多言語翻訳GoWest ~多言語のススメ~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

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    カナリア諸島州政府とスペイン・オリンピック委員会(COE)は、2018年
    7月30日、eスポーツの強化促進のための共同研究に関する契約を締結した。
    ラス・パルマス市の高等科学技術博物館で開催された式典には、フェルナンド・
    クラビホ カナリア諸島州知事とスペイン・オリンピック委員会会長である
    アレハンドロ・ブランコ氏が出席した。

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    スペイン・ビデオゲーム&eスポーツクラブ最高責任者のモイセス・イスラエル・
    ガルゾン氏、カナリア諸島eスポーツタレントプロジェクトのミゲル・
    ベタンコル氏らが出席し、両氏は、カナリア諸島がこのような取り組みを
    促進するための最初の独立したコミュニティとして位置付けられ、スペイン・
    オリンピック委員会がeスポーツを統括するようになるとした。

    この締結は、オリンピックにおける新たな動きを分析・対応するために、スペイン・
    オリンピック委員会とスペイン・ビデオゲーム&eスポーツクラブ(FEVES)が
    合意に達したため、締結されたものである。 COEとFEVESは、近年、
    国際オリンピック委員会(IOC)が制定した流れに追い付いて 行きたいと
    考えており、IOCは、最近、eスポーツの代表らと初めて会合を開き、 まずは、
    様々な意見を話し合うワーキンググループの設置を目指し、オリンピックに
    競技をリンクさせる方法を模索するとしている。 有名なゲーマーも参加した
    このイベントでは、eスポーツに関連したデモンストレーションも開催された。

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    【カナリア諸島の今後のeスポーツに対する取り組み】
    カナリア諸島州政府は、eスポーツのプラットフォームとして島を発展させる
    ためには、 COEとの協定締結に先駆けて、この分野で先行しているロンドン・
    スクール・オブ・エコノミクス、日刊スポーツ紙マルカ、更には、他の
    ヨーロッパのゲーマーらとeスポーツのワークセッションを行ったマンチェスター・
    シティなどとも強化戦略に関する関係構築を模索しており、マドリードにある
    ハイパフォーマンスセンターでは、つい先日、カナリア諸島のeスポーツ
    プロジェクトに関する会合が開かれたばかりだ。

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    2018年3月12日 ストックホルム

    ストックホルム市は、2026年の冬季オリンピック開催に関心を示していたが、
    危機を迎えている。 ストックホルム市長で社会民主労働党のカリン・
    ヴァンゴルド女史は、冬季オリンピックの話を進めるための政治的な支援が
    ないと述べている。

    昨年11月、スウェーデン・オリンピック委員会は、ストックホルムでの
    2026年冬季オリンピック開催に意欲を示したが、IOCへの正式申請期限は
    2018年3月31日となっており、ストックホルムが立候補することはかなり
    絶望的となっている。
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    スウェーデン・オリンピック委員会のストックホルム・オリンピック開催
    担当者は、ストックホルムでのオリンピック開催を諦めないとしながらも、
    1994年に冬季オリンピックを開催したリレハンメルを応援するとも語った。

    現在の状況は、ストックホルム市長が所属する社会民主労働党のみが、
    オリンピックとパラリンピックの開催に対して明確に賛成していることが
    分かっており、ストックホルム市内のいくつかの団体とストックホルム郡の
    他の自治体や有識者達らがオリンピック開催に対して肯定的であるに過ぎない。
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    IOCからのオリンピック開催の条件を要約すると、開催都市にもっとお金を
    使うことが暗示されており、オリンピック開催のための施設が既に整っている
    都市の方がより高く評価されている。

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    ゴールデンウィークを利用して、信濃大町から富山までの日本アルプスを
    旅しました。 この季節は、「黒部立山アルペンルート」が冬季閉鎖から
    営業再開をしたばかりであれるため、数メートルの高さの雪の壁を見ることが
    出来る。

    【松本駅→扇沢駅】
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    黒部立山アルペンルートとは言うものの、1本で繋がっている訳ではなく、
    何度も何度も乗換えを繰り返さなければならないため、時間にはある程度の
    余裕を持って行動しなければならない。 まずは、松本駅からJR大糸線で
    信濃大町駅を目指します。

                 黒部ダム
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    黒部立山アルペンルート全ルート通しでの割引券、電鉄富山駅まで10,850円で、
    そこから、まずはバスに乗り、約40分程でトロリーバス乗り場の扇沢駅(1,433m)
    へと到着。 日本では、トロリーバスは非常に珍しいが、山の中をトンネルで
    通過するため、排気ガスを考慮してトロリーバスになった模様。 尚、この
    トロリーバスは、1964年に開業した物だが、2018年11月30日をもって廃止され、
    2019年4月からは、コスト削減を目的として、全て電気バスに切り替わる。
    この電気バスは、車載バッテリーで動き、1回の充電で30キロの走行が可能だ。

