第一次世界大戦中(1914~1918年)、保守党の新党首ロバートLボーデンが
政権を握ったカナダは、イギリスと同盟を結び、ドイツと戦った。 60万人
以上のカナダ人がカナダ軍に入隊し、約6万3,000人の戦死者が出た。

ボーデンの政府は、はじめ徴兵制はとらないと公約していたが、やがて志願兵
制度では兵員を確保出来なくなり、1917年には徴兵を始めた。 その結果、
徴兵制を支持するイギリス系カナダ人と、反対するフランス系カナダ人とが
反目するようになった。 ボーデンは保守党と自由党の連合政権を実現し、
国論の分裂を避けようとした。

canadaday

戦時中、カナダは軍艦と兵器を生産し、ヨーロッパの戦場に食料を補給して、
多大な富を築いた。 世界大戦に軍事面で協力したことを理由に、カナダは
イギリスに握られていた外交・防衛政策の決定権を要求した。 イギリスと
しても、カナダの労働力と資源に頼らなければならないため、より大きな
自治の権限を求めるカナダの意向を受け入れたが、独立を完全に認めた訳では
なかった。

1921年に、自由党の党首ウィリアム・ライオア・マッケンジー・キングが首相に
なった。 彼の目標の1つは、カナダの独立を勝ち取ることだった。 1926年と
1930年の2度に渡って、キングはイギリスの指導者たちと会見し、独立国としての
カナダの地位を確認して、ウエストミンスター条例を作成した。 1931年に、
この条例はイギリス議会を通過し、カ.0
ナダは内政と外交の両面で実質的に独立
したことになった。 イギリス王国はその後も、カナダの象徴的な国家元首の
地位に留まった。

1930年代に全世界を襲った大恐慌は、カナダの繁栄に大きな影響を与えた。
特に、輸出に頼る度合いの大きい大平原の諸州は、酷い打撃を受けた。 カナダの
外国貿易は非常に衰え、穀物の価格が下がって、失業者の数が著しく増加した。
しかし、1939年に第二次世界大戦が起こると、カナダの経済不況は大幅に緩和
された。 織物、鉄鋼、食料の需要が増した。 大恐慌の間は閉鎖されていた
工場が操業を始め、失業者を雇い入れて軍需に応じた。

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