ブログネタ
日々の出来事 4 に参加中!

ブルガール人は、かつて現在のロシアからウクライナに掛けて定住していた
テュルク系遊牧民で、元々は、モンゴロイド系人種であった。 その後、広い
地域に分散していた一派が、バルカン半島のドナウ川下流域からトラキア地方に
侵入し、ブルガリア帝国を建国。 キリスト教の正教会信仰を取り入れ、先住民
である南スラヴ人に同化されて、現在のブルガリア人の先祖となった。 そのため
プロト・ブルガリア人とも呼ばれる。

mq1

ブルガール人の先祖は、2世紀頃にウラル山脈以西、および、中央アジア西部から
ヨーロッパ大陸の東部に姿を表し、カスピ海と黒海の間に広がる草原地帯で
遊牧生活をおくるようになった。 一部はこの地域でフン人の西進に加わり、
東ヨーロッパに移動した。 フン人の西進後、ブルガール人の一派は5世紀頃から、
アヴァール人の一派と共に度々東ローマ帝国支配下の東ヨーロッパ方面に侵入する
ようになった。
 
6世紀の中頃、ブルガール人は、アゾフ海の北岸からヴォルガ川下流域の草原
地帯において部族連合国家「大ブルガリア」を形成した。 しかし、ブルガール
部族連合は分裂し、北方にはヴォルガ・ブルガール、西方にはドナウ・ブルガールが
移住して行った。 原住地に残ったブルガール人たちは、アゾフ海沿岸を支配する
部族連合国家を維持し、ヴォルガ・ブルガールやドナウ・ブルガールとの対比から、
大ブルガリアと呼ばれた。 大ブルガリアの本拠地は、現在のアゾフ・ロストフの
北方の草原にあった。
 
bulgar-emap

大ブルガリアは、7世紀頃、モンゴルの支配を脱して西進を開始したカフカス北麓の
チュルク系遊牧民集団ハザールによって駆逐され、多くの部族民は、ハザール可
汗国に加わり、次第にハザール人と同化して行ったが、10世紀のハザールの滅亡と
共に、ほとんど解体した。 一部の部族集団は、ヴォルガ川を遡ってカマ川との合流
地点に近いヴォルガ川屈曲部(現在のタタルスタン共和国周辺)に定住、農業と
交易に従事するヴォルガ・ブルガールとなった。

彼らは、ハザール可汗国の支配下に入るが、のちにアッバース朝と通行を結んで
イスラム教を受容、ハザールの衰退と共に独立して王国を形成したが、13世紀に
モンゴル帝国に征服されて滅亡した。 ヴォルガ・ブルガールの人々はジョチ・
ウルス(キプチャク・ハン国)の領民となり、現在ヴォルガ屈曲部に住む
テュルク系民族のヴォルガ・タタール人やチュヴァシ人はその後裔であるとされる。
特にチュヴァシ人の話すチュヴァシ語は、チュルク諸語の中でもブルガール人の
話していた言語の特徴を保持しているという。
 
Bulgaria_800ad

一部の部族集団は、黒海北岸を経てバルカン半島に進入、ドナウ川の下流域に
定住した。 この集団をドナウ・ブルガールと言う。 彼らは南隣する東ローマ
帝国と戦い現地のスラヴ人を支配する国家を形成し、680年に第一次ブルガリア
帝国(ブルガール・ハン国)を建国した。 ブルガール・ハン国のブルガール
人達は、9世紀頃にキリスト教を受け入れ、次第にコーカソイドに属する
スラヴ人と同化し、今日のブルガリア人を形成して行った。

Bulgar_warrior

【ブルガール語】
ブルガール人が使用していたとされるブルガール語は、バルカン半島、ヴォルガ川
中流域、北カフカスなどで話されていたと考えられる言語。 テュルク諸語の中での
位置付けは不明確であるが、チュヴァシ語と近縁と見られている。 ブルガール語の
話者は、ヴォルガ・ブルガール、ドナウ・ブルガールを構成する民族集団に含まれて
いたと考えられている。 現代のチュヴァシ語は、他のテュルク諸語とブルガール語
との間で見られる音韻上の対立が規則的に現れる事から、現在存在する言語の
中では、ブルガール語に近縁の唯一の言語であるとみなされている。 尚、現在の
ヴォルガ・タタール語は、ブルガール語の要素を一部含むものの、キプチャク系
テュルク言語とブルガール語の混交言語と考えられている。

【ドナウ・ブルガール語】
9世紀には、ドナウ・ブルガール人のスラヴ化に伴い、バルカンでの話者は途絶
したと見られている。 ドナウ・ブルガール語の碑文は、ブルガリア北部の
プリスカや、ルーマニアのムルファトラルで発見されている。 これらの碑文は
ギリシア文字や突厥文字(オルホン文字)の古チュルク文字にて書かれており、
内容は祈祷文や讃辞の他、法廷目録である。
 
ドナウ・ブルガール語の碑文は、ギリシア語で書かれた同一碑文と共に見つかる
例があり、スラヴ化が進む前のブルガリア第一帝国の支配者が、ギリシア語を
公用語として使用していた事が分かる。 尚、現在のブルガリア語は、被支配者で
あった南スラブ人の言葉であり、支配者の言語が被支配者の言語に吸収されたと
言う、世界的に見ても、かなり珍らしい言語となっているが、その被支配者で
あった言語が、スラブ祖語である古代教会スラブ語の基となったのは、かなり
興味深い。 

【ヴォルガ・ブルガール語】
ヴォルガ川中流域では、13世紀から14世紀ごろまで存続したとみられるが、
モンゴルによるヴォルガ征服に伴い、住民のキプチャク化が進み死語となった。
ヴォルガ川流域では、アラビア文字や古テュルク文字を使ったヴォルガ・
ブルガール語の碑文が多数発見されている。

>>トップページに戻る



クリックをお願いします☆
にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
にほんブログ村