    【黒部ダム→黒部湖】
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    トロリーバスの終点は、黒部ダム(1,470m)。 そこから今度は、0.6kmを
    約15分程度掛けて歩く。 ここでは、黒部ダムの真上を歩く事が出来るため、
    黒部立山アルペンルート随一の絶景ポイント。 この0.6kmは、黒部ダムにある
    湖を歩いて渡らなければならないため、特に交通手段はない。

    続いて、ケーブルカーで黒部平(1,828m)まで0.9km、約5分の移動で約400m程
    一気に山を登る。 黒部平は山頂にあるため、そこからロープウェイで1.7km、
    約7分で更に500m程山を登り、大観峰(2,313m)へ。

    【黒部平→富山駅】
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    今度は、再度トロリーバスに乗り換え、立山室道(2,450m)へと到着。 ここが
    この黒部立山アルペンルートの最高地点であり、長野側から行くと、最後の
    乗り換え地点となる。 そこから高原バスに乗り換えるが、雪の壁があるのは、
    この地点で、途中、各地点で停車するバスと、全て通過するバスとに分かれるが、
    全て通過するバスに乗ってしまうと、途中で雪の壁の撮影が殆ど出来なくなる
    ため、要注意。 ここからバスで30分程走行し、一気に下界を目指します。

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    美女平(977m)から再度ケーブルカーに乗り、立山駅(475m)へ。
    そこから今度は、富山地方鉄道へと乗り換え、富山駅を目指します。
    往復割引を使ったとしても、合計で18,260円も掛かるため、よほど
    感動したのでなければ、片道だけで十分楽しめると思います。

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    ドラえもんの作者として有名な藤子・F・不二雄(本名/藤本弘)氏は、
    1933年12月1日、富山県高岡市に生まれた。 彼を記念した博物館は、
    神奈川県川崎市にある「藤子・F・不二雄ミュージアム」が有名だが、
    有名マンガ家の出身地である富山県高岡市にも彼を記念した
    高岡市 藤子・F・不二雄 ふるさとギャラリーがあります。

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    同じ富山県氷見市出身の安孫子素雄(藤子不二雄Ⓐ)と共に「藤子不二雄」
    としてコンビを組み、数多くの作品を発表した。 代表作には「ドラえもん」
    「パーマン」「キテレツ大百科」「エスパー魔美」「21エモン」など多数。
    ファンタジーをモチーフにした作品が多いが、ドラえもんを含めて、哲学的な
    深い話題を扱うことも多かった。 作者名の間にある「F」は本名「藤本」の
    頭文字を意味している。

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    川崎市にある大人気のミュージアムの方は、主に、作品の展示がメインだが、
    こちらのふるさとギャラリーは、彼の半生がテーマ。 よって、作品の展示は
    少なく、マンガを書く際に実際に使用していた物や、過去の歴史を主に展示
    しているため、歴史資料館と言った方が分かりやすい。 この日は、たまたま、
    「ドラえもん展」を開催していたため、ギャラリー内は、ドラえもん一色でした。

    【高岡市 藤子・F・不二雄 ふるさとギャラリー】
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    高岡市にあるドラえもんに会えるマップ
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    【ドラえもんに会える街、高岡市】
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    人口約17万人、富山県第二の都市である高岡市内には、ドラえもんの他にも、
    高岡大仏や土蔵の街山町筋など、見所が多いため、ドラえもん以外の歴史散策も
    同時に楽しみたい。 東京駅からは、北陸新幹線で1本で行けるドラえもんに
    会いに旅はいかがでしょうか。

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    石川県北部の輪島市にある永井豪記念館は、全国に複数あるマンガ家を
    題材にした記念館の中でも、ヒーロー、ヒロンやロボットをテーマとした
    展示が非常に多いため、他の「マンガ館」とは、趣が異なっている。

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    【永井豪記念館】
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    永井豪氏の代表作と言えば、「ハレンチ学園」「デビルマン」「マジンガーZ」
    「ゲッターロボ」「キューティーハニー」「ドロロンえん魔くん」などがあり、
    少年マンガの世界に性やバイオレンスの要素を大胆に取り入れ、後続のマンガ家に
    多大な影響を与えたことでも知られている。

    石ノ森章太郎氏のアシスタントを経て、1967年『目明しポリ吉』でデビューし、
    続々と「マジンガーZ」「グレートマジンガー」「UFOロボグレンダイザー」
    「ゲッターロボ」等々のロボットヒーローを発表し、世界中のロボットアニメの
    お手本となった。

    1945年生まれの永井氏は、現在70歳を超えているが、現在でも現役で、2015年から
    ビッグコミックに「デビルマン」の最新作である「デビルマンサーガ」を
    掲載中である。

