第二次世界大戦が始まった3日後の1941年12月10日、日本軍はフィリピンに
侵攻した。 フィリピンとアメリカ軍は数ヶ月に渡って日本軍と戦ったが、
バターン半島、そしてコレヒドール島へと追いつめられた。

1942年5月、フィリピン共和国は降伏し、日本はフィリピンを占領した。
ケソン大統領や政府指導者は、亡命政府をつくるため、ワシントンへ避難した。
フィリピン人の多くは、飢えに苦しんだ。 その中で、フィリピン人の中には
日本の厳しい支配に、強力を拒み、ゲリラとなって日本に抵抗する者も多かった。

退却していたマッカーサー将軍とアメリカ軍がフィリピンに戻って来たのは、
1944年10月だった。 アメリカ軍を助けるために、フィリピン人ゲリラは日本軍を
捜索した。 そして、主な島々を再び取り戻すためにアメリカ軍に加わった。
1945年8月15日、日本は降伏し、第二次世界大戦は終わった。

1942年の日本の勢力図

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【フィリピンの独立】
ケソン大統領はアメリカにつくった亡命政府の時代に亡くなり、オスメーニャ
副大統領が後を継いだ。 1945年、政府はマニラに帰った。 1946年4月に
行われた大統領選挙で、マヌエル・ロハスが選ばれた。 ロハスは戦争で破壊
された国家の再建に取り組んだ。

タイディングス=マグダフィー法に従って、アメリカはフィリピンから手を引いた。
1946年7月4日、フィリピン共和国は完全独立を達成した。 アメリカは新生
フィリピンに経済援助を行った。 その代わりに、フィリピン政府はアメリカが
同国に基地を維持することを認めた。

戦争の後の国家再建の難しさに加えて、フィリピン政府は共産主義者からの
挑戦に直面した。 人民解放軍(あるいはフク団。 タガログ語の省略)と
呼ばれる革命家たちは、ルソン島中心部で活躍した。

フク団は農民や労働者グループが土地や工場の支配を確立することを望んだ。
土地支配を分かち合い、収入を平等に分配するという共産主義の原則を適用
すべきだと考えた。

1950年代の初期、フク団のゲリラは政府軍を攻撃した。 ゲリラは戦後の苦しい
経済下に置かれていた地方の多数の人々の支持を得た。 ラモン・マグサイサイ
国防長官は軍を率いてフク団制圧に当たった。 1953年の選挙で大統領に
選ばれると、マグサイサイはフク団を押さえ込むのに成功した。

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