日本に始めてスキーを伝えたとされている、レルヒ少佐は、オーストリア=
ハンガリー帝国の将校であり、当時、ハプスブルグ家が支配していた、
スロバキアのブラチスラヴァの出身。

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1900年にインスブルックの第14軍司令部附参謀となった際に、山岳地帯の同地で、
スキー訓練に興味を持つようになる。 日露戦争でロシア帝国に勝利した日本陸軍の
研究のため、1910年11月30日に交換将校として来日し、その後、日本の新潟県高田
(現在の上越市)と北海道の旭川他で日本人にスキーを熱心に指導した。 当時は、
フランス人のスキー講師も居たそうだが、そのフランス人は、上流階級の人間しか
相手にしなかったため、レルヒ少佐のように、銅像等は作られなかった。

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当時のスキーは、1本のストックを用いて滑るものと、2本のストックを使用する
ものとが混在してしたが、日本で伝授したのは、1本のストックを用いたもののみ
となっている。 それは、高田の重い雪質と、急斜面を考慮してのことであった。
この1本のストックを用いるスキーは、現在のスキーの滑り方とは、多少異なって
いた。 その後、北海道で指導をした際には、ノルウェー式の2本のストックを
用いたものが主流となりつつあったが、レルヒ少佐は、こちらでも1本のストックを
用いたものを指導した。

尚、レルヒ少佐は、母国語であるドイツ語ではなく、主にフランス語を用いて、
スキーを指導したという。 その理由は、通訳者が、ドイツ語よりもフランス語の
方が得意であったことに由来している。 レルヒ少佐が日本にもたらしたものは、
この他にも、『シュテムボーゲン』、『リュックサック』、『ヒュッテ』という、
日本語にもなっているドイツ語もスキーと共に日本に持って来た。



現在、新潟県上越市高田の金谷山には、日本スキー発祥記念館が設置され、
レルヒ少佐の業績を今に伝えている。 また、毎年2月上旬には『レルヒ祭』を
はじめとした各種記念イベントが開かれており、日本へのスキー伝授100周年を
記念した2006年からは、上越地方を中心に、ゆるキャラの『レルヒさん』が
活躍をしている。

尚、レルヒさんの身長は、2メートル70センチとなっており、全国のゆるキャラの
中でも、突出して高くなっている。

【お勧めの一冊】


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