オーストリア共和国は、ヨーロッパにある連邦共和制国家で、首都は、いわずと
知れた、音楽の都ウィーン。 約650年もの間、中央ヨーロッパにおいて、
ハプスブルク家の帝国として君臨し、第一次世界大戦前までは、イギリス、ドイツ、
フランス、ロシアと並ぶ欧州五大列強国とされていた。 1918年、第一次世界大戦
での敗戦、並びに、革命により、1867年より続いたオーストリア=ハンガリー
帝国が解体し、共和制となった。

かつては、多民族国家であった旧帝国のうち、支配的な民族であった
ドイツ民族が多数を占める地域のみにおおむね領土が削られ、現在に至っている。
1938年には、ナチス・ドイツに併合され、敗戦後の1945年から1955年に掛けては、
連合国軍による分割占領の時代を経て、1955年に独立を回復した。 EU加盟
以降は、同言語同民族でありながら、複雑な国家関係が続いていたドイツとの
距離が再び縮まりつつあり、一部では、ドイツ民族至上主義が台頭している。



ドイツ語での国名、Österreich は、『東の国』という意味であり、フランク
王国の頃にオストマルク東方辺境領が設置された事に由来する。 オーストリアは、
しばしばオーストラリアと間違われるが、オーストラリアは、ラテン語で
『南の地』を意味しているため、オーストリアとは語源的にも無関係である。

日本では、オーストリア大使館とオーストラリア大使館を間違える人もおり、
東京都港区元麻布のオーストリア大使館には、同じく港区三田の
『オーストラリア大使館』への地図が掲げられている。

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オーストリアとオーストラリアの国名の混同は日本だけではなく、英語圏の
国にも広く見られ、聞き取りにくい場合には "European" (ヨーロッパの
オーストリア)が付け加えられる場合がある。 2006年10月に、駐日
オーストリア大使館商務部は、オーストラリアとの混同を防ぐため、国名の
日本語表記を『オーストリア』から『オーストリー』に変更すると発表した。

オーストリーという表記は、19世紀から1945年まで使われていた
『オウストリ』という表記に基づいている。 発表は大使館の一部局である
商務部によるものだったが、署名は、当時のペーター・モーザー大使と
エルンスト・ラーシャン商務参事官の連名で行われ、大使館および商務部で
変更を検討し、オーストリアの国名の全面的な変更を思わせるものであった。
 
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しかし、2006年11月、大使は、国名表記を決定する裁量は日本国にあり、
日本国外務省への国名変更要請はしていないため、公式な日本語表記は
『オーストリア』のままであると発表した。 ただし、オーストリーという
表記が広まる事により、オーストラリアと混同される事が少なくなる事を
願っているとされた。
 
その後、大使館商務部以外では、大使館、日本の官公庁、マスメディアなどに
『オーストリー』を使う動きは見られない。 昨年度から、旧ソ連邦構成
国家であった、グルジアが、『ジョージア』と改名されたが、こちらも
その名前が、どれほど定着するのか、かなり懐疑的である。

オーストリアのドイツ語は、ドイツのドイツ語とは差異が大きく、ドイツ語の
一方言とするのか、または、別言語とするのか、言語学的に見ても、かなり
難しいところ。 民族と言語はドイツと同じだが、国家とその歴史がドイツとは
異なるのがオーストリア。 国が異なれば、言語も別であろうとするウクライナ
とは対極を行っている国。 普段は、100%オーストリア・ドイツ語だけで
話しているが、基本的に、標準的なドイツ語も喋れるのがオーストリア人。

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