    【輪島の朝市】
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    尚、輪島には鉄道が通っていないため、能登空港からタクシー、レンタカー、
    または、金沢から特急バスで行くしか方法がないが、そこまでしてでも見る価値は
    十分あるため、それなりの装備を整えてから行くことをお勧めします。 尚、
    輪島からさほど遠くない場所には、高岡市 藤子・F・不二雄 ふるさとギャラリーも
    あるため、2つまとめて訪れると、効率的な旅が楽しめる。

    館内は、入り口付近を除いて、撮影禁止の場所の方が多いため、余がっかり
    しないように。


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    超大型台風が接近する最中の2018年9月28日~10月1日まで、鹿児島県の
    奄美大島に行って参りました。 成田からの行きのフライトは何事もなかった
    ものの、この奄美滞在期間中に過去最大級の台風が島を通過したため、
    到着時には、既に風が若干強くなっていました。

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    奄美空港に到着早々、暴風域に入ってしまったため、おおしけの海。
    とりあえず、奄美に来た際には、毎回行っている、ひさ倉の鳥飯(けいはん)を
    食べてから、最南端の古仁屋(こにや)を目指します♪

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    基本的に、マリンスポーツは、古仁屋の方が色々と揃っているため、毎回
    古仁屋に行っているのだが、奄美の人達に言わせると、珍しいらしい。
    名瀬がある奄美市の方が大きいものの、個人的には、滞在するのであれば、
    古仁屋をお勧めします (^-^)

    【奄美空港→古仁屋】
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    奄美大島の古仁屋にある日本復帰の歌碑と過去最大級の台風が過ぎ去った後の
    奄美大島の様子。 夜間、数時間程度停電したものの、その後復旧。 地元の人の
    話では、古仁屋には自衛隊があるため、復旧が早かったとか。 翌朝は、街中で
    色々な物が吹き飛ばされていましたが、この黒ウサギがいる場所が指定避難所
    でした。

    大型台風直撃により、コンビにも全て閉店。 前日の夕方に、食料の買出しに
    行っていたため、半日以上も停電していた割には、特に困ることはなかったものの、
    マリンスポーツは全て中止、並びに、全く外出出来なかったため、何のために
    奄美までやって来たのか、全く分からない状況でした。 知り合いも避難中のため、
    結局は、誰とも会えず。。

    【古仁屋】
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    この後、奄美市に行った際には、スーパーも概ね閉まっており、一部営業中の
    スーパーは、自家発電により営業を行っていました。 市中心部の名瀬では、
    店舗の殆どのシャッターが閉まっており、ひっそりと静まり返ったまま。 ここで、
    大島紬の反物を30cm四方買い求めました。 奄美大島の大島紬は、元々は、薩摩の
    島津家への献上品であったため、奄美の島民達は、着る事すら許されなかった
    高価な織物。

    【名瀬】
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    奄美大島最北端にある あやまる岬は、奄美10景にも数えられている風光明媚な
    場所。 観光地と言っても、バスで行くのは難しいため、レンタカーがお勧め。
    台風が去った後なので、海が非常に綺麗でしたが、この日もマリンスポーツは
    結局出来ずに終わりました。。

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    ベオグラードから、ヨーロッパ最大の人口1,100万人の人口を抱える
    モスクワへと到着。 東京23区の人口は、900万人弱しか居ないため、
    モスクワ市の方が200万人程度人口が多いことになります。 モスクワは、
    この20年間で中国をも上回る大幅な経済発展を遂げました。 機内から下に
    見えているのが、「モスクワ」の名前の由来となった「モスクワ川」。

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    ソ連の時代は、上空からの空撮は絶対に禁止されていたのだが、今では、
    どこで写真を撮ろうが日本よりも自由。 尚、モスクワには、この
    シェレメチェヴォ空港を含めて、合計で6つの空港があります。
    チェレメチェヴォ空港→ドモデドヴォ空港の移動には、特急+地下鉄+特急
    でも2時間程度は掛かりますが、タクシーで移動すると、大渋滞にはまり、更に
    大幅に移動時間が掛かるため、絶対にお勧め出来ません。 モスクワでは、
    タクシーは値段交渉制であり、アプリで予約をするのが普通のため、モスクワ
    滞在前には、Yandex Taxi を登録をしておいた方が便利。

    【モスクワ】
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    ベオグラードからの機材は、今回はシェレメチェヴォ空港ターミナルF
    (旧シェレメチェヴォ第1空港)に到着したため、ターミナルD
    (旧シェレメチェヴォ第2空港)までの移動に45分程度掛かりました。
    モスクワで1時間半の乗り換え時間があったため、お土産を購入しようかと
    思っていたところ、全く時間が足りず、友人用のお土産として、目の前に
    あったチョコレートを購入するのが精一杯でした。

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    尚、シェレメチェヴォ空港は、ロシア語、英語、中国語併記ですが、中国語が
    分かりやすくて一番便利w

