多言語のススメ ~ロシア・東欧情報~

世界各国のニュースを知る事により、多言語、多文化
共生社会を目指します。
日本ではなかなか伝えない世界各地の真実を伝えます。

記事カテゴリーに CIS独立国家共同体(旧ソ連邦) 他を追加しました♪
    マルチリンガル通訳・翻訳者によるブログ。

    英語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、オランダ語、ポルトガル語、
    スペイン語、スウェーデン語他の多言語通訳/翻訳業を行っております (^-^)
    仙台弁、石巻弁、宮城弁、東北弁の方言指導、テープ起こしも致します。
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    上海の夜の楽しみと言えば、上海雑技。 ロシアでも夜は、着飾ってサーカスや
    演劇やバレエを見に行くので、その文化に近いです。 気になるチケットの値段は、
    一番安い席で180元(約3,250円)。 9年前に上海に来た時は、もっと安かったと
    記憶しておりますが、中国も物価の上昇が凄まじく、一部では、日本の倍以上の
    値段がしています。

    前回は、どこかのホテルの専用劇場で雑技を見ましたが、今回は、地下鉄1号線の
    上海馬戯場駅前にある雑技専用劇場に行きました。 地下鉄10号線の豫園駅からは、
    乗換えが必要でしたが、開園1時間前には豫園を出たため、ギリギリ間に合い
    ました。 

    【上海雑技】
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    上海雑技は、人間離れした荒技の連続で、こんな技を人間がこなせるとは到底思え
    ませんが、どうやって訓練をしているのか、一度裏側を覗いて見たいです。 夜の
    7時半から9時までの1時間半の間には、10分間の休憩が入るため、ロビーで買い物も
    出来ます。


    画像だと余り分かりませんが、この頭に壷を載せている人は、かなり凄いです。
    この壷を思いっ切り上へ投げて、首だけで壷をキャッチするのですが、普通だと、
    そのままゴロっと落ちそうな壷を見事落下させずに、何度も首だけでキャッチ
    します。 尚、中国のコカコーラは、600mlのペットボトルなので、日本よりも
    多少大き目。水の次に安いのがコーラなので、無意味に何度もコーラを飲みました。

    上海雑技のメインイベント、バイクによる鉄球回り。 この小さい鉄球の中に、
    最大で8台のバイクが入って、高速で回転します。 ちょっと間違うと、大怪我を
    してしまう、かなりの荒技ですが、これを見に来る人が多いので、上海雑技の目玉と
    なっています。

    夜9時に上海雑技が終了したため、地下鉄で宿泊地へと向かいました。 上海観光の
    目玉、外灘から2キロ程度であったため、夜10時過ぎに歩いて外灘まで行きました。
    後で知ったのですが、この時間は、10時を過ぎると地下鉄が動いていないため、
    歩いて正解でした。

    外灘
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    上海観光のハイライト、外灘(わいたん)。 上海の高層ビル、上海センターは
    128階建てで、世界第二位の高さを誇っており、夜のイルミネーションも東京の
    ように地味ではなく、正にギンギンギラギラ☆ 中国最大都市の夜の景色は、
    香港に似ています。

    黄河(揚子江)の河口にある外灘は、堤防が整備されており、夜11時までこのような
    ライトアップがなされているため、夜の散歩に最適♪

    上海中心部にある南京東路。 夜遅くまで人通りが激しく、ここを見ずに、そのまま
    空港に行っていれば、何の問題もなかったものの、午後9時30分が浦東空港行きの
    地下鉄の最終電車であったことは、これらの写真を撮った直後に気付きました。
    尚、上海の地下鉄は、東京とは違い、全ての駅名を英語でも解説してくれるので、
    自分が降りる駅はとりあえず分かりました。

    【お勧めの一冊】


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    豫園を中心としたエリアは、上海の中で最も中国的な場所。 現在の人民路と
    中華路は城壁を壊して造られた道で、この中は近代以降、租界時代も上海城と
    呼ばれた中国人居住区だった。 この周辺には、上海市内のほかの地域ではもう
    見られなくなった市場もまだ残っており、昔ながらの屋台も点在している。

    また、豫園付近にある豫園商城は、中国の伝統的江南デザインの建築物が立ち並ぶ
    観光エリアとなっている。 上海を訪れた観光客が、必ず訪れるという、上海随一の
    観光名所であるため、常に観光客で溢れ返っている。 また、この周辺には、
    飲食店が多く、安い値段でボリュームのある本格的な上海料理を堪能することが
    出来る。

