東日本大震災の津波による七十七銀行女川支店(宮城県女川町)従業員の
犠牲をめぐる訴訟で、最高裁で敗訴が確定した原告の遺族は2016年2月20日、
仙台市内で記者会見した。 『企業防災の指針となる判断が示されずに幕を
閉じた』と強調。 遺族は安全な社会の実現に懸ける思いを一層強めた。

長男健太さん=当時(25)=を亡くした大崎市の田村孝行さん(55)は決意を
語った。 『働く者の安全が担保されていない。 原因を究明し、企業防災の
在り方を追求していく』

田村さんと妻弘美さん(53)は訴訟と並行して女川町で語り部をし、健太さんらの
身に降り掛かったことを伝えてきた。

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早期退職して企業防災の向上を訴える活動に専念するべきかどうか、心が揺らぐ。
震災から間もなく5年。 田村さんは寝ても覚めても今回の悲劇が頭から離れず、
心が安らぐ日はなかった。 『銀行は法的責任を免れたが、息子ら12人が犠牲に
なった責任がある。 真剣に向き合い改善策を示してほしい』と切望する。



弘美さんは18日、1985年の日航ジャンボ機墜落事故遺族の美谷島邦子さん(69)に
上告が退けられたことを電話で伝えた。 『声を上げて活動してきたことは大切。
頑張って続けてほしい』と激励され、勇気が湧いた。

遺族と企業が向き合い命を守る。 弘美さんが美谷島さんから学び目指す姿だ。
『家族と銀行が歩み寄り、人命最優先の体制をつくることが息子にとって一番の
慰めになる』と願う。

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東日本大震災の津波で従業員が犠牲になった七十七銀行女川支店をめぐる訴訟で、
2月20日に記者会見した他の遺族も、企業の防災意識の徹底を求めた。

妻祐子さん=当時(47)=の行方が分からない女川町の高松康雄さん(59)は
『いい加減な避難行動を裁判所が良しとしたことで、同じ事が繰り返されないか
心配だ。 残念としか言いようがない』と落胆した。

姉美智子さん=当時(54)=を失った仙台市太白区の丹野礼子さん(57)は
『12人の犠牲を無駄にせず、職場の防災意識徹底を社会で広く図って欲しい。
それが故人の供養になり、今後の命を救うことにつながる』と望んだ。

弁護団の佐藤靖祥弁護士は『津波訴訟は各地であり、最高裁として安全配慮義務の
統一的解釈を示して欲しかった』と悔やんだ。

<2011年>
3月11日 東日本大震災発生。 女川支店屋上に避難した従業員13人のうち
12人が死亡・行方不明になる

<2012年>
9月11日 従業員3人の遺族が銀行を提訴。 銀行が2009年に防災マニュアルを
改定して屋上を避難先に追加したことや、震災直後に避難先として高台ではなく
屋上を選んだことについて『安全配慮義務違反に当たる』と主張

<2013年>
1月15日 銀行側が弁論で『支店屋上の高さを超える津波襲来は予見できなかった』
と反論

12月17日 仙台地裁で訴訟が結審

<2014年>
2月25日 仙台地裁が『高さ約10メートルの屋上に緊急避難することには合理性が
あった』として訴えを棄却。 遺族側は即日控訴

<2015年>
4月22日 仙台高裁が1審判決を支持し、控訴を棄却。 遺族側は上告

<2016年>
2月17日 最高裁第2小法廷が上告を退け、遺族側の敗訴が確定

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