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    ベオグラード最終日は、中心地にあるスカダルスカ通り(Skadarska)で
    代表的なセルビア料理とセルビア(トルコ)コーヒーを頂きました。

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    お隣りのボスニアでは非常に苦いコーヒーしかなかったため、ベオグラードでも
    再度注文してみたものの、やはり、非常に苦い。 付け合せのスウィーツが
    なければ、非常に厳しいほろ苦さw ヨーロッパでは、ウィーン風のコーヒーが
    主流(日本と同じ)だが、セルビアは、オスマン・トルコによる支配が
    長かったため、この様なトルコ風がメインで、粉が沈殿するのを待ってから
    飲みます。

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    【スカダルスカ通り


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    日本でも飲まれているウィーン風のコーヒーの飲み方は、オスマン・トルコ軍の
    ウィーン包囲後にウィーン市民が粉を濾して飲む方法を開発したことにより、
    全世界に広まった飲み方で、ウィーンからコーヒーと共に世界中に広まったのが
    クロワッサン。 クロワッサンは、ハプスブルグ家のマリー・アントワネットが
    嫁入りの際に、お抱えの調理師と共に、フランスのブルボン家に入り、そこから
    世界へと広まったため、フランスの食べ物と勘違いしている人が多い。

    ベオグラードでの最終地、旧ベオグラード中央駅は、新ベオグラード中央駅が2キロ
    ほど先に完成したため、既に閉鎖されているものの、ニコラ・ステラ・ベオグラード
    空港へ行くための空港シャトルバスは、今でもこの旧ベオグラード中央駅の隣
    (非常に分かり辛い)から出ています。

    べオグラードからの帰りの飛行機は、共同運航のエア・セルビアではなく、
    アエロフロート・ロシア航空。 ロシア語で全て言ってくれるため、非常に楽。
    エア・セルビアは、セルビア語と英語のみでの機内放送でした。 ドナウ川を渡り、
    パンノニア平原を超え、ウクライナ、ベラルーシ上空を通過して、ロシアへと
    戻ります。

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    ポドゴリツァから夜行列車に乗り、早朝の7時前にベオグラード中央駅に到着。
    このベオグラード中央駅は、ほんの数ヶ月前に新たに開業したばかりの駅らしく、
    旧ベオグラード中央駅は既に閉鎖されていた。 但し、空港行きのバスは、
    その閉鎖された旧中央駅前から出るという、不条理極まりない状況を知ったのは、
    このベオグラード中央駅に着いて暫く経ってから。

    【ベオグラード中央駅付近】
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    ここから旧中央駅までは、約2キロ弱離れているが、早朝に到着してしまったため、
    折角なので、ここから数時間掛けて、ベオグラードの街を歩き回りました。
    とりあえずは、中央駅からさほど離れていないセルビア正教最大の教会である
    聖サワ大聖堂へと行きました。 朝が明け切らない時間帯に到着したため、
    まだライトアップされていました。 旅先では、基本的に足で歩くことに
    しているため、ベオグラードでもかなり歩き回りました。

    聖サワ教会は、まだ朝の7時過ぎであったため、開いてはおらず、適当に歩いて
    いたところ、更に違うセルビア正教会があったため、中に入って見ました。
    正教会は、基本的に、どこも大体同じですが、セルビア正教会には、何故か
    ろうそくが立っていなかった。 ろうそくの販売はあったものの、何故か
    ろうそくに火をともして立てている人が居なかったのは、参拝者が少ないから
    なのか?

    【セルビア正教会
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    そこから、更に暫く歩き、ベオグラード市最北端のドナウ川沿いにある
    ベオグラード要塞まで行きました。 この対岸からすぐの場所から、ハンガリー
    (マジャール)人の自治共和国、ヴォイヴォディナの領土となる。 セルビアは、
    国内にコソヴォの他に、すぐ目の前にも他民族のヴォイヴォディナがあるため、
    地政学的に非常に不安定となっている。 現在、ロシアと最も友好関係を保って
    いるのが、このセルビアだが、ロシアに頼っているのは、地政学的な理由が
    大きいと思われる。

    ベオグラード要塞には、何故か、恐竜を模した公園があるのだが、有料であったため、
    とりあえずは無視し、セルビア料理を食べにベオグラードで一番の繁華街へと
    向かいます。 セルビアは現在、キリル文字からラテン文字(ローマ字)への
    移行期間となっており、古い看板はキリル文字、新しい看板はラテン文字で記載
    されている。 発音的には全く同じなのだが、元々、セルビア語とクロアチア語は、
    文字が異なるため、別言語とされていたものの、セルビア語もラテン文字になって
    しまった場合は、その違いは、宗教だけとなる。