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    豫園は、旧上海城の北東部に位置し、江南古典庭園の名園と称されている。 最初に
    着工されたのは1559年で、明代の役人藩充瑞が父親のために19年掛けて造った
    私庭が始まり。 造園は、明代の名工が施工したもので、その美しい造りから江南
    名園の中でも一番と古人に称えられたと言う。 現在の面積は約2万平方メートル
    だが、その当時は5万平方メートルの敷地があったと伝わる。 創建当時は美し
    かった庭園も、藩充瑞の死後に藩家が衰えると荒れてしまう。 その後、1760年に
    庭園の管理が移り、20年掛けて楼閣を建て石山を築く等、再度整えられて行った。
    更に歴史の並に翻弄されながら、1961年に現在の形が完成した。

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    豫園商城では、概ね一品15~45元程度でボリュームのある上海料理を楽しむことが
    出来る。 1品の分量がかなり多いため、2皿食べると、かなりお腹が一杯になり
    ます。 また、飲み物は別料金だが、10~15元で、絞りたてのフルーツジュースを
    販売しているため、食料に関しては、中国の方が断然日本よりも安い。 中国も
    近年は物価高で、物によっては、日本よりも高いのだが、安くて美味しいものを探し
    歩くのも楽しいかも知れない。

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    上海の中心部、人民公園の中にある無料の巨大博物館、上海博物館。 建物が
    かなり特徴的なので、すぐに見つかるのかと思いきや、林に隠れて、なかなか
    見つかりません。 しかも、人民公園は、大きく2つに分かれているため、この
    横断が大変。 最初から地下鉄の出口を確かめてから出る方が賢いと思います。

    上海博物館で、特に充実しているのが、古代文明。 上海は、黄河(揚子江)の
    河口に開けた街で、こちらの博物館は、世界3大文明のひとつ、黄河文明の展示が
    かなり素晴らしいです。 千年以上も前に、こんな陶器が中国にあったのかと
    思うと、黄河文明は、かなり高度な文明であったことが分かります。

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    この日は、特別展示として、『ハンガリーとシシィ展』開催していました。 シシィ
    とは、オーストリア最後の皇后、エリザベートのこと。 日の沈まない国とまで
    言われたオーストリアの落日を残したような展示品ばかりで、貴族の気品と気高さが
    感じられました。

    上海博物館は、全部で4階建てで、全てを見ようとすると、かなりの時間が必要。
    日本語での解説書、並びに、音声ガイドもあるため、必要に応じて、借りてみるのも
    良いと思いますが、その音声ガイドを借りるために、一旦警備の外に出なければ
    ならないため、面倒だったので、借りるのを断念しましたが、ただみているだけでも
    十分勉強になるため、自分で色々と歴史に想いを馳せてみるのも、また一興。
    但し、ある程度の基礎知識の習得程度は、事前にして行くべきでしょう。

    世界の磁器・陶器は色々見て来ました、ギリシャやメソポタミアと比較しても、
    中国の磁器・陶器は、かなり抜きに出ています。 何が違うのかと言うと、細かい
    模様と、色使いが多く、一目見ただけでも、様々な色合いを出しているところと、
    表面が非常につるんとしているところが、他の文明とは明らかに異なっています。

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    中国は印鑑の文化も非常に発達していて、古来からの印鑑や、仏像の展示も非常に
    充実しています。 特に印鑑は、種類も非常に豊富で、様々な場面で印鑑は使われて
    いたのだろうと容易に想像出来ました。 日本の仏像は、中国というイメージしか
    ないものの、こちらに展示してある仏像は、全体的にインド風のものが多く、同じ
    仏教と言えども、大きく分けて、大乗仏教と小乗仏教に分かれるため、やはりインド
    から伝来した宗教だと想いを新たにしました。

    歴史上、過去に栄えた場所は、なかなか再興しないと言われているものの、上海は、
    既に2回目の栄華を誇っているため、世界3大文明の中でも、黄河文明は、別格なの
    かも知れません。 指先の器用で、細かい作業が得意な中国人ならではの特技を
    活かして、サービス業にも更に力を入れると、本物の経済大国になる日が近づくと
    思います。

    【お勧めの一冊】


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    上海・浦東空港と上海を結ぶリニアモーターカーは、世界最速の鉄道として、
    ギネスブックにも認定されており、最高時速は、時速431キロ、ものの7分半で
    あっという間に目的地に到着します。 但し、途中で地下鉄2号線に乗換えが必要に
    なるのと、時速431キロを出すのは、ものの15秒程度であるため、駅を出発して
    から、凄まじい勢いで時速400キロまで加速するものの、減速するのもあっという
    間なので、のんびりと車窓を楽しむと言うよりも、凄まじい勢いで流れ去る景色を
    何となく見ているうちに、もう終点か?という感じがしました。 

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    時速431キロの超高速で走行する中国リニアの車内と線路は、以外にも質素。
    軽量化を目指したため、こうなったものと思われますが、磁石のプラスマイナスの
    加減を間違えて、線路から吹き飛ばされないのか、若干の不安がよぎりましたw
    恐らく、時速100キロ近くまでは、ゴムタイヤで走行をしているのだと思いますが、
    その加速の仕方は、京浜東北線の比ではございませんw

