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1983年9月1日未明、ロシア極東サハリン沖上空で大韓航空機が旧ソ連軍戦闘機に
撃墜され、乗客乗員269人全員が死亡した事件から37年。 撃墜した戦闘機の
元操縦士が共同通信の取材にこのほど応じ、『軍人としての命令を果たしただけだ。
ただ、別のやり方もあったのかも知れないい』と事件の重荷を背負ってきた人生を
振り返った。



元操縦士は、ロシア南部アドイゲヤ共和国の首都マイコプに住む、ゲンナジー・
オシポビッチ元中佐(70)。 76年からサハリンでスホイ15戦闘機の操縦士として
服務。 予定航路を逸脱したニューヨーク発ソウル行き大韓機ボーイング747が、
サハリン上空を飛行した際、極東各地から緊急発進した戦闘機10機のうち1機を
操縦していた。

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当時38歳。 元中佐によると、防空軍の上官から交信で受ける命令に基づいて
行動した。 計4回の警告射撃後も大韓機は針路を変えず『撃墜せよ』の命令が
下った。 大韓機の右側約5キロの地点から2発のミサイルを発射。 『尾翼
付近に命中し、炎上するのを目撃した』。 帰還した基地で同僚に祝福された。
『撃墜後は怖い夢をよく見た』。

事件後に軍の面談調査を受けた後、異動となり、事件10日後にはマイコプに
着任した。 元中佐は知らなかったが、領空侵犯機の撃墜を正当化する
ソ連政府と、民間機撃墜の非人道性を批判する米国などの非難の応酬が
始まっていた。

ニュースソース: 47ニュース(既に削除済み)



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