    【ベオグラード要塞
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    日本政府の北方領土交渉を見ていると、第二次世界大戦(日本では太平洋戦争)の
    結果を一切認めてはいないため、国際的な観点から見ると、「交渉の席にすら
    就けていない」とみなすのが妥当な評価だと思うのだが、日本政府が本当に
    国際法の則って争う気持ちがあるのであれば、まずは、現状を受け入れ、そこから
    打開策を見つけ出さない限り、国際的な効力が得られないため、この先も
    北方領土は1島足りとも返っては来ない。

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    日本は、アメリカとの「日米安保条約」により、日本国内のどこにでも米軍施設を
    造ることが可能だが、いつまでも意味不明な対応を採り続けている日本政府を
    相手に、誠実な対応をしているロシア政府の方が数段まともだとも言える。
    ロシアが抱える隣国との領土問題は、これまでにノルウェー、リトアニア、
    中国、ウクライナと全て解決済みのため、日本との「北方領土」問題のみしか
    残されてはいないが、ロシアは、元々親日国であるため、日本の交流を早急に
    望んでいるものの、そんなロシアの親日情報すら日本側には何も伝わっては
    いないどころか、逆に情報自体が非常に歪められている。

    これは、実戦経験のない自称専門家らが、自己の勝手な憶測や感情移入を
    ふんだんに含めた情報を垂れ流しているため、そのウソの情報を真に受けている
    人間が多いのが現状。

    これまでの北方領土の交渉に関しては、私の覚えている限りでは、エリツィン氏が
    ロシア初代大統領になる以前の共産党第一書記時代の1989年に根室までやって
    来て、「北方領土は日本の領土である」とハッキリと述べているのだが、その後、
    1991年末にソ連邦が崩壊し、その直後に行われた1993年の領土交渉においても、
    歯舞群島、色丹島、国後島の3島までの日本側への引渡しは確定的だったのにも
    関わらず、日本政府があくまでも「4島一括返還」に固執したため、2島どころか、
    1島すら返って来なかったというのが歴史的事実なのだが、そのような愚かな
    過去も日本政府は公式に認めるべきだと思う。

    plt1811160024-p2

    北方領土問題は、実は、田中角栄の時代には、4島全てで解決しそうになった
    時期があったのだが、その直後に、「ロッキード事件」をでっち上げられて失脚、
    鳩山由紀夫は一家全体がロシアの専門家だが、沖縄の米軍基地問題に切り込んだ
    直後に、民主党ごと失脚。 結局のところ、全てアメリカが絡んでいるため、
    全ての交渉が流れている。

    2000年代に入り、プーチン氏の代に代わってからも、3島を先に引き渡し、軍事
    基地がある択捉島は、早急に結論を出さずに、「未来の世代に委ねる」という
    ところまで交渉が進んだものの、日本政府があくまでも「4島一括返還」の姿勢を
    一切崩さなかったため、今日に至っている。

    北方領土最大の択捉島は、先の述べた「日米安保条約」により、そのまま米軍基地に
    されることがほぼ確実なため、ロシア側としては、すぐには引渡しが出来ない。
    このことは、先日の領土交渉にて、プーチン氏もハッキリと述べている。
    ロシアにとっては、最後の隣国との領土問題となるため、早々にこの問題を
    解決したいのだが、日本のメディアが発信する情報は、全てアメリカ寄りで、
    ウソばかり報道されないため、この国では、ある一定数の人間は、ロシアとの
    交流など一切望んではいないと考えて間違いない。



    かれこれ30年以上も「北方領土問題」を見て来たが、現在の状況は、過去よりも
    遥かに後退している。 本気で北方領土を返して欲しいのであれば、まずは、
    過去の歴史を正確に学ぶべきなのと、ウソしか言わない自民党与党政府のそのウソを
    しっかりと見抜けるようになってから責任のある発言をすべし。 余計なウソの
    拡散は、更に領土の引渡しを遅らせるだけなので、北方領土の返還を遅らせて
    いるのは、誰でもない、実は、日本政府とその国民だと思う。

    北方領土に渡航自粛令を発令しているのは、実は、日本の外務省であり、ロシアの
    外務省ではない。 北方領土、ロシア語名「南クリル」は、ロシアのビザさえ
    取得すれば、誰でも行くことが出来る。

    北方領土の日本政府の見解としては、以下の通りになるが、現在国際法上でも
    「南クリル」は、ロシアの領土なのに、「いまだかつて一度も外国の領土となった
    ことがない」と平然と述べている時点で、国際法を完全に無視しているため、
    話が全く先に進まない。

    日本の領土をめぐる情勢(外務省)
    (1) 北方領土はいまだかつて一度も外国の領土となったことがない、日本固有の
    領土です。しかし、現実には、北方領土は依然としてロシアの不法占拠の下に
    おかれており、現在、日本はロシアとの間で北方領土返還のための交渉を精力的に
    行っています。