    中国リニアの終点駅、龍陽路駅。 浦東空港駅からは、ものの7分半で到着します。
    ここから先は、地下鉄2号線で中心街へと向かいます。 人民広場までの料金は4元
    (約72円)で、これは、後から知ることになるのですが、地下鉄2号線の浦東空港駅
    行きの最終電車は、実は、午後9時30分が最後です。 とりあえず、駅周辺を散策
    することにしました。

    今回の旅の予定は、リニアモーターカーに乗車して、適当に中華料理を食べて、
    上海博物館、外灘、豫園に行くことであったため、中心街へ出る前に、龍陽路駅で
    早速、腹ごしらえ♪ 中国語は、薄らぼんやりとしか分からないので、見本で美味し
    そうなものを適当に指差したら、これが出て来ましたw 拉麺の発音は、中国語でも
    ほぼラーメンなので、ラーメンなのは分かっていましたが、何ラーメンなのかは、
    未だに分からず。

    上海の地下鉄の乗り方。 まず、降りる駅の料金を確かめてから、自動販売機へ
    お金を投入。 但し、お金をなかなか読み取ってくれないため、根気良く何度でも
    自販機へ入れてやらなければ、切符は買えませんw タッチパネル式なので、降りる
    駅をタッチすれば料金が表示されます。 タッチパネル式ではない駅の場合は、
    料金表が張り出されているため、そちらで確認しませう。 何回か利用している
    うちに、恐らく、4元ぐらいだろうと何となく分かるようになります。 浦東空港
    から人民広場までは、直接地下鉄2号線でも1本で行くことも出来ますが、地下鉄
    のみの料金は7元(約126円)です。

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    上海の地下鉄は、中国語に続いて、英語でもアナウンスをするため、大変便利♪
    『人民広場』の英語は『People's Square』。 『Now we are at People's Square』
    と言っていたので、この駅で降ります。 降りて早々、ファミリーマートがあった
    ので、飲み物を購入、中国語では『全家』らしいw

    人民広場駅で降りて、上海博物館を探します。 ところが、歩けど歩けど、見つ
    からない。 全く地図も見ずに、適当に歩いていたところ、人民広場は2つに
    分かれており、もう一方の方だったことが判明したため、気を取り直して再び歩き
    始めたところ、道路を渡る横断歩道が全くない。。

    向かい側に渡るだけなのに、地下通路もない。。 公園を完全に横切ったところに
    地下通路があったため、かなり遠回りしました。 その途中で、上海のデパートを
    覗いて見ましたが、日本とさほど違いはありませんでした。 尚、こちらの観光
    ツーリスト向けのオープンバスは、古い地球の歩き方には、15元(約270円)と
    書かれておりましたが、実際は100元(約1,800円)です。

    上海博物館へ行く途中で、人民公園を散策。 公園内のテーブルでマージャンを
    やったり、トランプをしている人達が多数おりました。 日本の戦後もこんな感じ
    だったような気がするので、どこでも同じなのだと思いましたが、日本では
    マージャンは、賭博のイメージが強いものの、中国では、トランプと同じような
    庶民の娯楽なのだと思いました。 公園は、太極拳とかをやっている人が多い
    というイメージだったのですが、暑いからなのか、太極拳は誰もしていません
    でした。

    人民公園内にある無料の上海博物館へ到着♪ その町の知的レベルを見るためには、
    博物館と図書館が一番。 人民広場駅の出口にも寄りますが、林に隠れて、かなり
    特徴的な建物が全く見えないため、迷うと見つけ出すのがかなり大変です。

    【お勧めの一冊】


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    日本から2時間半で行ける、非日常、中国の上海に行って参りました♪ 今回は、
    ジェットスター上海便就航記念と言うことで、航空運賃は何と!1980円w
    出入国税込みでも、8,500円程度でした。 但し、新規でのLCC航空会社の参入
    であるため、運行時間にかなり無理があります。 東京駅から成田空港第三
    ターミナルまでは、高速バスが安くて便利♪ ほぼ10分間隔で東京駅から出発して
    おり、概ね定時で運行しています。

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    成田空港第三ターミナルからの出発は午後10時15分で、上海・浦東(プドン)
    空港への到着は、現地時間の午前0時40分。 但し、この日は上海での天候不良、
    並びに、空港混雑の影響により、30分以上も送れて到着。

    まずは、中国元へのお金の両替という問題がありましたが、上海・浦東空港内には、
    自動ATM機のような自動両替機が設置されており、間違いだらけの日本語による
    説明付での24時間体制の両替が可能ですが、問題はその手数料。 試しに1,000円を
    入れてみたところ、何と!8元しか出て来ませんでした。。 よくよく見たところ、
    両替機による手数料が50元(約900円)取られるということで、大量に両替をする人
    以外は、空港内での両替は絶対にお勧め出来ません。

