日本の国際化が叫ばれて久しいが、日本では、『空気を読む』などという、間違った
日本語がまかり通っている事でも分かる通り、過度の『同調圧力』に支配されている
国である。 日本の国際化は、まだまだ程遠く、自分の頭で考えて行動をする
などと言った、海外では当たり前のことですら、日本では、単なる『異端児』として
扱われてしまうため、それならば、いっそのこと何もしないという短絡的な結論に
至ってしまい、無気力な人間ばかりが増え続けている。

その極端な例が『ニート』なのだが、実は、この『ニート』と呼ばれている人達の
中には、自分なりの考えを持っている人も多い。 日本では、『同調圧力』が
未だに強く、自分とは異なる人間を極力排除しているが、その現状は、求人広告
ひとつを取って見ても、必ず目に入って来る『協調性』という何気ない一言を
見ても、すぐに理解することが出来る。 

【どちらがいじめっ子なのか全く分からない法務省のマンガ】
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日本的なコミュニケーションや社会のあり方に対して、過度の『同調圧力』や
『窮屈さ』を感じるのは、特に珍しいことではなく、軍隊さながらの洗脳教育
により、◯◯とは、こうでなければならないという生き方を一方的に強要される
のが日本社会。 それが、全く窮屈と感じなければ、日本に居ても幸福になれる
のだが、日本における価値観もこの数十年間の間で、劇的に変化した筈なのに、
社会がそれに全く追いついてはおらず、昔ながらの価値観を相変わらず押し
付けて来るため、そこに歪みが生じる。

日本の学校教育では、『個性を伸ばす』という言葉が聞こえてくるのだが、実際に、
社会に出た際に、個性などは、全く必要とはされず、むしと、厄介者としか
扱われない。 日本では、伝統的に、『和』を重んじて来た国であるため、そこへ
突如その『和』を乱す者が現れたとしたら、当然、それを排除するための『本能』が
働く。 例えば、企業面接に行く際に、『個性的』な格好をして行った場合、100%
間違いなく採用されることはない。 日本で生きる際に、もっとも無難なのは、
なるべく目立たないように、社会の片隅でひっそりと息を潜めて生きるしかない。
それが、端的に現れたのが、『ニート』である。

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個性を伸ばすことのメリットも皆分かっているが、今の日本社会では、その
ような『個性的』な人を受け入れる基盤がないため、理想と現実の狭間で苦しむ
こととなる。 インターネットが普及し、世界との障壁がなくなった現代社会では、
そのギャップがますます広がっており、海外からは、日本の『ガラパゴス化』が
叫ばれて久しい。 日本人の価値観も近年大幅に変貌しているのにも関わらず、
社会が対応するスピードが余りにも遅いため、それらに対応し切れなくなって
いる人達が増えているのである。
 
日本でも、近年、デモが社会的な地位を得る位、頻繁に行われているが、日本の
場合は、デモで何かを叫んだところで、特に何も変わりはしないどころか、むしろ、
間違った方向に洗脳されるため、始末が悪い。 世界で最も頻繁にデモが行われて
いるドイツ社会の場合は、環境問題、DV問題、女性の権利、動物愛護、政治等々、
ありとあらゆる事柄でも問題提起をする人が大勢いるが、日本とドイツの違いは、
デモが社会的な影響力を持っているというで、国民の意識が高いため、ドイツ政府も
政治の透明性を常に意識しなけばならず、メディアと市民とが一体となって、政府を
監視する役割を果たしている。

ドイツは移民が非常に多い国だが、様々な価値観が共存する社会の中で、社会も
それに合わせて多様化し、様々な異なる価値観や信条を持つ人達が共存出来る
社会に近づこうと皆努力をしている。 日本とドイツとの違いは、この多様化に
対応出来ているか否かに尽きるのだが、最近、日本でも外国人を見掛けることが
多くなったとは言え、日本に住んでる在留外国人の数は、わずか1.7%と少なく、
その他の人口を占めるのは、そのほとんどが日本人となっていのだが、日本人
社会は、今でも縦割りなことが多く、周囲と自分の意見をシェア出来る場が
ないため、孤立感が募るばかりとなっている。 

そもそも、空気(雰囲気)は、読むものではなく、自分で作るものというのが、
海外での一般的な考え方であり、その場の雰囲気を変えるぐらいの実力がなければ、
社会の荒波は乗り越えられないのだが、日本でそのような大それたことを
仕出かすと、即日解雇となるため、まともな思考回路すら育てることが出来ない。
過度の『同調圧力』は、既に、『恐怖社会』へと変貌を遂げており、それに
耐えられない人間の場合は、自殺をするか、海外へ逃れるしかない。
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 日本で生活をする上で、最も重要なのは、日本社会や政府等に対する『違和感』
を常に持ち続け、インターネットやSNS等を通じて、皆で共有して行くことにより、
社会を少しでも変える方向へ持って行かなければならないところに尽きる。
様々な『多様性』を尊重し合い、お互いを許し合い、これまで通りのやり方を
変えなければ、日本社会は、この先も一生変わらない。

最も恐ろしいのは、『無知』であり、そもそも、何も知ろうとしていない意識
レベルの低い人間に、何をどう説明しようが、土台無理な話し。 マザー・テレサの
言葉にもあるように、『愛の反対は、憎しみではなく無関心』であると気付くべし。
日本社会を支配しているのは、この『無関心』です。

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