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    話し合いにはそれなりのルールが必要だが、そのルールを完全に無視して、己の
    ことだけを述べ立てるのは、大人がすべき行動ではない。 北方領土問題の担当は、
    内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)だが、過去に北方領土のことを
    学んだことすら人間が、何をどうやって領土交渉に望めるのか、甚だ疑問である。
    最近では、安倍首相自らが、何度も会談に臨んでいるが、特に何の知識も持ち
    合わせてはいないため、単なる税金の無駄使いにしか見えない。 国民の税金を
    投入して会談に臨むからには、それなりの「成果」が必要だが、その成果すら
    全く期待出来ないのであれば、そもそも、会談自体を開催する意味がないが、
    日本政府は、隣国を「敵」に仕立て上げて、軍備増強を押し進めようとしている
    としか思えない。

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    ティラナ中心部にある広場は非常に明るい雰囲気で、また来たくなるような国
    アルバニア。 元々社会主義の国なので、建物は重厚な造りとなっています。

    ティラナで見る物と言えば、放置されたピラミッドぐらいだが、共産党時代に
    建設された物が今でも放置されているとか。 とかく、旧共産主義国家には、
    〇〇廟なる崇拝施設があるのだが、アルバには、そのような物はない模様。

    【ティラナ】
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    ティラナのバスターミナルは、中心部から歩いて約30分の場所にあり、鉄道の便は
    更に少ないため、東欧の移動はバスが主流となります。

    【バスターミナルの場所】

    ティラナのバスターミナルは、東欧に良くある情報が一切何も書いていないため、
    行き先表示板もなければ、案内所もないため、適当な窓口に入って、ポドゴリツァ
    行きのバスのプラットフォームを確かめたものの、定刻よりも15分程度遅れている
    そうで、暫く外でバスを待つことになりました。

    【ティラナ中心部~バスターミナル】
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    ティラナを出てモンテネグロへ向かう途中、アルバニア最古の都市にして、第4の
    都市であるシュコドラを通ったのだが、こちらの街もかなりの経済発展を遂げて
    いる様で、こちらは、元々は、モンテネグロ領だったらしい。

    シュコドラを越えて、再度モンテネグロへと入る際の国境がなかなか曲者で、国境を
    越えるだけで1時間以上も掛かりました。 モンテネグロに入ってからは、首都の
    ポドゴリツァまでは、ものの20分程度という至近距離です。

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    アルバニアは、長らく「ヨーロッパ最貧国」と呼ばれ続けて来たのだが、
    大規模内戦により、ウクライナがヨーロッパ最貧国に落ちたため、アルバニアは
    非常に貧しい国のイメージを持っていたのだが、今では、このように凄まじい
    経済発展を遂げ、物価も東京並と、ヨーロッパの中では非常に安いものの、
    アルバニアにすら追いつかれてしまった日本を見て、非常に情けなくなりました。

    【ティラナ】
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    ティラナの広場では、ビアガーデンが開かれており、長年鎖国政策を採っていた
    国とは思えない程、非常に明るい感じがしました。 今時、日本製品程度の
    商品は何処ででも手に入るため、中国人による爆買いが日本では全くなくなった
    のも、そういう意味だと思います。 アルバニアは、コソボ人の国であり、
    隣国であるコソボとの併合を望んでいるものの、コソボは大国の利権が複雑に
    絡んでいるため、アルバニアとコソボの合併は容易ではない。 アルバニア人は、
    見た目的にも、スラブ人とは全く異なり、髪の毛や目が黒く、どちらかと言うと、
    ギリシャ人に見た目が似ていると思います。

    【夜のティラナ中心部】
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    アルバニアは、長年鎖国政策を敷いていたため、他の社会主義諸国とは、全く
    別の道を歩んでいたものの、ここにも近代化の波が押し寄せ、日本とも差ほど
    違わない生活がおくれるようになりました。 しかも、後から発展した国の方が、
    建物が真新しいため、アルバニアは今後かなり発展するのではないかという
    可能性すら感じました。

    双頭の鷲をシンボルにしている国は、ヨーロッパでは非常に多いものの、
    黒い鷲に赤の背景は、ショッカーの旗を連想させるため、悪の帝国・・・
    ではなく、非常にかっこいいですw

    お土産品として、マグネットや木工品を置いてあるのは、ヨーロッパ各地で共通。
    長年鎖国をしていたとしても、文化はある程度ヨーロッパと共通であることが
    分かります。

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    日本では余り知られていないモンテネグロ。 同じセルビア人同士の国で
    あるため、旧ユーゴスラビィア連邦からの独立当初は、セルビアとの連合国家
    「セルビア・モンテネグロ」という名前でした。 同じ旧ユーゴの国同士とは
    言え、クロアチアはEU、モンテネグロは未だ貧困国家であるため、国境越えは、
    かなり厳しい検査があり、1人づつ全員バスを降りてのパスポートチェックが
    ありました。