    成田空港では天候不良により、関空に引き返す可能性もあるというアナウンスが
    あり、不安の中、機内へと誘導されましたが、最終的に30分遅れで上海・
    浦東空港へと到着。 現地時間午前1時過ぎの到着と言うことで、浦東空港での
    交通機関は、タクシーのみという状況でしたが、そこは中国なので、白タク
    運転手が空港内でご丁寧に山盛り声を掛けて来るため、英語は全く通じない
    ものの、数字程度であれば、何とか通じることが判明。

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    一番最初に声を掛けて来た人は、当初、空港から8キロ離れたホテルまで約15キロ、
    250元(約4,500円)とかなり吹っ掛けて来たため完全無視。 その直後、150元まで
    一気に値下げして来たものの、うざいので完全無視。 その後、タクシー乗り場の方
    へとスタスタと歩いて行ったところ、次なる客引きが50元(約900円)と言って来た
    ため、そちらに決定☆

    空港の客引きからはホテルまでは50元(約900円)だと言われていたものの、
    ホテルに到着した際に、こちらから100元を渡したところ、運転手からチップだと
    言われて、95元(約1,710円)も取られました。。 実際にタクシーを利用した
    場合は、恐らく、100元以上取られたであろうと容易に推測出来たのと、いい加減
    眠かったため、とりあえず、この日はこれでよしとしました。。

    成田空港での中国元への両替は、100元単位でしか出来ないため、中国へ行く際
    には、細かい紙幣を持参することを強くお勧めします。 最終的に、現地時間の
    午前3時に無事に予約をしたホテルに到着、チェックインしました♪

    尚、成田空港からの飛行時間は、2時間半で、上海は、沖縄へ行くよりも近いことが
    判明しました。

    【お勧めの一冊】


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    中国は23の省、5の自治区、4つの直轄市、2つの特別行政区に分かれている。
    直轄市は4大都市の北京市、上海市、天津市、重慶市である。 ふたつの特別
    行政区、香港とマカオは、防衛と外交政策を除いて自治を認められている。

    香港は1840年代からイギリスの植民地となっていたが、1997年、中国に返還
    された。 独自の政府と通貨を持つ香港の、ほぼ独立した状態は2047年までか、
    あるいは、それ以降も続くであろう。 1887年から1999年までポルトガルの
    植民地だったマカオも同じような立場にある。

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    【政府の組織】
    中国は、極めて強力で中央集権的な政府によって支配されている。 他の政党も
    存在しているが、政府の実権は中国共産党が握っている。 上級役人の殆んどは、
    選挙ではなく、任命によって決まり、高い地位は殆んど全て中国共産党の党員が
    占めている。 党の総書記はそのまま国家主席となり、最高人民代表大会によって
    任命される。

    【少数民族】
    殆んどの中国人たちは漢民族の出身だが、中国にある5つの自治区、つまり、
    内蒙古、広西壮族、寧夏回族、チベット族、新疆ウイグルには、ウイグル族や
    チベット族など、人口の多い少数民族が暮らしている。 これらの地域は、
    ある程度の自治を行う権利を受けていることに変わりはない。

    少数民族と政府はとの関係は、必ずしも上手く行っているとは限らない。
    1950年にチベットは独立を失った。 チベットの宗教的指導者ダライ・ラマは
    インドに逃れた。 チベット民族の多くが民族の主権を取り戻したいと願って
    いる。

    【お勧めの一冊】


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    1976年に毛沢東が亡くなると、突然、劇的な変化が中国で始まった。 新しい
    指導者、鄧小平は改革の必要を説いた。 彼は、中国の国民に『豊かになることは
    名誉なことだ』と訴えたが、毛沢東なら決してこのような発言はしなかっただろう。

    わずか数年で中国は急激に近代化を進めた。 鄧小平は、いわゆる『改革解放路線』
    で表明した通り、熱心に欧米と交わり、欧米から学ぼうとした。 鄧小平は農地に
    関する規制を緩めた。 国営企業を民営の会社に売り始めた。

    中国政府は深圳、珠海、汕頭、厦門の4ヵ所の経済特区を設立し、そこで外国企業が
    工場を開設して交易を行えるようにした。 経済特区は後に海南島も加わった。
    外国企業を誘致するため、政府は税制上の優遇措置と安価な土地を提供した。
    また、商業に関する規制を緩め、企業の経営をしやすくした。 更に、14都市が
    外国との取引のために解放されたが、これらの都市では、高い税金を納める必要が
    ある。

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    【天安門事件】
    多くの中国人が1980年代の経済特的改革と共に政治的変化も進む筈だと期待して
    いた。 1989年、数千人の学生と市民が天安門に集まり、政府の腐敗に抗議し、
    民主化を要求したのである。 その6週間後、政府は抗議のために集まった群衆を
    解散させるため、軍隊を投入した。

