1935年7月10日に、モスクワ改造計画がソ連共産党中央委員会などにより採択
された。 これはいわゆる『スターリンのモスクワ改造』の基礎となり、1940
年代まで実施された。 1929年から30年に掛けて、赤の広場のレーニン廟が
鉄筋コンクリート製に変えられたが、これが、モスクワ大改造計画の始まりで
あったと言える。

クレムリンの近くにあった巨大な救世主キリスト聖堂は1931年12月に破壊され、
その跡地には巨大なソビエト宮殿の建設が計画され、1939年から建設に着手
したが、1941年に戦争が始まり、その後、工事は二度と再開されなかった。

更に、クレムリンからトゥヴェルスカヤ通りに繋がる辺りに記念碑的な建造物が
造られた。 まず、マネージ広場の脇にホテル・モスクワが出来たが、それまで
あった商店と教会を撤去して作られた。 このホテルの向かい側には、政府用の
建物が建てられた。

モスクワ改造の計画としては、モスクワの周囲に環状線という自動車道路を作った
こと、旧トゥヴェルスカヤ通りをゴーリキー通りと改称して大幅な拡張を行った
ことが挙げられる。

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最も重要なことは、地下鉄の建設であった。 地下鉄は、欧米で始まったものだが、
ロンドンの地下鉄は1863年、ニューヨークの地下鉄は1868年、パリの地下鉄は
1900年に完成した。 後発の社会主義国であるソ連では、土地が国有化されている
ため、地下鉄は、自由に計画したままに建設することが出来た。

モスクワの地下鉄の最初の開通は1935年5月、1号線Sokoljniki~Park Kuljtury間9.5km
及びその分岐線(3号線)Kaliniskaya(現Arbatskaya)~Smolenskaya間2.1kmの
合計11.6kmであった。 モスクワの地下鉄は、旧ソ連時代の『5ヵ年計画』により
建設が進められ、運営は市地下鉄公社が担当している。 最初の建設計画は
1931年に決定され、1932年に着工された。 計画にあたっては、ロンドン、
ニューヨーク、パリ、ベルリンの各地下鉄からの技術支援を得たが、設計、建設は
旧ソ連邦の技術者により行われた。

計画路線網は放射線と環状線から構成され、市内と郊外を結ぶとともに、長距離幹線
鉄道の始発駅と接続されていたが、国鉄路線等との相互直通運転の計画はなかった。
地下鉄建設は第2次大戦中も続行された。

地下鉄シェアはモスクワの全交通量の57%と非常に高く、年間輸送人員は世界一
である。 1990年代までは資金不足のため建設はあまり進まなかったが、最近に
なって連邦政府は建設資金補助を増やし、地下鉄建設に積極的になってきた。
2005年9月10日に4号線の支線としてKievskaya~Delovoy Tsentr間2.2kmが開業し、
さらに2006年8月30日にはMezhdunarodnaya駅までの0.5kmが延伸開業した。

2008年1月7日には3号線の延伸部分Park Pabedy~Kuntsev-skaya間及び4号線の
延伸部分Strogino駅が開業した。 これを機に、4号線のKuntsevskaya~Strogino
間が3号線に統合され、4号線の西方の終点はKuntsevskaya駅となった。

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