女性職員の声を遮るように「上へ上がって 未希ちゃん 上がって」
    という周囲の制止の声を最後に放送が途切れている。
     
    職員約30人は屋上に避難したが、屋上の床上約2メートルの高さまで津波が
    押し寄せ、度重なる津波によって庁舎は骨組みだけとなった。 アンテナに
    しがみつくなどして波に耐えた佐藤仁町長ら11名は生還したものの、庁舎に
    詰めていた他の職員や住民は津波で流され犠牲になった。 屋上で写真を撮影
    していた職員(この職員は津波に飲まれ気絶したが、副町長が腕を掴み続けて
    いたので、無事生還している)のデジタルカメラの本体は壊れてしまっていたが、
    データは無事で、津波が来る前の様子から、屋上が水没する瞬間までを捉えた
    様子が写っており、写真の一部は南三陸町のホームページに掲載された。

     

    最期まで防災無線で避難を呼びかけ続けて犠牲になった女性職員の行動は、
    『多くの命を救った命懸けのアナウンス』と大きく評価され、埼玉県の公立学校で
    2012年の4月から使われる道徳の教材に掲載された。 また、堅牢な建物であり
    2階の電算室で各種行政システムを管理していたが、サーバ及びバックアップ
    テープも滅失した。

    2012年3月6日には、佐藤仁町長が高台へ避難させず、庁舎に留まらせたのが
    原因で町職員ら43人が犠牲になったとして、町職員の2遺族により業務上過失
    致死容疑にて宮城県警南三陸署に告訴状が提出された。 尚、この付近に
    押し寄せた津波の高さは、最終的には、約15.5mであった。

    >>町民を救った天使の声 

    【岩井崎】
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    津波による甚大な被害を受けた気仙沼市内にある風光明媚な岬で、岩の隙間から
    波が打ち寄せる潮吹岩が有名。 横綱秀ノ山雷五郎像は、津波に流されずに、
    そのまま残ったが、復興のシンボルと言われていた龍の形をした『龍の松』は、
    現在、保存に向けて、撤去されている。 三陸地域の津波被害が甚大だったのは、
    リアス式海岸の間を波が遡って来たためで、山の間を津波が遡上して来たため、
    その分、数倍に波がせり上がったためで、平野部での津波災害とは、被災状況も
    異なる。

    【歌津駅跡(上)と清水浜駅跡(下)】
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    旧JR気仙沼線の歌津駅と清水浜駅付近。 歌津駅の下には、復興商店街があるが、
    付近に民家がないため、かなり閑散としている。 この付近は、鉄道が、残ったり
    撤去されたりしているため、かなり寂しい風景が広がっている。 嵩上げ工事が
    本格化したとは言え、被災から丸4年を経ても、周囲は、瓦礫がなくなっただけで、
    特に何も変わってはいない。

    【神割崎】
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    石巻市と南三陸町の境界線上にある神割崎。 付近には、キャンピング場もあり、
    テントを持ち込めば、900円程度で宿泊可能。 ロッジでの宿泊は、一泊5,000円
    程度。 すぐ目の前には、仮設住宅が今でも残されている。

    【石巻市立大川小学校】
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    宮城県石巻市釜谷地区の北上川河口から約4キロの川沿いに位置する大川小学校は、
    3月11日の東日本大震災で全校児童108人の7割に当たる74人が死亡、行方不明と
    なった。 教職員13名中、校内にいた11名のうち10名が死亡した。 東日本
    大震災で起きた数々の悲劇の中でも、最も悲劇的な場所とされる所以である。

    地震直後、校舎は割れたガラスが散乱し、余震で倒壊する恐れもあった。
    教師らは児童を校庭に集めて点呼を取り、全員の安否を確認した後に、避難先に
    ついて議論を始めた。 学校南側の裏山は有力な避難先であったが、急斜面で
    足場が悪い事から、児童らが登って避難するには問題があるとされていた。
    約200m西側にある周囲の堤防より小高くなっていた新北上大橋の三角地帯も
    避難先候補となり、裏山へ逃げるという意見と、老人も含まれている事を
    考慮して三角地帯にするべきという意見が教職員の間で対立し、最終的に
    三角地帯に避難する事になり、移動を開始した。

    その直後、堤防を乗り越えた巨大な津波が児童の列を前方から飲み込んだ。
    列の後方にいた教諭と数人の児童は向きを変えて、裏山を駆け上がり、一部は
    助かったが、迫り来る津波を目撃して腰を抜かし、地面に座り込んで避難
    出来ない児童も居た。