    正確な数は明らかではないが、軍隊は恐らく1,000人以上の非武装の人々を殺害し、
    4,600人を逮捕したと言われている。 人権に関する中国の意識は、まだ遅れて
    いる。 中国の人々は今でも、ストライキや労働条件の改善を求める運動を
    行ったり、政府の政策を批判したりしようとすれば、投獄される危険を覚悟しな
    ければならない。

    【お勧めの一冊】


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    台湾島が中国の一部になったのは、中国人が多くの原住民を追い払って移住した
    17世紀のことで、1949年に中国で内戦が終結すると、敗れた中国国民党は台湾島へ
    逃れ、新しい政府を設立して中華民国を樹立した。 アメリカをはじめとする
    わずかな国々は、この小さな国家が実際には何の力も持たないにも関わらず、
    中華民国を中国全体の正式な政府として承認した。

    しかし、1970年代になると、殆んどの国々が、大陸中国の共産党を中国政府として
    認めるようになった。 一方、台湾は、経済的には隣の大国を上回り、貿易を
    通じて富を築いた。 現在、多くの台湾人が独立を保ちたいと考えているが、
    中国を台湾を中国の中の反抗的なひとつの省とみなしている。

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    【文化大革命】
    1966年、毛沢東は、彼の思想に疑問をとなえる人々を攻撃し始めた。 毛沢東は
    若い世代、特に学生たちに、社会の『四旧』、すなわち、古い習慣、伝統、思想、
    文化を打ち破るように呼び掛けたのだ。

    『毛沢東語録』に収められた毛沢東の思想を理想とし、紅衛兵と呼ばれる集団を組織
    した青年たちは、政府の敵を探し出し、追放し始めた。 彼らは年長者を敬う伝統を
    拒否し、教師や学者、そして家族の一員さえ、『誤った考えの持ち主』として
    批判した。

    学校は閉鎖され、何百万人という人々が強制労働に送られた。 中には拷問を
    受けたり殺されたりする人もいた。 文化大革命は中国にとって悲惨な出来事
    だった。

    文化大革命の最中に成長した子供たちは、教育を受けられたかったし、また、工場や
    農地は生産力を低下した。 共産党は党指導者の多くを失ってしまった。

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    中国の人たちは、どんな国を目指すべきなのか、対立していた。 1920年代に、
    中国国民党の指導者となっていた蒋介石は、敵対する軍閥たちと支配権をめぐって
    戦った。

    新しい敵と戦う必要もあった。 共産主義者が1921年に中国共産党を設立した
    のだ。 共産党は1917年にロシアで起きた社会主義革命に刺激を受けていた。
    1930年代に入ると、日本が中国における領有権の拡大を図った。 日本軍は、
    1931年に満州を占領すると、1937年に、当時の中国の首都であった南京に
    向かって侵攻を始めた。

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    中国国民党と共産党は結局は協力して日本と戦ったが、1945年、日本が敗れると、
    再び元のように敵対関係に戻った。 痛ましい内戦の後、最終的に勝利を収め
    たのは、中国共産党だった。 1949年、毛沢東が中華人民共和国の樹立を宣言した。

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    蒋介石は国民党を率いて台湾に逃れ、そこで中華民国を打ち立てて抵抗した。
    毛沢東の指導の下、中国の全ての土地は国家が所有することになった。 人々が
    働く農地も工場も、政府や共同組合が経営することになった。 同じ社会
    主義国のソビエト連邦は、中国の産業の発達を手助けした。

    しかし、中国の人々は、ほとんど自由がなく、政府の決定に疑問を持つことは
    許されなかった。 毛沢東は食料生産に厳しい目標を設けたが、農作物の収穫が
    少なければ、多くの人々が餓死することになった。

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    トランプ米大統領は2017年6月1日午後(日本時間2日未明)にホワイトハウスで
    会見し、地球温暖化対策の国際ルール『パリ協定』から米国が離脱すると発表した。
    190カ国以上が合意し、147カ国・地域が締結している協定は、世界2位の温室効果
    ガス排出国である米国の退場で大きな転機を迎えることになった。

    『パリ協定』とは、第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)が開催された
    パリにて、2015年12月12日に締結された、気候変動抑制に関する多国間の国際的な
    協定。 1997年に採択された京都議定書以来、18年ぶりとなる気候変動に関する
    国際的枠組みであり、2016年4月22日のアースデーに署名が始まり、2020年以降の
    地球温暖化対策を定めている。  気候変動枠組条約に加盟する全196カ国全てが
    参加する枠組みとしては世界初の協定である。

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    トランプ氏はホワイトハウスで演説し、『(協定は)米国の経済を弱らせ、労働者を
    くじき、主権を損ねる。 米国を他国より常に不利な立場に置くものだ』などと
    指摘。 中国やインドを名指しして両国の対策が米国に比べて不十分だと述べ、
    『離脱して再交渉するときだ』と各国に再交渉を呼びかけた。

