ボスニアの首都であるサラエヴォからバスで約3時間強で、ヘルツェゴビナの
中心都市であるモスタルに到着します。 宿は、バスターミナルから歩いて
数分のところに予約をしていたため、安心していたところ、その宿が一切何の
連絡もなしに、急に3日間も閉鎖となり、急遽、すぐそばの宿に泊まることに
なったものの、こちらの奥さんが凄く親切なお方で英語も堪能であったため、
むしろ、こちらの方が良かったと思いました。

とりあえず、モスタルに到着したら、世界遺産である『古い橋』を見なければ
何も始まらないため、バスターミナルから約1キロほど離れた世界遺産へと
出掛けました。

【夜のモスタル】
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モスタルでは、モスクが乱立しており、完全にイスラムの世界。 もしろ、
ヨーロッパ的な要素は何もありません。 強いて言えば、石造りの街並みが、
若干ヨーロッパ的なだけで、街中から聞こえて来るのは、コーランばかり。
1ヶ所だけカトリックの教会がありましたが、単なるお慰み程度の教会であるため、
稀にしかないクロアチア人のためだけにある教会なのでしょう。 尚、
Julius Meinl は、オーストリアでは、BILLAと並んで、非常にメジャーな
スーパーですが、何故かモスタルにもありました。

この日は実は、夜まで何も食べていなかったため、モスタルの雰囲気のある橋の
たもとで食事を取ることにし、ボスニア風ケバブとボスニアのビールを注文
しました。

翌朝は、午後12時30分にドゥブロブニク行きの最終バスが出てしまうため、
朝一番でバス乗り場に行き、切符を購入し、そのまま、街中の観光へと繰り出し
ました。 と言っても、モスタルは、基本的に、『古い橋』以外、特に見る物が
ない街であるため、今度は中心部を通って、『古い橋』へと向かう途中、銃弾の
跡が、あちらこちらに残っていました。

【モスタル中心部】
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モスタル市中心部を流れる川を渡る途中、山頂にある十字架が見えましたが、
カトリック教会は、ボスニアでは、存在感が極めて薄いため、至る所で、これ見よ
がしに巨大な十字架が建っていました。 この十字架を見て、このすぐそばには、
カトリック教会があるという風に分かるシステムの様です。

海外に行って、最も行く場所と言えば、マクドナルドw 基本的に、地元の料理
なんぞは一切食べませんので、時間の掛からない、かつ、味が予想出来るマックで
十分w 材料すら分からない得体の知れない食べ物は、非常に苦手。

単に、橋の反対側を歩いて来ただけで、川のどちら側から来ても、『古い橋』
までの距離は、余り変わりません。 ボスニアではカトリック教会は多少なりとも
あるものの、セルビア正教の教会は見掛けなかったため、恐らく、内戦で破壊
されたものと思われます。

【モスタル市中心部】
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それ以外は、100%イスラムの世界であるため、観光客もほぼ全員イスラム教徒
ばかりでした。 その後に行った、ドゥブロヴニクとは、客層が全然違っています。
正に、イスラムがイスラムを呼ぶという感じでした。 世界遺産である
『モスタルの古い橋』は、内戦中に破壊されてしまったため、内戦が収まった後に
再建されたため、よくよく見ると、修復後の境界線が分かります。 イスラム教徒に
大人気の観光スポットであるため、昼間に行くと、満員電車並みの混雑に遭遇する
こととなります。

毎日、定時になると、川のほとりに複数あるモスクから、コーランの祈りが響き
渡るため、ヨーロッパに居るとは思えない程の完璧なイスラムの世界です。 尚、
ボスニア・ヘルツェゴビナは、旧ユーゴ内での民族浄化等により、ヨーロッパでも
最貧国の部類に入りますが、月給にして2万円程度のウクライナと比較すると、
平均月収は13万円程度あるそうなので、ウクライナと比較すると、相当ましです。
物価も日本よりは若干安い程度なので、東京とさほど差はないと感じました。
恐らく、東京での現在の平均給与は25万円程度で、横浜だと20万円程度しか
ありません。

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