    家族が車で迎えに出向き、独自に避難した児童は助かった。 避難先として
    選定した三角地帯も標高不足で津波に呑み込まれており、避難が完了して
    いたとしても、被害は避けられなかった。 校庭には、スクールバスも停車
    していたが、その運転手も、津波に飲み込まれて、死亡した。

    >>悲劇の大川小学校

    >>【被災地巡り】気仙沼線編

    【お勧めの一品】


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    私は女よ、皿洗い機なんかじゃないわ!
    俺は男だ、ATM機なんかじゃないぞ!w

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    Наконец-то прибыли...
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    日々の出来事 その3 に参加中!

    これからの超々高齢化社会にピッタリの乗り物w
    (日本の65歳以上の比率は、現在26%超)

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    3.11東日本大震災 に参加中!

    被災地巡りの気仙沼編です。 出発地点は、JR気仙沼線の分岐駅、石巻市にある
    前谷地駅から。 なるべく気仙沼線に沿って気仙沼まで行く小旅行です。 今年の
    6月から気仙沼線のBRTが、この前谷地駅まで乗り入れを開始したため、駅前に
    BRT専用のバス乗り場が出来ました。 この付近は、12年前の宮城県北部連続
    地震でかなり破壊されましたが、今では、概ね復興は終わっております。

    【前谷地駅前】
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    気仙沼線に沿って進む筈が、途中の県道に道路標識が全くないため、気仙沼線
    からは、若干外れますが、登米に来てみました。 登米市登米と書いて
    『とめし とよま』と読むという、嫌がらせのような地名です。 登米は、
    『宮城の明治村』とも呼ばれており、旧水沢県の県庁所在地だった街。 その後、
    水沢県は、明治政府により、南北に2等分され、北は、現在の岩手県へと割譲、
    南半分だけ宮城県に留まりました。 その宮城県という名前も、明治政府に
    よって無理やり変えさせられた名前であるため、ハッキリ言って、この県名が
    嫌いな人が多い。 よって、宮城県出身者は、その殆どが『仙台出身です』と
    言う事になっております。

    【宮城の明治村 登米】
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    登米は、これまた、明治政府によって、鉄路を大きく外されてしまったため、
    その後一切発展する事すらなく、現在に至っております。 昔の県庁所在地で、
    最終的に単独で市に昇格出来なかったのは、この登米ぐらいだと思います。
    現在の登米市が、「とめし」と読むのは、『とよま』ではないためで、登米市の
    中心部は、登米ではなく、佐沼となっております。

    北上川の開運によって隆盛を極めた登米の面影は、現在では、一切残ってはおらず、
    今では、鉄道すら通ってはおりません。 よって、明治政府の残忍非道な愚行が
    そこかしこに見え隠れしているのが登米となっております。 しかも、こちらは、
    県の名前を仙台から宮城に無理やり変えられても、領土を割譲させられても、
    150年間謝罪の言葉すらなく、そのまま放置。

    【本吉駅跡】
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    今月正式に廃止、並びに、BRTへの転換が決定されたJR気仙沼線の本吉駅跡。
    気仙沼線は、津波で破壊された区間が長過ぎるため、薄々復旧は不可能である事は
    前々から分かっていましたが、実際に廃止が決定されると、やはり寂しいものが
    あります。 運行本数的には、バスの方が鉄道よりも圧倒的に多いのですが、
    地方路線であるがゆえに、国からの補助により、復旧を果たした三陸鉄道とは、
    好対照となっています。

    JR東日本は、発足当初、仙台と東京で本社を巡る熱い戦いを繰り広げた結果、
    仙台と東京に2つの本社を置く事でその問題を解決しましたが、その後、JR
    東日本東北は、単なる『仙台支社』に格下げとなったため、JR東日本の路線は、
    田舎の路線でも地方鉄道程の予算が下りずに、結局は、大船渡線共々廃止に
    なりました。 元々は鉄路であった専用路線を走行するため、通常のバスよりも
    遅れが少ないものの、やはり、バスなので、正確な時間が読めません。

