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東日本大震災から、4年半以上が経過し、一部では、既に大災害の風化すら終わって
いるが、3,500名以上の死者を出した、最大の被災地である、宮城県石巻市では、
未だ、震災以降に関する意見がまとまってはいない。 子供を失った遺族の間でも、
意見が分かれ、話がまとまらないためだ。

石巻市は、今月の28日にも、市民に対して、門脇小学校と大川小学校の両校舎を震災
遺構として、存続を問うためのアンケートを送付するが、未だ意見は容易にはまとまり
そうにない。

石巻市は、12年ほど前の宮城県連続地震でも被災したが、その時の震災遺構は、
何一つとして残さなかったため、既に記憶の彼方に消え去っている。 同じような
誤ちを繰り返さないためにも、震災遺構は、必要なものだが、市民の納得は、容易に
得られそうもない。

【石巻市立大川小学校付近】


<震災遺構>亡きわが子と会うため通い続ける
東日本大震災の津波で児童と教職員計84人が犠牲になった宮城県石巻市大川小の
児童遺族が、悲しみを抱きながら被災校舎に通い続けている。 震災から4年7カ月
たった今も教室などで、わが子に思いをはせる。 大川小と門脇小を震災遺構候補に
挙げる市は28日にも、両校舎の保存の賛否などを問う市民アンケートを送るが、
遺族からは「遺構としての意義をじっくり考える過程が必要だ」と異論もある。

「ここに来ると娘がいるなという気持ちになり、心が落ち着く」。 只野英昭さん
(44)は20日、校舎を訪れ、3年生だった長女未捺さん=当時(9)=が学んだ
教室を丹念に掃除した。 市の相談員や臨床心理士と合流し、校舎を歩きながら
震災前の様子などを語る。 市震災心の支援室が2014年度から、市立小児童
遺族ら約150世帯を対象にした支援の一環だ。 只野さんは相談員ら2人に
現在の心境を打ち明けた。 「校舎を残したい遺族や壊したい遺族が本音を
話し合い、理解を深めるプロセスが大事。アンケートの実施は尚早だ」

大川小の児童遺族は54家族に上る。学校との関わり方は一様ではない。花壇の
花植え、慰霊碑の清掃、行方不明者の捜索…。
一方、「同じ悲劇を繰り返してほしくない」との思いは多くの遺族に通じる。
6年生だった次女真衣さん=当時(12)=を失った鈴木典行さん(50)は9月、
文部科学省の学校事故対応に関する有識者会議ヒアリングに出席した後、記者会見で
訴えた。 「遺族の気持ちに近づかなければ絶対に良い事故対応指針はできない。
想像してください。 なぜ、亡くなったわが子を抱きしめなければいけないのか」
鈴木さんは校舎の外にあるプールを修復し、17年夏に水を張る構想を描く。
14年夏に校舎を訪れた際、土砂の積もったプールが目に留まった。 
「子どもたちが楽しみ、笑顔があふれていた場所。きれいにしたい」。 1人で
土砂を取り除く活動を始めた。 理解を示したボランティアや遺族ら十数人が
加わり、約2カ月かけて除去した。
 
亀山紘市長はアンケートなどを踏まえ、年度内に保存の是非を判断する方針。
神奈川県の高校2年生50人が研修旅行で26日、大川小を訪れ、6年生だった
次女みずほさん=当時(12)=を亡くした佐藤敏郎さん(52)の話を聞く。
佐藤さんは「悲しみは校舎がなくなっても消えるものではない。 悲しみを
多くの方に伝えることで命の大切さを深く考えることにつながると思う」と
訴える。 
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