ベトナムの人口(7,180万人)の約20%は、都市部に住んでいる。 大都市は
ホーチミン市、次いでハノイ、ハイフォンとなっている。 この次に重要なのは、
ダナン、フエ、ニャチャンで、このこの3都市は全て中部の海外沿いにある。

vietnam

【ホーチミン】(旧サイゴン)
サイゴンとその周辺のメコンデルタ地区には、400万人が住んでいる。 滅多に
使われることがないこの街の正式名称『ホーチミン市』は、フランスから
ベトナム独立を勝ち取った戦争の指導者である共産主義者を記念したもの。

サイゴンは、6世紀にカンボジアのクメール族が築き、南進を続けていた
ベトナム人が、サイゴン周辺に定住し始める17世紀まで、クメール帝国に属して
いた。 次第に大きな港町になり、それがフランス人の目に留まって、19世紀に
植民地にされてしまう。 フランス人は幅の広い大通りをつくり、住宅地には
ヨーロッパ・スタイルの家屋を建て、今でもフランス風の様相を見せている。

ベトナム戦争の間、アメリカ軍部隊、ジャーナリスト、一般外国人がサイゴン市内の
ホテル、ナイトクラブ、喫茶店にあふれ、サイゴンの経済は戦時活動に密着して
いた。 戦争が終わると、サイゴンの経済は低下し、多くの企業は潰れ、あるいは、
政府に接収された。 だが最近は経済が回復して、ナイトクラブも再開し、新しい
ホテルや事業所がたくさん建設されている。 道筋に並ぶ露店商人たちも景気が
良くなっており、シクロ(三輪自動車のタクシー)が街中にあふれている。

ベトナム南部の金融、商業の中心地であるサイゴンは、ゆっくりだが戦争の痛手から
立ち直っている。 市内の工場では、食品を加工し、家具やカーペットを生産して
いる。 家族経営の小企業が栄え、一時は売り物がなかった露店の食品市場は、
果物や野菜で一杯になっている。

【ハノイ】
ベトナム第二の都市ハノイは、11区から成る大ハノイ(人口約300万人)で、
そのうち4区が首都ハノイ(人口92.5万人)となっている。 北部の工業の
中心地で、自転車、たばこ、農耕機械、木製品を生産している。 最近の経済
改革で、ハノイに対する外国の投資を奨励し、多くの私企業が開業した。

トンキン湾から紅河を72キロ遡った地点にあるハノイは、1010年に李王朝(最初の
ベトナム人統治者一族)の王都となった。 19世紀にベトナム王国が首都をフエに
移すまで、ハノイは文化と教育の中心だった。

ハノイの繁華街の真ん中にホアン・キエム湖がある。 その周りの公園では、
市民たちは祭りやバイクレース、ハトレースが開催されている。 湖の南側は、
近代的な商業地区で、フランス植民地時代に建てられたホテルや大きなストアが
並んでいる。 また、北側はハノイの旧市街地区で、古い寺や故ホーチミンの
霊廟がある。

【ハイフォン】
ハノイから東へ100キロ余り、トンキン湾に面しているのが、ハノイの外港であり、
ベトナム北部の最も重要な港であるハイフォン(人口150万人)で、ハイフォン港で
陸上げされた荷は、鉄道でハノイに運ばれる。 港内では無数の小舟が荷船や
タッグボート、貨物船ともみ合うようにして走っている。 大型船が入港、停泊
出来るように、港湾の改良、拡大の計画が進められている。

19世紀末にフランス人が開港したハイフォンは、第二次世界大戦中に日本軍に占領
された。 ベトナム戦争中、北ベトナムが輸入する軍事物資の大半は、ハイフォン港
で積み荷を降ろしていた。 その結果、港はアメリカ軍機の猛烈な爆撃の標的と
なった。 戦争で受けた被害の修復工事が、まだ市内の各地で行われている。

ハイフォンの主な産業は、造船、魚介類の缶詰、ガラス製品、純毛カーペットで
ある。 リン酸塩で肥料を生産している工場もある。 近くにある水力発電所から、
ハイフォン市内の工場に送る電気の変電所もある。 港湾都市の伝統から、海軍の
学校が2校ある。

【お勧めの一冊】


>>トップページに戻る



クリックをお願いします☆
にほんブログ村 外国語ブログへ
にほんブログ村