    【小金沢駅跡】

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    JR気仙沼線、小金沢駅跡。 気仙沼線は、その殆どを津波によって流されて
    しまったため、このような残骸が各地に残っています。 海のすぐ隣に駅が
    あるため、土台が流されて、このような状態が残されています。 専用BRTも、
    この駅の付近は、国道45号線を走行するため、駅舎自体ももうありません。
    ホームも半分近くが流されてしまったため、見る陰もありません。

    【大谷海岸駅跡】
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    JR気仙沼線、大谷海岸駅跡。 道の駅も併設されていたため、被災前までは、
    マンボウの展示も行っていましたが、今では駅舎自体が無くなったため、
    マンボウもいなくなりました。 日本で最も海水浴場に近い駅というキャッチ
    フレーズを使っていましたが、今では、その海水浴場では、ひとりも泳いでは
    おりません。 土嚢で波よけをしているものの、再度津波が襲った場合は、何の
    役にも立たないでしょう。BRTは、斜め向かいの国道に到着します。

    気仙沼に行く度に、必ず寄るのは、イオン気仙沼。 街の入口にあるため、
    何かと便利。 こちらのお店に到達した津波の高さは、2.8mとなっており、
    1階部分がほぼ全て浸水。 被災当初は、瓦礫に埋もれて、グチャグチャに
    なっていましたが、今では、その瓦礫もなくなり、この付近は、かなり殺風景に
    なりました。

    【イオン気仙沼】

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    東日本大震災で被災した気仙沼市の観光施設。 震災から3年4ヶ月ぶりに全面
    復旧を終え、昨年7月19日に本格的な営業を再開しました。 「海の市」は、
    震災前、年間100万人の来場者で賑わった観光施設。 2014年4月に施設2階と
    3階の復旧を終え、『シャークミュージアム』と『気仙沼市観光サービスセンター』
    が運営を開始、その後、1階で飲食店1店舗が営業を再開していました。

    昨年の7月に、グランドオープンを果たしたものの、被災前と比較すると、
    おみやげ屋の数も減り、2階にある世界で唯一のサメの博物館、
    『シャークミュージアム』は復活したものの、1階にあった『氷の水族館』は、
    未だ閉鎖されたまま。 現在復旧に向けて、全力で取り組んでいるそうですが、
    その復活時期は、全くもって未定。 施設としての『氷の水族館』は、気仙沼が
    全国でも唯一だったとか。 気仙沼のサメの水揚げ高は、世界一で、中国で食べ
    られているフカヒレのほとんどが、ここ気仙沼産。 この施設を真っ直ぐ南に
    向かった突き当りが、南気仙沼駅でしたが、今では、その残骸すら残ってはいない
    ため、そこに駅があったのかすらもう分かりません。

    【気仙沼市観光サービスセンター】
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    気仙沼港から、大島行きのフェリーが出ています。 大島は、人が住んでいる
    有人の島ですが、被災時に、一時完全に孤立しました。 観光が盛んな島
    でしたが、今でも、観光客は、元のレベルには戻ってはいません。 この周辺の
    復興は、遅々として進まず、このような殺風景な風景ばかりが広がっています。
    このすぐ裏には、JR大船渡線が走っていましたが、気仙沼線共々、廃止とBRT
    への転換が正式に決定されたため、鉄路として戻る事はもうありません。
    内陸に大型の船が打ち寄せられていたのは、ここからもう少し先の場所です。

    【気仙沼港】
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    気仙沼港のすぐ隣には、今でも仮設復興商店街があります。 JR気仙沼線は、
    一部では鉄路が残ってはいるものの、その殆どを津波で土台ごと流されて
    しまったのと、多くの場所で、バス専用路線として、道路に転換してしまった
    ため、今では、このような鉄路が残っている方が珍しくなっています。 よって、
    気仙沼に鉄道で行くためには、宮城県側からは行けず、岩手県の一関から
    大船渡線に乗るしかなくなりました。

    【お勧めの一品】


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    東日本大震災から、4年半以上が経過し、一部では、既に大災害の風化すら終わって
    いるが、3,500名以上の死者を出した、最大の被災地である、宮城県石巻市では、
    未だ、震災以降に関する意見がまとまってはいない。 子供を失った遺族の間でも、
    意見が分かれ、話がまとまらないためだ。

    石巻市は、今月の28日にも、市民に対して、門脇小学校と大川小学校の両校舎を震災
    遺構として、存続を問うためのアンケートを送付するが、未だ意見は容易にはまとまり
    そうにない。