    【コトル】
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    「モンテネグロ」とは、イタリア語で「黒い山」という意味で、モンテネグロ
    (セルビア)語では、「ツルナ・ゴーラ」と言うのが正式な国名です。 その名の
    通り、海と山が美しい大自然の国です。 ドゥブロヴニクからは、ティラナ行きの
    直通バスがないため、一旦、古都コトルで乗り換えて、そこから再度ティラナを
    目指します。

    古都コトルでバスターミナルからさほど遠くない場所に古城が見えたものの、
    東欧ではインフォメーションヤアナウンスがないことが殆どであるため、バスの
    出発時間が全く分からず、30分程度、バスターミナル内で時間を潰したものの、
    コトルにも見所が多いため、次回、時間のある時に、再度コトルを目指します。

    ドゥブロヴニクからモンテネグロのコトルを抜けて、無事にティラナへと到着
    しました。 写真は、モンテネグロとアルバニアの国境。 ドゥブロヴニクから
    ティラナまでは、約11時間のバスの旅ですが、途中でトイレが一ヶ所もないため、
    それ相応の準備をしないと大変なことになりますw 国境地帯には、逆方向に
    トイレがあったため、頑張れば、反対側のトイレまで行けるかも知れません。

    【ポドゴリツァ】
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    モンテネグロの首都であるポドゴリツァは、「山下」と言う意味で、旧ユーゴ
    スラビア時代は、指導者に因み、「チトーグラード」と言う名前でした。
    ポドゴリツァという名前の通り、山が真近に見える大自然豊かな国が
    モンテネグロです。 尚、ポドゴリツァ駅では、首都の駅とは思えない程
    小さな駅で、同じセルビア人なのであれば、別にセルビアで良いのでは?と
    思ってしまいました。

    ポドゴリツァには、特に見る物がないため、ものの数時間の滞在でしたが、
    駅前を散策して見たところ、何故かロシアの文豪、プーシキンの銅像がありました。
    シンボルである双頭の鷲は、お隣のアルバニアと同じですが、色が黒ではないため、
    ショッカーの旗には見えませんでしたw

    ポドゴリツァからベオグラードまでの鉄道は、実は、隠れたヨーロッパの
    絶景路線で、山と谷の連続のため、ちょっとしたスイス気分を味わえる
    穴場的な路線。 夜行列車であるため、途中からは暗くなりましたが、元々
    「セルビア・モンテネグロ」という同じセルビア人の国だったのに、国境では、
    やはり、パスポートチェックがありました。

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    ドゥブロヴニクの様な城壁に囲まれた旧市街地は、ヨーロッパでは、さほど
    珍しい物ではないものの、15年程前までのクロアチアは、非常にマニアックな
    場所であり、「旅の通」以外は誰も行かなかったのだが、今では、誰でも気軽に
    行けるようになったため、観光客が激増しました。

    アドリア海に面したドゥブロヴニクは、観光業がメインであるため、様々な
    お土産がありますが、物価が非常に高いため、長居は禁物。 有名観光地だけ
    あって、英語が完全に通るものの、東欧旅行の醍醐味は、英語が全く通じない
    というところなので、何か物足りなさも感じつつ、非常に西欧化されているため、
    東欧という「暗い」雰囲気は全くありませんでした。

    ドゥブロヴニクの前に訪れたモスタルも満員電車並みの観光客でごった返して
    いたが、イスラム圏からの観光客が多いモスタルとは、客層が全く異なり、
    ドゥブロヴニクは西欧からの観光客ばかりで、たまに日本人もチラホラおりました。

    【ロープウェー】
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    ドゥブロヴニクの旧市街は、地上を歩くというよりも、ロープウェーに乗って
    上空から見下ろすか、または、城壁を一周しながら旧市街を見るのが一般的。
    このロープウェーの料金が結構高かったため、片道だけ乗ろうかと迷ったのものの、
    余り時間がなかったため、この際奮発して、ロープウェー往復と城壁めぐりを
    しました。 時間があれば、片道は歩いたと思います。 尚、このローウェーの
    チケットは、手前側にあるチケット売り場ではクレジットカードが使えないため、
    ロープウェー乗り場脇にある方のチケット売り場の方が便利。

    ロープウェーに乗ると、山頂まで一直線で行けますが、40分程度で山頂まで
    登れるため、一部の人達は徒歩で登山をいていました。 山頂からの景色は、
    赤レンガの街並みが美しいものの、山頂からの旧市街は見た目的にも若干
    遠いため、城壁めぐりの方が、街並みの散策には向いていると思いますが、
    ハイシーズンとは言え、城壁に登るだけで、2,500円は少々高過ぎると思います。。

    【城壁めぐり】
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    カトリック教会が、山頂に巨大な十字架を建てているのは、旧ユーゴ内はどこでも
    同じで、他の宗派と区別するためだと思いますが、イスラム教がコーランを流して
    いるのに対抗してこうなったものと思われます。