    トランプ氏は更に、パリ協定がもっぱら他国の利益になるとし、再交渉して目指す
    新たな合意の条件として『産業、労働者、国民、納税者にとって公平であること』
    と述べた。

    協定に基づき、オバマ前政権が掲げた温室効果ガスの削減目標『2020年に05年比で
    26~28%減」も取り消す。 途上国の温暖化対策として約束した国連の『緑の気候
    基金(グリーン・クライメート・ファンド)』への拠出金も即座に停止する。
    ただし、協定の親条約である国連気候変動枠組み条約には留まるとしており、
    パリ協定の枠外から温暖化対策の国際交渉に今後も関与していく意向と見られる。

    米国の同協定からの離脱により、化石燃料産業に大きく影響されているトランプ
    政権は、国連の気候対策に対する影響力を低下させることになる。

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    米国の離脱から生じる懸念の一つには、他の汚染源国が、米国の後に続くのを助長
    することだ。 今のところ、世界のその他の温暖化ガス排出大国──中国(1位)、
    欧州連合(EU、2位)、インド(4位)は、いずれもパリ協定への支持を改めて
    表明している。

    協定の規定では、正式な離脱は発効3年後の2019年11月4日から可能で、手続きに
    更に1年掛かる。 このため、米国の離脱は次期大統領選後の2020年11月以降と
    なる。 その間、米国は形式上は協定に留まることになるが、2020年からの協定
    実施に向けた詳細なルール作りなど今後の国連の交渉では、米国の発言力が失わ
    れるのは必至だ。 パリ協定の順守を表明している中国や欧州連合(EU)の
    指導的な立場がより強まると見られる。

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    1279年から1368年の間、中国は元王朝のモンゴル人の皇帝に支配されていた。 
    彼らは、北方の平原から馬に乗り攻め入った。 1215年、モンゴルの指導者、
    チンギス・ハンは、南下して北京を占領した。 1279年には、その孫にあたる
    フビライ・ハンが中国全土を征服する。 中国は、中央アジア全域に広がる
    モンゴル帝国の一部となった。 フビライの王朝である元は、中国をほぼ1世紀に
    渡って支配した。

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    モンゴル人は平和と繁栄をもたらした。 代々の皇帝は交易に熱心で、旅人が
    中国を訪れるようになった。 1275年、ベネチア出身のイタリア人商人、マルコ・
    ポーロは、初めてフビライの宮廷を目にする西洋人のひとりとなった。 彼は、
    17年間を中国で過ごした。 中国文明の様々な面をヨーロッパ社会に伝えた
    『東方見聞録』は、ヨーロッパでベストセラーになった。

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    その後、元王朝から明王朝となり、最後に清王朝となった。 清の支配者は、
    中国北部の満州出身だった。 はじめのうち、清の政治は、上手く行っていたが、
    次第に力は弱くなって行った。 1800年代になると、大規模な洪水や地震が
    中国に深刻な被害をもたらした。 貧しい人々の多くは、中国がこのような災難を
    被るのは満州出身の皇帝のせいだと批判した。

    清は変化に逆らって、ヨーロッパとの交易を禁止した。 しかし、ヨーロッパ諸国は
    次第に産業や技術の分野で中国を追い越すようになった。 清の力が弱まるに
    つれて、イギリスの商人たちは、自国で非常に人気のある絹や紅茶、磁器なとを
    自分たちに売るように中国に圧力を掛けるようになった。

    それと引き換えにイギリスは、インドで栽培されるアヘンという麻薬を中国に
    売り込んた。 多くの中国人がアヘン中毒になり、仕事が手につかなくなった。

    清がアヘン貿易を禁止しようとすると、イギリスは無理やり中国に対して2度の
    戦争を起こして、中国を破った。 イギリス中国から強制的に貿易の権利を入手し、
    香港などの領土を奪った。

    最後の皇帝溥儀
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    フランスやドイツ、日本などの国々も、イギリスの動きに便乗して中国内に
    領土と影響力を手に入れた。 清の支配に反対する人々が、中国各地で結集し
    始めた。 1911年、大きな暴動が起こった。 最後の皇帝溥儀は1912年、退位
    させられた。 新しく組織された国民党の孫文は、中国を共和国と宣言し、
    大統領となった。

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    ドナルド・トランプ米大統領は2017年5月30日、アンゲラ・メルケル独首相が
    米国を批判したことを受け、ドイツの貿易戦略や防衛費について新たな批判を
    展開し、欧米間の外交上の溝が更に深まる動きとなった。