    石巻市は、12年ほど前の宮城県連続地震でも被災したが、その時の震災遺構は、
    何一つとして残さなかったため、既に記憶の彼方に消え去っている。 同じような
    誤ちを繰り返さないためにも、震災遺構は、必要なものだが、市民の納得は、容易に
    得られそうもない。

    【石巻市立大川小学校付近】


    <震災遺構>亡きわが子と会うため通い続ける
    東日本大震災の津波で児童と教職員計84人が犠牲になった宮城県石巻市大川小の
    児童遺族が、悲しみを抱きながら被災校舎に通い続けている。 震災から4年7カ月
    たった今も教室などで、わが子に思いをはせる。 大川小と門脇小を震災遺構候補に
    挙げる市は28日にも、両校舎の保存の賛否などを問う市民アンケートを送るが、
    遺族からは「遺構としての意義をじっくり考える過程が必要だ」と異論もある。

    「ここに来ると娘がいるなという気持ちになり、心が落ち着く」。 只野英昭さん
    (44)は20日、校舎を訪れ、3年生だった長女未捺さん=当時(9)=が学んだ
    教室を丹念に掃除した。 市の相談員や臨床心理士と合流し、校舎を歩きながら
    震災前の様子などを語る。 市震災心の支援室が2014年度から、市立小児童
    遺族ら約150世帯を対象にした支援の一環だ。 只野さんは相談員ら2人に
    現在の心境を打ち明けた。 「校舎を残したい遺族や壊したい遺族が本音を
    話し合い、理解を深めるプロセスが大事。アンケートの実施は尚早だ」

    大川小の児童遺族は54家族に上る。学校との関わり方は一様ではない。花壇の
    花植え、慰霊碑の清掃、行方不明者の捜索…。
    一方、「同じ悲劇を繰り返してほしくない」との思いは多くの遺族に通じる。
    6年生だった次女真衣さん=当時(12)=を失った鈴木典行さん(50)は9月、
    文部科学省の学校事故対応に関する有識者会議ヒアリングに出席した後、記者会見で
    訴えた。 「遺族の気持ちに近づかなければ絶対に良い事故対応指針はできない。
    想像してください。 なぜ、亡くなったわが子を抱きしめなければいけないのか」
    鈴木さんは校舎の外にあるプールを修復し、17年夏に水を張る構想を描く。
    14年夏に校舎を訪れた際、土砂の積もったプールが目に留まった。 
    「子どもたちが楽しみ、笑顔があふれていた場所。きれいにしたい」。 1人で
    土砂を取り除く活動を始めた。 理解を示したボランティアや遺族ら十数人が
    加わり、約2カ月かけて除去した。
     
    亀山紘市長はアンケートなどを踏まえ、年度内に保存の是非を判断する方針。
    神奈川県の高校2年生50人が研修旅行で26日、大川小を訪れ、6年生だった
    次女みずほさん=当時(12)=を亡くした佐藤敏郎さん(52)の話を聞く。
    佐藤さんは「悲しみは校舎がなくなっても消えるものではない。 悲しみを
    多くの方に伝えることで命の大切さを深く考えることにつながると思う」と
    訴える。 
    shibousyamap

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    一般的な定義としては、東北+関東+何地方なのかすら良く分からない、新潟、
    長野、山梨、静岡を足して『東日本』だと思うのだが、静岡は、JR東日本では
    ないため、東日本ではなく、長野は、中部電力のため、東日本ではないと見て行くと、
    『中部地方』そのものが、東日本ではない事に気付く。 新潟は、『中部地方』なのに、
    『東日本』に属しているが、それが、新潟の帰属問題を完全に分からなくしている
    最大の原因。 東北と関東は、『東日本』と一括りにされる事が多いが、実際の
    ところ、共通点は殆どないため、むしろ、『東日本』という不自然な括り方自体、
    かなり疑問を感じる。

    eastern

    東北と関東の間には、異常なまでの温度差があるが、元々、関東には、東日本大震災の
    被災地に対する関心がある人が、極端に少ないどころか、かなり稀。 津波が猛威を
    振るった被災地と、ブラック企業がますます猛威を振るっている被災地同士であるため、
    どちらも相手方に対する関心が一切なく、国民の情報分断はまだまだ続く。

    中部地方の定義としては、西にも東にも分類しづらい県をひとまとめにした感が否めない。
    「中日本」という考え方が定着するためには、名古屋の他に、もうひとつぐらい100万人
    規模の大都市が欲しいところ。

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