    山頂へのロープウェーに引き続き、清水の舞台から飛び降りた気持ちで2,500円を
    現金で支払い、城壁1周にチャレンジ。 この城壁は、ほぼ休みなしで歩いても
    約1時間半程度は掛かります。 その途中に、ビール屋やカフェ等がありましたが、
    チケットの抜き打ち検査もあるため、チケットをなくすと、そこで下に
    降ろされます。


    城壁めぐりは、アップダウンが結構きついのと、所々、階段で上に登れるように
    なっているため、合計すると、かなりの運動量となります。 新市街から旧市街
    までは、歩いて30分程度掛かるため、総合すると、かなりの距離を歩いたことに
    なります。 城壁を一周したところで、ちょうど太陽がとっぷりと沈みました。

    【夜の旧市街】
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    このまま新市街にある宿まで歩き、翌日は朝の7時過ぎのティラナ行きの直通バスに
    乗ったつもりが、途中にあるモンテネグロの古都、コトルでの乗り換えでした。
    乗り換え時間を全く言わないのと、途中にトレイが一切ないため、12時間半も1度も
    トイレには行けませんでした。

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    旧ユーゴスラビア連邦の中でも断トツの経済力を誇っていたクロアチアは、
    現在ではEU加盟国であり、旧ユーゴの中心国家であったセルビアとは、
    全く違う道を歩んでいます。 今回は、クロアチア最南端にある
    「アドリア海の真珠」の異名を持つ美しい街、ドゥブロヴニクを訪れました。 

    元々、旧ユーゴ連邦崩壊の原因は、南北の経済的な格差であったため、
    クロアチアにとっては、無駄な支援国であったマケドニアやモンテネグロを
    ぶった切った結果、非常に経済成長を遂げていました。 観光地である
    ドゥブロヴニクは、物価が非常に高く、東京の2~3倍強の物価であるため、
    丸1日程度しか滞在しなかったのにも関わらず、1万円超もの出費を
    強いられました。 以前の東欧旅行は、物価が安いことが最大の魅力だった
    のに、日本が落ちぶれ果てたのか、今では、それすらなくなりました。

    【新市街】
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    ここまでの旧ユーゴの旅では、東方正教会とイスラムの世界を抜け、今度は
    完全なるカトリックの世界へと入りました。 特に、ドゥブロヴニクの場合は、
    東欧随一の有名観光地であるため、至る所、観光客だらけで、非常に開放的な
    雰囲気の街並みからは、大規模な内戦がこの場所でもあったとは到底思えない
    程の目覚しい復興を遂げていました。 手前の建物を大きくして奥を小さく造る
    建築様式は、敵の目を欺くためのもので、この街が元々は要塞であることを
    まざまざと見せつけられました。 旧市街は、内戦時にかなりの部分が破壊
    されましたが、その後、復旧されました。 今では、押しも押されぬ、東欧を
    代表する一大観光スポットになっています。 アドリア海に面しているため、
    イタリアからの観光客が多いものの、その他、全世界から、この街へと観光客が
    押し寄せて来るため、東欧にしては、英語が非常に通じます。

    【旧市街】
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    ドゥブロヴニクでの滞在時間は1日のみで、実質の滞在時間は、18時間でした。
    小さな街と言えども、歩くとかなりの距離があるため、この日はちょっと
    贅沢をして、クルーザーで沖まで出て、外洋から旧市街を見ることにしました。
    1周約1時間でロクロム島の周囲をぐるりと周り、元の港へと戻るコースを
    選びました。 グラスボートのため、海中を見ることが出来ましたが、
    そのような場所には目もくれず、デッキ部分で足を海に投げ出して、存分に海を
    肌で感じながらのクルージングとなりました。 時折、魚の居るポイントを
    通るため、そこを通る時だけ、スピードを落として、ガラス越しに海底見る
    という趣向のクルージングでした。 同じ旧市街でも、海上から見る景色は格別で、
    ドゥブロヴニクを訪れた際には、絶対に船に乗った方が良いです。

    ロクロム島の反対側には、実は、ヌーディストビーチがるため、船からは、
    あられもないお姿が丸見えでしたが、ヨーロッパの主なポイントには、
    ヌーディストビーチがゴロゴロあるため、目のやり場に困りますw 海上には、
    カヌーをこぐ人や、泳いでいる人達も沢山居ましたが、9月で若干水が冷た
    かったものの、ヨーロッパでもかなり南に位置している場所であるため、
    まだまだ泳げる水温でした。

    【クルージング】
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    旧市街からは、色々なパータンの遊覧船が出ているため、事前に調べてから
    行った方が、より満足できる船旅になると思いますが、時間がなかったため、
    直近で出る船に乗りましたが、それでも、大満足のクルージングの旅でした♪

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