    先週、大統領就任後、初の公式外遊に臨んだトランプ大統領は、ベルギー・
    ブリュッセルと伊シチリア島でそれぞれ開催された北大西洋条約機構(NATO)と
    先進7か国(G7)の首脳会議において、各国から非難を浴びせられ、挙句の
    果てには、モンテネグロの首相を押し退けて、写真撮影の最前列に出るという
    暴挙により、世界中から非難をされて欧州を去っていた。



    今回の会談で、特に欧州各国首脳が失望している点は、トランプ大統領が2015年に
    締結された温暖化対策の国際的な枠組みである『パリ協定(Paris Agreement)』に
    対する支持への意向表明を拒んだこと、またNATOの集団自衛権の支持を公に表明
    しなかったところで、特に、ドイツのメルケル首相は、会談中にも非常に強い不満を
    感じていたようだ。

    つい最近まで欧州諸国の中では米国と最も密接な関係にあったドイツだが、両国の
    溝の修復は難しく、メルケル首相は、会議後直ちにドイツ国民に対し、『米国はもう
    以前のように頼りに出来ない』とトランプ氏をバッサリと切り捨てていた。



    これを受けてトランプ大統領は、5月30日早朝、自身のTwitte投稿を用いてドイツに
    対し、大西洋間貿易の条件の再交渉や、防衛費引き上げを要求。 『米国はドイツに
    対して巨額の貿易赤字がある。 その上、ドイツはNATOや軍事への拠出が少な
    過ぎる。 米国にとってとても悪いこと。 これから変わっていくことになる』
    と自ら書き込んだ。

    これに対してドイツ当局は、欧州連合(EU)加盟国という立場から、貿易に関して
    米国と二者協議は出来ないこと、また軍事費を大幅に増加させることも時期尚早
    であると主張した。

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    アンゲラ・メルケル独首相は2017年5月28日、ドイツ南部ミュンヘンでの
    選挙集会で、英国の欧州連合(EU)離脱やドナルド・トランプ米大統領の就任で
    欧米の同盟関係に亀裂が走る中、欧州は『その運命を自ら握らねばならない』と
    訴えた。

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    『われわれが他国を完全に頼りに出来た時代は終わりつつある。 私はそれを
    この数日間で経験した』。 聴衆に向けてこう述べたメルケル氏は、ドイツも欧州も
    米英との友好関係維持に努める一方で、『自らの運命のため闘わなければならない』
    と主張。 ドイツ政府はエマニュエル・マクロン仏新大統領との関係を強化する
    必要があると続けた。

    メルケル首相は、5月27日までイタリアで開催されていた先進7か国(G7)首脳会議
    から帰国したばかり。 サミットでは温暖化対策の国際枠組み『パリ協定
    (Paris Agreement)』をめぐり、米国とその他6か国の意見が対立し、合意に
    至らなかった。

    メルケル氏はこの『6対1』の議論の結果について『極めて不満とまでは言わないが、
    極めて困難だった』と評しており、『欧州人は自らの運命を自分たちの手に握らねば
    ならない。 自らの運命のために闘う必要があると知るべきだ』とまで踏み込んだ。

    選挙集会ででビールを飲むメルケル独首相
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    トランプ大統領は、サミットで温暖化対策の国際的な枠組み『パリ協定』について
    他の6カ国と対立した他、自由貿易やNATOの費用負担、難民問題をめぐっても
    欧州との摩擦が生まれている。 ドイツとアメリカの対立は深まっている。

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    ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領は、2017年5月16日、ロシアへの
    報復の拡大として、ロシアのソーシャルネットワーク『VKontakte』
    『Odnolkasniki』『Yandex』『Mail.Ru』へのウクライナ国内でのアクセスを
    ブロックする法令を発表した。 モスクワでは、この報道に対して、
    『ウクライナ政府による検閲』とまで揶揄されており、大きな驚きを持って
    伝えられている。 

    ウクライナを含む旧ソ連・ロシア語圏では、『Facebook』よりも『VKontakte』
    の方が利用者数が圧倒的に多く、当然、その他のSNSも、ウクライナ人の殆んどが
    ほぼ毎日利用している大人気ソーシャルメディアとなっている。



    ウクライナでも非常に人気のあるSNSリソースのほとんどが完全にブロックの
    対象となるため、ウクライナ政府による独裁体制の強化とも言われているのだが、
    最も困るのは、ユーザーで、この法令によって、ロシアとウクライナの情報の
    分断が更に加速することとなる。 特に、これらのSNSをビジネスで活用している
    ユーザの場合は、死活問題となるであろう。

    ウクライナ政府はこれまでにも、急にロシア語を禁止にしてみたり、キエフ⇔
    モスクワ間の空路を廃止してみたり、ヨーロッパ最大の音楽の祭典、
    『ユーロビジョン』においても、既に決定していたロシア代表をクリミアで
    コンサートを開いたためと称して、一方的に入国させなかったりと、これまでの
    ウクライナ政府の数々の横暴な対応は、正気の沙汰とは思えない。 ウクライナ
    では、旧態よりも更に酷い独裁体制が続いているため、ソ連時代の方がまだまし
    だったと見るのが妥当かも知れない。

