スイスは、中央ヨーロッパの山の多い国である。 歴史も人種も近隣の国々と
共通する部分が多い。 はじめは、ローマ帝国と神聖ローマ帝国に統治されて
いたが、15世紀になると、3つの自治州(スイスではカントンと呼ばれている)が
ゆるい同盟を結び、連邦を形成した。

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しかし、神聖ローマ帝国から完全に独立して訳ではなく、政治、宗教の面で
帝国との間に争いが続いていた。 当時、神聖ローマ帝国とオーストリアを
統治していたハプスブルグ家は、このスイス連邦を再び完全に支配しようと
したが、うまく行かなかった。

ハプスブルグ家との戦いは、1500年代まで続く。 その頃、ローマカトリック
教会に属していたヨーロッパの多くの国々が、重大な宗教上の問題を解決する
ために、宗教を改革する運動に乗り出した。

この運動が高まり、スイスにプロテスタントと呼ばれる新しい形のキリスト教が
誕生した。 プロテスタントは、カトリックから分離したため、2つの宗教の間で、
幾度も宗教戦争が繰り広げられた。

やがて、スイスは、ローマカトリック教会との対立を解決するが、その後も、
国外から度々脅かされた。 17世紀末には、フランス皇帝ナポレオン・
ボナパルトの支配下に入る。 ナポレオンは、スイス連邦をまとめて中央集権
国家を建設させ、スイス憲法を制定させる。

その後、ナポレオンは、ヨーロッパ連合に敗れ、スイスの独立が連合軍により
承認された。 この時、同時にスイスは国際間の対立には一切関与せず、永久に
中立を維持するという政策を認められたのである。 しかし、スイスは、
ヨーロッパの出来事には全く関わらなかった訳ではない。 例えば、第一次、
第二次世界大戦の間には、難民を受け入れ、医療を提供した。

Swissmap

スイスは、多くの民族から成る国であるため、その点でも様々な問題があった。
公用語には、ドイツ語、フランス語、イタリア語の3言語があるという事実を
見ても、多民族国家である事が分かる。

スイス憲法は、様々な民族に公平な利益を与えるため、各州に大幅な自治を
認めている。 国際的に中立を守り、各州には連邦政府が持つ以外の権利を
与える事により、長年かなり平和な状態を維持して来た。

政治が安定しているため、昔は貧しい国であったスイスは、めざましく産業が
発展した。 その結果、機械と時計の製造では、世界有数の生産国となり、
スイスの銀行は世界最大の利益をあげている。 経済が発展しているお陰で、
スイス人の生活水準は、世界最高の部類に入る。

それでも、スイスの将来には色々な難しい問題がある。 移民政策、ヨーロッパ
諸国との連合、犯罪の増加、医療問題等について、国民の間で様々な議論が
交わされている。 だが、多人種多言語の国民が調和して暮らし、繁栄している
という意味で、恐らく、スイスは世界の最も良いお手本であろう。

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