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    ウクライナは、旧ソ連からの独立時、さほど大きな問題もなく独立を果たしたの
    だが、その反動として、常にロシアとの間で『アイデンティティー』の問題に
    苦しんで来た。 自らの国の存在意義をロシアへの恨みと妄想にしか頼ることが
    出来ない原始的な退化した国に、EUへの加入は決して認められない。
    ヨーロッパの秩序を完全に無視し続けるウクライナは、ヨーロッパにも決して
    入れない、ロシアにも戻れないというジレンマを抱えている。

    これまでも、ロシア軍が侵攻しているとして、自国民を大量に空爆しているのも
    実は、ウクライナ政府で、ウクライナは、アメリカによる情報操作の最先端に
    置かれている。

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    情報難民とは、マスメディアに対して批判的で、インターネット上の情報は無批判で
    受け入れてしまう、情報リテラシーの低い人を指している。 マスメディアの言説を
    拒絶することで自分に批評力があると思い込み、インターネット上に流れる情報、
    特にマスメディアの言説に対して否定的な情報については、その信憑性を吟味する
    ことなく受け入れてしまうため、非常に情報の偏りが大きい。

    人は全く未知のものに出会うことで、好奇心が刺激され成長する。 また、多くの
    進化とは、一般的に全く異なる分野同士を掛け合わせることで生まれる。 IT化が
    急速に進み、インターネットによる情報の偏りが進むということは、自分が知りたい
    と思うことだけを表示する、つまり、未知との出会いが薄れるということになる。

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    近年、テレビや新聞等に代表されるマスメディアの劣化や偏りが激しく、ネット検索
    のみに頼って情報収集を行う人が急増しているのだが、ネット検索だけでは、自分が
    知らないということを知らないという状況に陥りやすくなる。 この情報の分断化、
    あるいは、孤立化によって、個人の思考が大きく偏り、個人が知らないところで
    情報の歪みが日々生じている。 ネット検索によって、自分に未知のものがある
    ということになかなか気付くことが出来なくなる状態を『パーソナライズ化』と
    呼ぶ。

    フィルタリングされた情報は、人の志向性を強化する。 例えば、保守政党が
    好きな人には、保守政党を美化するような記事ばかりが表示されるようになり、
    更に保守政党が好きになる。 保守政党がより好きになると、以前にも増して、
    更に保守政党を美化する記事ばかりが表示される。 このようなフィルタリングに
    よって、個人の志向性が日々強化されて行ってしまう。

    インターネットの世界が『パーソナライズ化』によって細分化されてしまうと、
    民主主義の土台が危うくなる。 保守政党を支持する人には、保守政党の記事が
    流れ、革新政党を支持する人には革新政党の記事が流れる。 こういったことが
    起きると、共通の議論の土台がなくなってしまう。

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    更に怖いのが、Google や Face Book や Amazon がフィルターを調整出来る権限を
    持っているところで、閲覧履歴などにより、個々人の興味・関心・行動に合わせて
    好みそうな情報を自動的に提供されているところにある。 『キャッシュ』という
    言葉を聞いた事があると思うのだが、これらの閲覧履歴は、悪用しようと思えば、
    いくらでも出来るものであり、情報のコントロールにも使用することが出来る。

    様々なフィルタリングにより、人の志向性を容易く変化させることが可能なので
    ある。 この思考性は、強化することも変化させることも可能であり、
    『朱に交われば赤くなる』とは、そういった状況を正に指している。

    これらのバイアスは、必ずしもインターネットの世界だけに限られている訳では
    なく、テレビ、新聞などにも実は、かなりのバイアスが掛かっており、世論を形成
    するのに非常に大きな力を発揮している。 しかし、テレビや新聞には、報道倫理
    などがあり、あからさまなバイアスを掛けると社会的な批判にさらされてしまう。
    その一方で、インターネット企業のフィルタリングは、非常に気付かれにくく、
    そのような批判が起きにくい。

    SNS

    また、SNSは特にそうだが、皆が使っているということが大きな力になるため、
    一つの企業に力が集中してしまうことが多く、そのような企業が暴走した時、手が
    付けくい。 そして、インターネットでのフィルタリングはそれぞれの個人個人を
    分断することが出来る。

    バイアスによる情報操作を避けるという意味でも、フィルタリングのある世界で
    日々過ごしているということを日頃から自覚することが重要となる。 そして、
    情報収集はネット検索ばかりには頼らず、意図的に自分とは異なる世界の人たちに
    話を聞くなどの多角的な視野を持つことが非常に大切となる。 インターネットの
    世界は、ウソだらけだという自覚を持ってネットサーフィンをするべきである。

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